第四十七話 新領地への布石

 リヒト・フォン・エラクシュ。


 アルカナ城主で、現在アレクサ王国の伯爵に任じられている元エランシア帝国伯爵様。魔王陛下に叛旗翻した男。


 先々代のエランシア帝国皇帝の血筋で臣籍降下した際、皇帝の息子だった父親がアルカナ城を与えられ、以後エラクシュ伯爵家を起こした。


 そこまではよくある話。けど、よくよく調べると、代替わりしてリヒトが当主になると、傍系からシュゲモリー家を継いだ現魔王陛下の就任に大反対し、出身皇家の当主を担いで、反クライスト・フォン・シュゲモリー運動して、クライスト安泰と言われた皇帝選挙をひっくり返しかけたのだ。


 でも、あと一歩及ばず、選挙に敗退。


 で、まぁ俺が会った時思ったが、イッチャッテル性格の魔王陛下だから、『反対! 反対! 傍系の魔王陛下の就任はんたーい!』って声高に叫んでたリヒトは、身の危険を感じて、領地ごとアレクサ王国に駆け込んだってわけだ。


 『さーせん、喧嘩ふっかけた魔王が俺の命狙っているんで守ってくれませんか?』って、飛び込んだリヒトを『おっしゃ、うちが面倒見たるわ。その代わりエランシア帝国ぶっ殺すマンになれるよな』ってことで、反エランシア帝国の先鋒として迎え入れたのだよ。


 さすが、修羅の世界。マジ、迷惑マンでしかない。


 でも、さすがの魔王陛下も、領地ごとリヒトが敵に寝返るとは思っておらず、就任時のドタバタもあり最近まで討伐軍を送ることなく放置していたそうだ。


 んで、そのことをうちの鮮血鬼を陞爵しょうしゃくした際に思い出したのか、火中の栗となっているリヒトの領地をありがたくもエルウィン家に与えてくれたらしい。


 絶対にうちの当主がいくさがしたくて疼いているのを見越しての話だろって思い、ありがたくねぇ! って騒ぎだしたいけど、もらったもんに文句つけたら、『ああんっ! 俺の褒美に文句あっか? ゴラァあああ!』ってプレッシャーが半端ない。


「ふむ……で、わしのところに顔を出したのか。マリーダも連れて」


 俺は東隣の領地を持ち、魔王陛下の直臣としてのパイセン伯爵様であるステファンの居城を訪れていた。


「此度、わが主君が新たにアルカナ城を魔王陛下より、下賜されたのですが……リヒト殿が居座っております」


「いやあぁ、妾は兄様が城くれるって言うから、喜んで受け取って帰ってきて、アルベルトに伝えたら、翌日にお説教を喰らってのぅ。アハハ、けど兄様は、どうやら妾に戦争しろと仰せらしい。腕が鳴るのじゃあぁ――」


「マリーダ。ちょっと黙っておけ。わしはアルベルト殿と話しておる」


「ですね。マリーダ様はちょっと端っこで黙って座っていて下さい」


「ちょ、ちょっと、二人とも妾の扱いが酷くないか? 一応、今回『子爵』様になったのじゃぞ。お祝いくらいしてくれてもいいのじゃぞ」


「「あんっ!? 誰のせいでこうなった」」


 俺とステファンに睨まれたマリーダは、すごすごと部屋の端で『の』の字を書き始めた。姉であるライアが見かねて慰めていたが、俺はマリーダが姉のおっぱいに顔を埋めて悦に浸っているのを見逃さなかった。


 もしかしてマリーダの女好きが形成されたのは、あの綺麗で豊満な肉体を持つ姉ライアの存在があったのかとも勘ぐってしまう。


 そんなことを思いながらも脳筋当主が黙ったところで、ステファンと状況を確認していく。


 リヒトが城主を務めるアルカナ城。


 山岳地帯の崖の上に築かれ、エランシア帝国内陸へ侵攻するための街道を睨みを利かし、政治経済の中心地である帝都へ匕首を突き付けられた格好のアレクサ王国の突出部である。


