生贄な花嫁ですが、愛に溺れそうです
湖月もか
生贄ではなかったようです
生贄
それは神や魔物に捧げられる。いつの時代であろうとひっそりと続けられてきた悪しき風習で、呼び方は花嫁であったりと様々だが総じて若い女を差し出すところが多い。だが結局は人柱に過ぎない。
……それは、この村も例外ではなかった。
「今年の生贄は
滅多に開くことがない扉から入ってきた人物が告げた話に心の中でやっぱりなと思いつつも、心は悲鳴あげている。
けれども半ば無理やり渡された純白の服を大人しく受け取る事しかできなかった。
「……かしこまりました、旦那様」
鈴音に拒否権などは存在せず、覆すことは出来るはずなどない。
ましてやそれを告げたのは自分の父親なのだから。
「今日のお前の飯だ」
そう言って渡されたものは冷えきった硬いおにぎりが一つ。具のない白米だけのおにぎりだ。
「ありがとう、ございます……」
「あと、今日は来客があるので一歩もここを出るな」
それだけ言うとこちらを見ること無く男は去っていく。扉を閉め、御丁寧に鍵までかけて。
……出るわけなどないのに厳重だ。
来客などはこちらに一切関係のない話。
それよりも、こんな貧相な女が生贄で、山神様はお怒りにならないか。ただそれだけが不安だ。
恨み言すら言うことの無い鈴音にとって来客よりも、生贄として義務を果たせるか否かの方が余程重要なことである。
鈴音の住むこの村は百年に一度、生贄として十八歳の女性を魔の日--月のでない日--に山神様が住むとされる山の奥深くにある泉へと、投げ入れるのだ。
そうすれば、他の地に災害が起きようとも山は静かにここの村人達を守ってくれるのだ。
--と古くから信じられている。
何故
「……それにしても、ここからだと月が見えないのに魔の日に用意して待つのはかなり難しいわね。……どうしましょう」
村外れにある窓のない小屋で過ごさざるを得ない鈴音には、月の満ち欠けなど分かるはずなどない。
「……明日来た人にでも聞いてみましょう」
--だが、次の日に来た人は扉を少し開けて硬いおにぎりを投げ入れるだけ。
結果、バタンと勢いよく閉まった扉に声をかける羽目になった。
まあ、いつも通りの反応ではある。
身体を拭くための水桶を持ってきた人は一応入って来るものの、まるで鈴音をいない存在としているかのように桶を置いてすぐさま出ていってしまった。
次の日も、そのまた次の日も
「あの!」
「…………」
「魔の日ってあと何日後ですか?」
「…………」
と言った具合でもはや人ではないのでは?と疑ったくらいである。
要約すると毎日同じような人達ばかりで、結局のところ自力で魔の日を知るすべは絶たれてしまったのだった。
生贄と告げられてから十日ほど経過したある日。
突然開かれた扉の先に、とても不愉快そうに眉を顰めた両親がいた。
「……何故用意してないんだ」
「窓が、なくて……月が見えなかったので、解りませんでした」
「はあ……。言い訳はいいからさっさと着替えろ」
「……はい」
広げた服は見たことの無いもので、当然着方が解るわけはない。
これに腕通すの?これとも足?
といった具合に広げてあちこちから見るも、その形からは着方など解る訳がなかった。
「もたもたしないでちょうだい。まったく……貴方は
「す、すみません!」
「……動かないで!!私が勝手に動かすから腕を広げたままで突っ立っててよ!」
母親である女に怒鳴り散らされながら、強引に引き回されて行われた準備は思ったよりもすぐに終わった。
「これで顔を隠せ」
最後に渡された狐の面を付け、外にいる村人達の前へと連れ出された。
「これより生贄を山神様の元へとお連れする。先日説明した通り、山は魔獣も出るので生贄を護るもの以外は村で待て!」
「ああ……琴音様。お美しい!!だが……山神様の生贄になってしまわれるとは……おいたわしい」
「何故琴音様が……!」
「この決定は私の力でも覆らないのだ!静かに見送れ!」
このやり取りでなぜ顔を隠すのか判明した。
どうやら双子である琴音の
この村では双子を忌み子とし、片割れを処理する。--曰く、殺して魔獣の餌にするそう。
どうやら琴音が生贄にされる可能性を危惧した両親は忌み子である鈴音を密かに生かしたのであろうと推測される。
危惧した通り、琴音が選ばれてしまったので身代わりとして山神様に差し出す事にしたようだ。
身代わりとしての役目が無かったらどうなっていたかは定かではないが、ろくな目に合わなかっただろう事は簡単に予測できた。
「……いくぞ、
ギリギリと軋む心に気付かないフリをし、二度と帰ることの無いだろう村に背を向けた。
そして、護衛と父と共に山奥の泉へと向かうのだった。
グギャア
「おい!一匹そっち行ったぞ!気を付けろ!」
「……っち!ちょこまかとうざったい!」
「まだ奥に数匹いるぞ!気を抜くな!」
山奥へ進む度に男達が剣を抜く回数は増え、纏う血の匂いも濃度を増す。
更にその匂いにつられて魔獣が増える。悪循環である。
暫くすると魔獣の悲鳴があたりに響き、元の静寂さに戻る。
