第二十四話 魔王陛下

 ミレビスとイレーナに内政の指示を出し、ラトールと客人であるリゼに城を任せ、俺たちは帝都にある皇帝の居城に来ていた。


「おう、着いたようじゃな。叔父上、アルベルト降りるぞ」


 我が家のような気楽さで馬車を降りていったマリーダの後をブレストとともに降りた俺が歩いてついて行く。


 目の前には別名魔王城と呼ばれるエランシア帝国の皇帝の住む居城が鎮座している。


 絢爛豪華な調度品が並び、贅の限りを尽くした宮殿がそこに聳え建っていた。


 正式名称はアラクサラ城。エランシア帝国初代魔王陛下が、人族に迫害されていた亜人種たちの王になることを宣言した城としても知られている場所だ。


 以来、十代、二五〇年に渡りこの地を治めている。


 初代魔王の血筋は定かではないが、恩義ある亜人種のために裸一貫から国を興し、周りを併呑し、一代で大陸の強国とまで言われるエランシア帝国を築き上げた。


 残された書物によると、あまりにチート過ぎる記述が多く、ひょっとしたら、俺のパイセンかもしれない疑惑がある。


 だが、今の魔王は直系から外れた傍系の血筋らしい。エランシア帝国第一〇代魔王クライスト・フォン・シュゲモリー。


 謀略でシュゲモリー傍系の家から四皇家シュゲモリー当主となり、その後皇帝選挙に出馬して現皇帝の地位を獲得し、領土拡大に意欲を燃やす青年君主である。


 そんな男と対面するためにマリーダの後について、宮殿内の謁見の間に連れてこられた。 


 そして、頭を垂れ平伏していると、少し高い位置に作られた玉座に誰かが座る気配を感じた。


「皆、面を上げよ」


 若く張りがありながらも、威厳を感じさせる声が頭上から聞こえた。


「「はっ!」」


 平伏していたが面を上げよと言われたので、頭を上げて声の主を確認することにした。


 玉座に座る男は、肘掛けに肘でつっかえ棒みたく頭を傾げさせてこちらを見ている。威厳を感じさせる眼光鋭い目付きの中に、猜疑心が強さをチラチラと覗かせていた。


 身体付きは色白で細身だが、マリーダからは武芸を一通りできると聞いており、鍛えられているようだ。


 そして、金色の髪とアイスブルーの瞳は貴族然として風貌を醸しだしている。


「こたびの戦……。マリーダよくやった。褒めてつかわす。褒賞は遠慮なく受け取れ、余からの祝言に向けての前祝いだ」


 防衛戦争にしてはいやに奮発された恩賞だと思っていたが、どうやらマリーダと俺との婚約への祝いという意味もあったらしい。


「妾と兄様の仲ではないか。祝いなど水臭いことをせずとも……。ただ、『おめでとう』でよいのじゃぞ。それにこたびは大物の大将首もおらんかったしのぅ」


 平伏していたと思ったマリーダが、礼儀正しくするのをやめたようで、謁見の間にドカリと腰を下ろすと胡坐をかいて頬杖をついていた。


 一国の王に対しての礼儀とは思えぬ、不作法を見せたマリーダに思わず背中から冷たい汗が流れ出す。


 皇帝であり、この国の最高権力者であるクライストと乳兄妹とはいえ、コレは非常に頂けないと思われた。


「マリーダに対しては相変わらずクライスト殿は甘いのぅ。この前、婚約者を半殺しにした時は泣く泣く、当主を剥奪して放逐せざるを得ないから、マリーダを追って出奔する家臣を工面してくれと言われたワシの苦労も察してほしいのぅ」


 ブレストもマリーダに倣い、謁見の間でドカリと胡坐をかいて座り込むと、親戚の子供と喋るような気楽さで魔王陛下に声をかけている。


 その様子に俺の背中から出る汗の量が二倍になった。


 今回は公式の謁見であり、相手は自分たちの主君である。


「マリーダ、ブレスト殿も。こたびは公式の謁見であることを忘れておるのか?」


 玉座に座る魔王陛下のアイスブルーの眼が冷徹に二人を射抜いているのが見て取れる。


 こ、これはお手討ちモードか。ま、まじで勘弁して欲しい。さすがに俺も公式の場でこの態度をされてしまえば、周囲の眼もあるので自らの威厳を失墜させないためにも斬るという選択肢を選ぶかもしれない。


「マリーダ、ブレスト殿」


 クライストの眼がスッと細くなる。これは絶対にお手討ちにいくフラグ。


 ダラダラと背中の汗が止まらずに流れ出していく。思わず、非礼とは思ったが二人の前に出てクライストに頭を擦り付けて土下座をしていた。


「す、すみません! マリーダ様もブレスト殿も真に礼法に関して不調法ではありますが、けして陛下を軽んじておるわけではっ!!」


 陪臣という立場で出しゃばったかと思えたが、このままでは嫁であるマリーダとその叔父であるブレストが不敬罪で首を取られかねない。


 そうなれば、俺の修正したセカンドライフはそこで途切れ、連座の罪で自分も刑場の露に消える可能性もあった。


「アルベルト、何をそのように頭を下げておるのじゃ。妾の兄様は度量の小さき男ではないのじゃ」


「マリーダの言う通りだ。クライスト殿は度量広き君主ぞ」


「ハハハッ!! マリーダ、面白き男を手に入れたな。お主のためにオレに斬られる覚悟したようだぞ」


 恐る恐る頭を上げると、玉座から降りてきたクライストがマリーダと同じように地面に胡坐をかいて座り、俺の方を見て笑っていた。


「へ?」


「ああ、初めてのお前は戸惑うかもしれんが、オレは鬼人族に関しては礼法を求めるなどという無粋な真似はせぬ。それに真面目くさった礼法で挨拶するマリーダなどを見たら悪夢でうなされるわ」


「兄様、それは酷いのじゃ! 妾もやろうと思えば、そこらの貴族の令嬢の真似くらい余裕なのじゃ」


「オレの娶せた婚約者殿を半殺しにする令嬢だがな」


「兄様! あれは人の形をした豚だったのじゃ! 妾はアルベルトを見てもらえば分かるが面食いじゃぞ!」


 クライストは先ほどまでの厳しい視線を和らげ、本当の妹と喋っているような気楽さでマリーダとの会話を楽しんでいるようであった。


「おかげでワシが割りを喰ったがのぅ」


「ブレスト殿も良い働きをした。マリーダを当主から放逐させた際は苦労をかけた。相手方に詫びる意味で、いくさへの参陣も禁止し、今でもスマンと思っている。悪いがその力、再びマリーダのために使ってやってくれ」


 おや、めっちゃまともなこと言う人じゃないっすか。


 ブレストも嫌々当主をやっていたことであるし、みんなどんだけマリーダが大好きなんだよ。いや、まぁ、俺が一番好きだけどねっ!


 謎の嫉妬心も露われるくらい、クライストは鬼人族に馴染んでいた。


「分かっておるわ。クライスト殿の至宝であるマリーダを守るのがワシの務めだからな。それにこのじゃじゃ馬は優秀な騎手を手に入れたからな。ワシの負担も減っておるわ」


 ブレストが俺の方を見て大笑していた。


 優秀な騎手とは俺のことらしい。確かに夜には乗ったり乗られたり……ゲフン、ゲフン。


「おお、そうであったな。帝国一のじゃじゃ馬マリーダを御する男であった」


 クライストも俺の方を見てニコニコと笑っていた。


 全然普通の兄ちゃんじゃんか。最高権力者って聞いてたし、マジ、ビビッて損した。

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