 うちとステファンの領地を繋ぐ街道も目の前に通っており、対アレクサ王国戦を考えると非常に邪魔くさい存在である。


 しかも、元々、街道防衛用に築かれた城のため、堅牢さは群を抜いている。


 建築当時の最高技術の粋を集め作られた立派な防衛拠点なので、ガチンコで攻めれば、いくらうちの脳筋たちがいくさ馬鹿でも大損害は間違いなしだ。


「つまり、魔王陛下は『ちょっとムカつくやつ思い出した。そうだ、マリーダ、お前喧嘩したいだろうから、ちょっとシメてこいや』って、頼まれたのだな。謀略が大得意なアルベルト殿も軍師として控えておることも陛下は計算済みで」


「そういうことでしょうな。魔王陛下としては、懐を傷めずにムカつく奴を葬りたいので、うちの当主にいくさという餌を与えて解き放ったんですよ。ふぅ、さてどうしますか」


「アルベルト殿のことだ。すでに策の草案はできておるのだろう?」


「ええ、まぁ、本当にまだ草案程度ですけどね。ステファン殿の御力もお借りできるとありがたい。このアルカナ城が陥落すれば、ステファン殿の負担もかなり減ると思うので」


「我が家としても、脇腹に突き付けられた短剣を排除できるのはありがたい」


 ステファンも、このアルカナ城は危険視しているようだ。


 アレクサ王国と他方面で戦っている時に、リヒトの軍勢に食い破られ、懐に入られかねない。


 籠っている者が、それを実行できる男でもあるんで、油断できない。


 エルウィン家も安泰化のためにも、早めにかの城を攻略して、少しでも防衛負担を減らしておきたい。


 そのための草案は作り上げてきた。まだ、叩き台の段階だが、お手伝いしてもらうステファンにも内容を知っておいて欲しい。


「さて、そのアルカナ城攻略のための草案ですが……」


 ステファンの前に地図を広げていく。地図はゴシュート族の草の者が作り上げたアルカナ領の地図であった。


「ほぅ、すでに地図まで作られておったか」


「元々、エランシア帝国領でしたからね。そこまで手間でもないです。で、今回は調略を行って、内部を切り崩していこうと思うんですよ」


 地図には、すでにゴシュート族を使って、色分けしたエラクシュ家の家臣名が書かれている。


 事前に調べ上げ、情報を集めるのにゴシュート族は非常に役に立ってくれていた。


 例の香油を片手に各家を訪問し、商売の話をしながら、当主やアレクサ王国についてどう思ってるか聞き出してくれている。


「青がアレクサ派、赤はエランシア帝国派で色分けしてます」


「ふむ、アレクサ派は臣籍降下した際の家臣が大半か。赤は地元の有力者から家臣になった者たちか。地元民はやはりエランシア帝国に復帰したいようだな。経済圏的にもエランシア帝国の方が近いし、領主とは考え方に違いがあるようだな」


 さすが出頭人であるステファンだ。


 色分けと家臣の名前を見ただけで、アルカナ城の内情をほぼ言い当てていた。


 そう、アルカナ城は今、真っ二つに割れているのだ。


 事の起こりは、うちの鮮血鬼が当主復帰するため、国境領主三人の首を飛ばしたり、先年の戦ではうちとステファンがアレクサ王国軍に大勝したことで、アルカナの後方支援を担っていたアルコー家がエルウィン家に呑み込まれたりして、突出部であるアルカナへの補給路が狭まったことに端を発している。


 『ちょ、マジでいつの間にか周りが敵だらけじゃん。うちってヤバくね? 元エランシア帝国領だし、降参して領主の首差し出そうや』って考えるエランシア帝国派と、『この程度でビビっとんじゃねえぞ。今にアレクサ本国から大軍呼び寄せて、周囲のエランシア帝国領主、ぶっ殺したるわ』っていうアレクサ派に分かれ、罵り合っていると情報をキャッチしているのだ。


