また遭遇しました

「あんた、なんでまた居るのよ!?」


 こちらを指差す琴音。

 近くに旦那は見当たらない。一人で出歩いているようだ。


「……安全確認ですね」

「だから、あんたこの間から言ってる意味がわからないのよ!ふざけてるの!?」


 本当のことを言っただけなのにこれは酷い。

 なんでいるのと言われても、あの大雨でしろがねや貴継、郁麻やアランに怪我とかないかと思っただけである。

 こちらも琴音を見掛けなかったと聞いてたので、すっかり帰ったものだと思っていた。

 ……油断していた。


 山から街に入り、しろがねの店まで行くのには必然的に大通りを通らなければならない。

 前回同様朝早い時間なので人は居ないと思い、特に気にする事なく人の少ない大通りを歩いていた。

 まさか、正面から琴音が一人で歩いてくるとは全く思ってもいなかった。


 それに、山吹と一緒に居るのに声掛けてくるとは。先日殺気を浴びて怖がっていたのが嘘のようだ。

 ……それともあまり覚えていないだけなのか。


「……鈴音、油断していた。すまない」

「そんな!山吹さんのせいじゃないですよ。だって私も居るとは思ってなかったですし、声かけられるとは思わなかったです」

「面倒なのに見つかったな」

「面倒って何よ!?」

「…………確かに、面倒ですね」


 琴音は相変わらず大声で喚いている。

 ……これはそのうち人が出てくるのではなかろうか。

 なにせここは、街の大通り。当然道に面したお店は沢山ある。

 もし、人が出てきて今の状況を見たら確実に喚く琴音が諸々の根源だと気付くだろう。

 そしたらしろがねが言っていた状況になり、簡単に解決が出来るのでは。


 そう思案していた間も何やら喚き続ける琴音。

 喚く内容は一貫して『身代わりだから、そこを譲れ』といった要求だ。

 譲る気は更々ないので無視する事にする。

 どうせ断ったところで向こうが折れるはずなどない。絶対に。


 未だに喚く琴音から視線を外さず、隣にいた山吹へ一歩、距離を詰める。

 距離を縮めた鈴音に、何かを察したらしい山吹が更に引き寄せ隙間が無くなる。


 ベタベタするなとか聞こえるが、気にしない。


「……あの。山吹さん、このまま口論してたら簡単に片付きますかね?お店が開き始めたら、しろがねさんが言ってたみたいな状況になりますよ」

「ちょっとあんた達何してんのよ!」

「それは俺も思っていた。……ただ、このまま話を長引かせると鈴音が嫌な思いするだろう?それだけは避けたい」

「聞いてるの!?」

「あ、そこは対して気にしてないので大丈夫です。……けど、問題点はこの髪飾りです」

「………………別に弾け飛んでもいいんじゃないか?」

「人と獣では状況違いますから……それに、それこそ騒ぎになりますよ」

「人のこと無視すんじゃないわよ!!!」


 ベッタリとくっつきながら、こそこそ話している二人を見て苛立ちが募ったらしい琴音。

 今までよりも、更に一際大きい声で叫んだ。

 まだ朝なので、あまり大声出すと近所の方に迷惑だ。

 流石に声の大きさを注意しようと、大きく息を吸い。


「全く、朝っぱらから煩いわねえ」


 すぐ右手にあるお店から、ゆっくりとした足取りで一人の女性が不機嫌そうな顔をしてでてきた。

 出てきた彼女のお腹は大きく、服もゆったりとしたものを着ているから妊婦さんだろう。


 もちろん大きく吸った息は、音を出すこと無く口から吐き出した。

 ただ深呼吸をしただけになったが、先程よりも少し気分が落ち着いた。


「何よ!?邪魔しないでちょうだい!今此奴と大事な話してるのよ!部外者はあっちいってなさいよ!!」

「あ、すみません。朝から大声で騒いで、ご迷惑おかけしてます……」

「あら、あんた達双子?…………へえ、似てないのねえ」


 似てないと。

 確かにそう言った。

 容姿だけなら双子なのでそっくりなはずだが、彼女は明らかに似てない・・・・と。そう言った。


「はあ!?双子なのよ!?似てないわけないわよ!!」

「いいえ、全く似てないわ。……だって大声で喚き散らしているだけの貴女は、とても醜いわよ?反対に、こちらの彼女は丁寧に、人を尊重して話せるとても綺麗な子よ。それがどうして似ているというの?」

「…………っ!し、失礼な」

「だろうだろう!鈴音のがいい女だろう!?」

「あら、貴方はこの綺麗な子の恋人かしら?…………え?違う?あらまあ!今度結婚するのね!なんて素敵なのかしら。お嫁さんがこんなに可愛くて、貴方は目が離せないわね」

「はあ!?そこの女の方がなんで綺麗なのよ!そんなに痩せ細って、貧相なのに!……なんで、あんたが幸せそうなのよ!なんで!!!!」


 ゆらりとこちらへ近づく琴音。

 目の前で止まり血走った目で鈴音を睨んでいる。


 そしてゆっくりと、右手を振り上げ--


「……はいそこまで。そこの嬢ちゃん、しばらく黙ってようか」

「……え?あ、あんた、この間私を掴まえた熊!?」

「熊じゃなくて人間だからな。そうそう、今回も呼ばれたんだよなあ。さて、今回は人に暴行を加えようとした現行犯だから言い逃れはできない。そこのそっくりな彼女に事情を聞くからこのまま喚かずに大人しくしてろよ?……さもないと縄で縛るからな」


 琴音が捕縛された。

 いや、正しくは縛ると脅され大人しくなった。


 いつの間にか周りを数人の人達に囲まれていた。どうやらあまりの煩さに大通りに出てきた誰かがこのやり取りと雰囲気を見て、街の警備の人を呼んだらしい。

 この間保護したのも彼のようだ。確かに熊のような風貌ではある。


 そんなやり取りの傍ら、未だご機嫌な山吹は妊婦さんに鈴音の愛らしさを語り始めていた。どこが可愛いか、どこが好きか、等々。正直やめていただきたい。

 恥ずかしくてどこかに隠れたい気分だ。


「……あ!もしかして、春頃に貴方達二人一緒に服を買いにうちの店に来てくれた人達かしら?匂いがいいとか、柔らかいとか惚気に惚気て買ってった人。あ、少し待っててちょうだい」


 家の中へ消えた妊婦さん。しばらくして、中から一人の男性を伴ってでてきた。

 どうやら旦那様のようだ。


「…………あんた、あの時の兄ちゃんか。あ、惚気は要らないからな!?あん時散々聞かされてしばらく甘いもの食えなかったんだぞ!」

「あなた甘い物好きなのに一時期食べなかった理由って、それなの……?」


 かなり影響があったらしい。なんだか申し訳ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る