やっぱり風邪、引きました

「ゲホ!……っ、ゴホ」


 喉が痛い。ついでに頭も。

 布団にくるまっているが、全く暖かくない。むしろ時間が経過すると共に寒さが増す。

 悲しくもないのに、じわりと涙で視界が滲む。


 翌日。案の定風邪を引いた。

 確かに昨夜は大丈夫だったのだが寝てる間に熱が出てきたのだろう。--朝、寒くて目が覚めた。


 あまりの寒さに思わず隣の山吹を起こして掛布団が他にもないか確認したくらいだ。

 自分では正確な熱さは解らないが、きっと熱は高いだろう。

 冬用の掛布団を二枚ほど取ってきてくれ、上から掛けてくれた。


「ゴホッゴホ!……ありが、とう、ございっゴホゴホッゴホッ!」

「大丈夫……なわけないな。……………………やはり熱がかなり高いな。食欲はあるか?」


 傍らに座り此方を覗き込む山吹はとても心配そうだ。

 額に載せた布がぬるくなった頃に、桶に入った冷たい水に浸し、絞り、また額に載せるという動作を先程から繰り返している。

 時折熱を測るように、首筋から耳の下辺りに手を当ててくる。

 その手は冷たくてとても気持ちいい。


「食欲は、あまり……っゲホ、ゲホ!」

「あー……聞いた俺が悪かった。無理に喋らなくていい」


 トントン

 とかすかだが扉を叩く音が聞こえた。


 だが山吹は病人である鈴音に何を食べさせたらいいのかと思考の海に浸っている。

 音が聞こえなかったようで、立つ気配はない。


 伝えなきゃと手を布団へ付き--


「起き上がらなくていいから寝ててくれ」


 起き上がりかけた上半身を優しく方を押され、また布団へ逆戻りしてしまった。


「あ、の……扉ゲホッゲホ、ゲホ!……ったたく、音が…」

「ん?扉?…………少し見てくる。気になるかもしれないが、ここで大人しく寝ててくれ。頼む」

「は、い……ゴホッ、ゴホ!」


 きっちりと掛布団を鈴音の肩まで掛け直し、玄関の方へと見に行った。


 寝てた方がいいのは解るがやはり気になる。

 だが山吹にああ言われた手前、動く事はしないが……寝れもしない。


 しばらくかかると思っていたが、意外と早く戻ってきたようだ。足音が部屋に近づいてくる。

 ……何故か二人分。

 微かに話声も聞こえるが……どうやら相手は男性で親しい人らしい。

 だんだんと声も近づき、ハッキリと聞こえるが声だけでは誰か解らなかった。


 そして、山吹が部屋まで伴ってきたのは--


「鈴音、寝てなかったのか」

「鈴音ちゃん、大丈夫?山吹さんにさっき聞いたけど……川に落ちて風邪引いちゃったんだって?来る前に知れる手段あれば良かったよね……。街で果物とか食べやすいの買って、持ってこれたのに」


 大きめの荷物を背負って、心配そうにこちらを見る貴継だった。

 片手に大きな剣を持っており少し血が頬についている。魔獣を倒しながら歩いていたのだろう。

 ……血生臭かった。

 風邪だが鼻は不幸にも詰まってない。

 その為匂いは解るのだ。残念。



 * * ◇ * *



「いやー、この間指輪のデザイン話し合いに店に来た時、俺居なかったでしょ?その日に渡したかったんだけど、結局会えなくて。ちょうどこっちの山に用があったから、渡し忘れてた物を届けにね。……にしても、だいぶ熱ありそうだね。山吹さん。鈴音ちゃんでも食べやすいものとか、今家にある?」