「つまり、どういう事なのじゃ? 妾はいくさがしたいのじゃ」


 戦の匂いを察した鮮血鬼様がにじり寄る。


 俺はスッと黙って部屋の端を指差すと、姉の元にすごすごと戻っていった。アレの出番は最後の最後、全てお膳立てができてからだ。


 今日は久しぶりに嫁いだ姉に会いたいというから、連れて来ただけなのである。まぁ、面会目的をステファンの家中にも、うちの家中にも知られたくなかったという理由もある。


 調略は味方にも内緒だ。知っていいのは、実行者と命令者だけ。


 つまり、俺とステファンとマリーダ(おまけ)、あと実行者のワリドだけだ。調略を行っていることを知る者が多くなれば、それだけ情報が漏れる。


 調略戦は情報の秘匿が最重要。なんで、後で狂犬脳無しDQN脳筋戦士には、喋ったら反省室二〇日の刑が下ると宣告しておくつもりだ。


「地元から家臣になった有力者たちが現状にビビッているってことだな。周囲を敵国に囲まれ後方も危ういとなれば、動揺するなという方がおかしい。わしも周辺には耳目を飛ばしていたが、ここまで質の高いの情報は得られなかったぞ」


「ステファン殿におほめ頂き、恐悦でございます。部下たちが優秀であって、俺が優秀なわけではありませぬよ」


「いや、情報の取り方はアルベルト殿の指示であろう。でなければ、このような細かい情報の拾い方などせぬはず」


 地図や俺の言葉だけで、情報組織に指示したことを見抜かれた。やっぱ、ステファンはすげえな。


 魔王陛下のお気に入りなだけはある。頭の回転の速さはうちの鮮血鬼の何十倍もありそうだ。


 だからこそ、ステファンには仕えたくない。能力を根こそぎ使い切らないと、功績を認めてもらえなさそうだからだ。


 その点、うちのは戦さえさせておけば、家の切り盛りはかって気ままにできる。それだけが、脳筋当主の美点だといえよう。


「ステファン殿には叶いませぬな。で、調略を重点的に行うのはエランシア帝国復帰を目指す地元派なんですが、彼らにも裏切りの土産を与えねばなりません。そこでステファン殿に骨折りをして頂きたく」


「魔王陛下へ裏切った者の所領安堵の依頼か?」


「話が早い。そうして頂けるとありがたい。裏切った者はうちの家臣に組み入れます。対アレクサ王国の先鋒として扱き使いますんで、なにとぞ陛下の勅許を頂きたく」


「さすが、鬼のエルウィンに、金棒を授けたアルベルト殿だ。抜かりない手配りまで準備している様子」


 裏切者は必死に武功を挙げないと、エルウィン家中で認めてもらえない。


 なんせ、理由はどうであれ、仕えた主君を裏切っているからだ。


 なので、調略した者は対アレクサ王国の最前線で、しっかりと働いて禊を済ませてもらい、うちの家中を支える者として取り込むつもりだ。


 アルカナ領も地元の支持を得ないと領地経営は上手くいかないからな。


「よかろう。その件。わしが請け負った。魔王陛下にはわしから経緯を伝えるので、勅許が得られたら、調略を始められよ」


「ははっ! 助かりまする。こういった話はうちの当主では上手く説明できませぬからな。ステファン殿にお任せできて助かります」


「ちょ! アルベルト! 何気に今、妾のこと馬鹿にしたじゃろ? ぜったいにしたな? したじゃろ」


「人には得手不得手があると申しただけです。それとも、マリーダ様が魔王陛下から調略の勅許を頂いてきてくれますか?」


「ムリムリムリっ! 妾が説明できるわけないのじゃ! そんな面倒なのはステファンに任せる」


「なら、マリーダがすることは?」


「戦に向けて調練!!」


 はい。脳筋返答あざーっす。もう、それでいいです。


 大人しく調練しててください。


「フフ、マリーダ。お前は良い知恵袋を得たな。見限られるなよ」


 見限りたいっすけどね。そうすると、大事な嫁が来年待たずに露頭に迷いそうなんで、俺は頑張りまっせ。


 その後、ステファンと調略対象者を入念に選別して、所領安堵を得る者のリストを作り、後をステファンに頼んだ。

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