ある村人の日記『勇者様が死んだ』
緋色 刹那
ある村人の日記
王都暦10082年 10月8日
勇者様が死んだ。
平原でモンスター達に襲われたのだ。
道に迷っていた僕を助けるため、わざわざ街からパーティを引き連れ、来てくれたというのに。
ただの村人である僕には何も出来なかた。
体を地面に伏せ、モンスター達の目から逃れることしか……。
戦闘音が止んだのを見計らい、顔を上げると、そこには亡骸となった勇者様を踏んづけるモンスター達がいた。
ヤツらが去った後、僕は勇者様達に駆け寄った。
しかし勇者様も、他のパーティのメンバーの方々も、皆亡くなられていた。
彼らを生き返らせるには、遠く離れた街の教会に連れていくしかない。
けれど僕1人の力では背負うのがやっとで、モンスター達の巣窟となっているこの平原を無事に抜けることなど、不可能だった。
そこで各ギルドに救難信号を送り、救助を待つことにした。
モンスター達が戻って来る前に、誰か来てくれたらいいんだけど……。
救助が来るまで、持っていた紙に日記を書くことにする。
紙には限りがあるので、1週間置きに書こうと思う。
王都暦10082年 10月15日
あれから1週間が経った。
救助はまだ来ない。
恐らく彼、勇者イーサンのせいだろう。
一昨日思い出したのだが、イーサンはレベル10の新米勇者にも関わらず、レベル上げ目的で玄人のメンバーに無理矢理入り込み、受注した高難度クエストで死にまくるという荒らし勇者だった。
今回の僕の救出クエストも、周辺に生息しているモンスター達のレベルを考慮すれば、上位ランクのクエストだったはず……レベル上げを重視し、命を軽んじた彼には制裁を与えなくては。
昼下がり、1週間振りにモンスターがやって来た。
僕は彼らを追い払うため、勇者の亡骸を与えた。彼らは勇者の遺体を咥えると、何処かへ去っていった。
今日は身代わりがいたから助かった。だが、彼らはきっとまたここへ来るだろう。
その時はいよいよ、僕が餌になる番だ。僕がパーティの皆さんを守るんだ。
王都暦10082年10月22日
救助はまだ来ない。
どこのギルドも、僕の救難信号を受け取っていないのだろうか。
昨日、雨が降った。
パーティの皆さんを濡らさないよう、木陰に移動させようとしたところ、とんでもないことを知ってしまった。
なんと、パーティの1人である踊り子さんが男だったのだ。
踊り子というジョブは、女性にしかなれないはず……僕は急いでギルドのメンバー表に目を通した。
するとやはり彼女、いや彼は経歴詐称していた。恐らく敵国のスパイだろう。
僕は彼を残し、他のパーティの方々と一緒に木陰へ避難した。
やがて勇者を食ったモンスター達が姿を現した。彼らは踊り子を見つけるなり口に咥え、去っていった。
良かった、今回も助かった。
僕は一安心すると、そのまま眠ってしまった。
目を覚ますと、雨は上がっていた。
清々しい朝だ。
ずっとこんな日が続いていたらいいのに。
王都暦10082年10月29日
救助はまだ来ない。
けれどモンスターは来た。
今日は餌になるような方はいなかった。
残っていたのは高潔な騎士様と、心優しき魔女様だけだった。
いよいよ僕が餌になる時が来たのか……。
いや、僕は負けない。どうせ死ぬなら一矢報いてやる。
そう僕はモンスター達と闘う覚悟を決めると、騎士様の剣を拝借した。
しかし、騎士様の剣は重かった。
地面から持ち上げるのもやっとで、何度もフラついた。
やがて僕の腕は剣を持つのに耐えられなくなり「グサッ」と落としてしまった。
そこには偶然にも、倒れられていた騎士様の首があり、剣は騎士様の首の真ん中を貫いていた。
僕はなんてことをしてしまったんだろう。
もしこのことが誰かに知られれば、僕は殺人犯となり死刑になってしまうかもしれない。
そんなことになれば、田舎の両親が村八分にされてしまう。
僕は魔女様の遺体を担ぎ、その場から離れた。
モンスター達は騎士様の遺体を咥えると、去っていった。
これで良かったんだ。
騎士様が犠牲にならなければ、僕と魔女様が死んでいたんだから。
救助が来る気配は一向にない。ギルドに催促しても、返答すらない。
女性の魔女様1人なら、僕でも担いで街まで行けそうだ。
僕はこの場に留まるのをやめ、街を目指すことにした。
モンスター達も、ここに来れば食い扶持に困らないと思って毎週来るのかもしれない。もうヤツらの思い通りにはさせないぞ。
王都暦10082年11月5日
救助はまだ来ない。
残念な報せだ。
魔女様が今日食われた。
1週間歩き続け、ようやく街まで残り数キロというところで、モンスター達が走って追ってきた。
僕は懸命に逃げた。疲労困憊の中、足がもつれそうになりながらも走り続けた。
だがそれ故に、足元が疎かになっていた。
気がついた時には、草の中に隠れていた大きな石につまづき、転んでいた。
背後を見ると、僕の背中から投げ出された魔女様が地面に倒れられていた。
僕は急いで魔女様を担いで逃げようとした。だがモンスター達はそれを許さなかった。
ヤツらは倒れている魔女様の足を咥えると僕には目もくれず、去っていった。
とうとう僕1人になってしまった。
まさかこのエンドレス平原が、こんなにも危険な場所だったなんて。誰も救助に来ないのも分かる気がする。
それでも僕は街を目指そうと思う。
たしかに、犠牲にしたパーティの方々のことを思えば、償いのために平原のモンスター達の餌となるべきなのかもしれない。
だが、僕は街へ行かねばならないと思った。
彼らが生きた最後の瞬間を伝えられるのは、他ならぬ僕しかいないのだから……。
王都暦10082年11月6日
救助が来た!
たまたま街から平原へやって来たパーティらしい。僕のために、一緒に街まで戻ってくれるという。
良かった。これでエンドレス平原ともおさらばだ。
この日記は勇者様と出会った日の夜に書いている。大事な日だ、1週間ルールも破っていいだろう。
皆さん、歩き疲れて眠っていらっしゃる。僕もそろそろ眠るとしよう。
あれ?
前にもこんな日記書いたような。
それに、他にも何か忘れて
王都暦10082年11月7日
勇者様が死んだ。
平原でモンスターに襲われたのだ。
(了)
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