 対面する貴継は頬が上気して、ほかほかと湯気がたっているのが見える。

 流石に病人の前で血の匂いを纏うのは良くないと言う事で、荷物を置いた貴継は『お湯借りるね』と。

 簡単ではあるが血の汚れを洗い流して来た後である。


「作れても粥くらいだが……果物がこの辺にはなくてな。薬草とか茸が多いからな。本当は果物があれば一番良かったんだが……」

「あ、じゃあよければ明日果物とか持ってきてあげるよ。俺しばらく山に用があって行き来してるし。……どの果物が欲しいとか、寒いから毛布欲しいとか……なにかある?」


 正直なところ、さっぱりした甘みのあるものなら何でもいい。

 あまり食欲もないから沢山は食べれない。


「そしたら、柑橘系とかで甘い物を何種類か。でいいか?………………ああ、喋らないで頷くだけでいいからな」


 ちょうど欲しいなと思っていたものを、山吹が代弁してくれた。

 話そうとして咳込んでしまったが、何度も縦に頷き肯定を示す。


「なら、それで頼めるか?代金は明日渡す」

「解った。甘い柑橘系ね。明日もし他に必要なのあったら言って。……鈴音ちゃんから目が離せないでしょ?だから買い物くらいは何時でもしてあげる」

「助かる。流石に病人を一人置いてく事も、街に連れてく事も出来ないからな。……医者に見せられればいいのだが、俺が抱えるとしてもやはり負担はあるからどうしても、な」

「そうだよねえ。しろと俺が近くだったらすぐ様子見にこれるけど……流石にねえ。まあ、そういう事情も解ってるから大丈夫。お使いくらい何時でも行くよ」

「……本当に助かる。今度改めて礼をさせてくれ」


 そんなに気にしないでと軽やかに笑う貴継。

 ……しろがねはきっと、彼のこういう明るく優しい所が好きなんだろう。

 あと、【しろ】と親しげに呼んで、気軽に接してくれるのもあるかも知れない。



「それで、貴継は俺達に何か渡す用があったんだろう?……急かして申し訳ないが、鈴音は病人だからな。早く寝かせてやりたい」

「あ、そうだよね。ごめんね。早く渡して軽く説明して帰るから、もう少しだけ付き合って?」


「すまないな」

「当然だもん。ほんとごめんね。えーっと、ここにしまったはず……あ、これこれ。はい、俺の本題はこれを二人に渡したかったんだ」


 そう言って貴継が大きな荷物から取り出したのは、小さな刀二振り。

 鞘には蔦模様と小振りの薔薇が描かれている。その模様は鏡合わせのように対になっており、それぞれ鞘の色が赤と黒で異なっている。


 赤は鈴音に、黒は山吹に。との事だ。



「これはね。俺からの贈り物。この間出掛けた先の街で見つけた小刀で、身に付けて歩いても問題ないような大きさなんだ。それに、護身にも使えるほど斬れ味もいい。……婚姻の儀で血を垂らすんでしょ?その時も使えるかなと思ってね。……どう?綺麗でしょ」


 スラリと鞘から抜いた刀は淡い金色を纏っている。

 まるで水が滴っているかのように刀身は少しだけ青色を帯びている。

 光に当たると銀にも見えるその刀はとても綺麗。

 ……小さいとはいえ、あまり近くで刀を見たことが無いので、流石にこんな近くでじっくりと見るのは少し怖いが。

 そもそも布団に寝てるので、下から見上げている恰好なのだが……それが余計恐怖を感じる。



「ああ。確かに綺麗だ。買わねばと思っていたのだが、良かった。有難く使わせてもらう」

「気に入ってもらえたなら良かったよ。じゃあ、俺はこの辺で帰るね!明日果物持ってくるから、今日は暖かくして、水分もいっぱい取ってよく寝てね」


 貴継の用事は本当に小刀を渡しに来ただけだったようだ。

 鈴音が風邪を引いて寝ているのもあるのかも知れないが、早々に帰って行った。

 帰り際『体調悪いのに沢山話してごめんね』と、とても申し訳なさそうにしていた事を山吹が教えてくれた。




 翌日、貴継は約束通り数種類の果物を届けてくれた。

 鈴音は寝ていた為貴継の訪問を知らないが、山吹が教えてくれたのだ。日替わりでしばらく楽しめたくらいには量も種類も多かった。

 そして要望通りに甘く、それでいてさっぱりとした果物ばかり。


 果物で少し食欲の出た鈴音。

 山吹が付きっきりで完治するまで看病してくれたお陰もあってか、数日で回復した。

 以前に比べ体力も着いていたのもあるのだろう。


 山吹が風邪を引いた時--神様が病気になるかは解らないが--同じように付きっきりで看病しようと密かに決心した。

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