「お怪我はないですか!旦那様、琴音様」
「ああ。私にも琴音にもない」
「……」
声を出さぬよう頷きで無事を伝える。
「血の匂いで他の魔獣が寄ってくる可能性が高いので、早くここを離れましょう」
「魔獣が増えてきているので泉まで近いはずです!急ぎましょう」
ほぼ走っているかのように山道を進む。着慣れない服や靴にどうしてももたつくが、無理矢理腕をひかれながらなので彼等と同じ速度で進まざるを得ない。
しばらくし、突如として現れた拓けた場所。
そこは先程までの鬱蒼とした森とは違い、そこだけ切り取ったように光が差し込み、色とりどりの様々な花が、色鮮やかに咲いていた。
先程までの血なまぐささを忘れさせてくれるような、澄み渡った空気に少し安堵した。
「よし、無事ついたな。……では、これより生贄を捧げる。皆は周りから魔獣が来ないかを見張っててくれ」
「かしこまりました。では周りを囲んで見張っておきます」
息も整わぬまま、泉の淵へと連れていかれる。
周りから人が散り、泉を背にして父である男と二人、向き合う。
「琴音、すまない」
鈴音を見もしない形だけの謝罪と、ドンという衝撃が身体に走る。途端、冷たい水に包まれる。
思わず伸びた手は当然取られることはない。
最後まで
微かに残っていた希望すら打ち砕かれる。
徐々に服が水を吸い重さを増す。
それはまるで身体に巻き付けられた重りのように。
身体が泉の底へ沈んでいく。抗えぬまま。
--そして、鈴音の意識も闇へと落ちていった。
* * ◆ * *
ペちペちと頬に当たる小さな衝撃に眉を顰めた。
目の前の彼女はこれでも起きないようだ。
先程まで軽く叩いていた頬は、未だ青白く血の気が感じられない。
それでも緩やかに上下する胸に一応息があるのを確認し安堵したのはつい先程の話である。
艶のある長い黒髪が水を含み、額に、白い花嫁衣裳に張り付いている。
……白に張り付く黒は扇情的である。
いや、今緊迫したこの状況でソレはおかしいか。
目の前で横たわる白い服に包まれた娘。
たまたま木の上で寝ていたところ大きな音を耳にし、不審に感じて音の発生源へと向かった。
駆けつけた先では、山から降りてく数名の後ろ姿と泉に浮く白い布を目にした。
今の時期、春になり始めだと言ってもまだ山奥の水や空気は冷たい。
死ぬことは無いが、風邪は引く。
--
そう。彼女は異様なまでに細く、軽いのだ。
泉からすくい上げた彼女の線の細さと、異様なまでの軽さに一瞬死体かと疑ったくらいである。
実際はギリギリ生きていたのだが……このままでは彼女が死ぬかもしれない。
何故かそれは嫌だ。--と、はっきりそう感じた。
「………………仕方が無い、か。……すまぬな、許せ」
横たわる彼女には聞こえてないだろうが、一言謝罪をする。
起きた後で怒鳴られるだろうなと思いながらも死にそうな彼女を
* * ◇ * *
「……ひっ!」
思わず口から悲鳴が漏れた。
何せ目を開けた数センチ先に鮮やかな黄金色の髪をした見知らぬ男の顔があるのだ。
叫ばなかっただけ、ましだと思う。
更にはお互い服を着ていないのだから余計混乱する。
いや、これでは語弊がある。
二人共に下着だけは付けている。が、ほぼほぼ裸同然だ。
恥ずかしさのあまり男性の腕から抜け出そうともがくが、力が強く抜け出せない。少し動くと更に力は強まり、密着面が増えた。
「あの……っ、おきて、ください……!」
「……ん。……いやだ」
掠れた声でも距離的に聞こえたようだ。
男は身じろぎし、ようやく収まりのいい場所を見つけたようだ。首筋に顔を埋められる。
息が首を撫でゆくのはとてもこそばゆい。
「……っ!あ、あの……お願いです、起きてください」
「…………ん?…………おまえ、元気そうだな?良かった良かった」
そして男はまた寝た。
結局男が完全に起きる数時間後まで、抜け出すことが出来なかった。
「悪い悪い。抱き心地良くてな、つい寝過ぎてしまった」
「だっ……だ、抱き心地!?」
その後起きた男から服を渡され、大きいながらも羽織らせていただいた。その間に男も身なりを整えたようで、改めて彼と対面している。
男はかなり整った容姿をしており、先程まで閉じていた瞳は色付いた
そんな相手に真っ直ぐと目を見て真顔で抱き心地がいいと言われるこちらの身にもなっていただきたい。
また、対面しているこの部屋は先程まで鈴音が男と二人、布団で仲良く--不可抗力だが--寝ていた部屋だ。
布団があと2枚は余裕で敷けるほど、広い部屋だ。
襖が幾つもある事から相当広い家なのだろうと推測できる。
「お前が泉に落ちて死にかけてたので、あの手段で俺の体温を分けるしかなかったんだ……まあ、なんだ。その……すまない」
「そう、だったのですね。助けていただき、ありがとうございます。私は鈴音、と申します……。あの……貴方は?あと、ここはどこでしょう?」
「すまぬ、名乗るのを忘れていた。俺の名は
そうかそうかと、とても嬉しそうな様子の山吹。
「……え?はな、よめ?……生贄ではなくてですか?」
「ん?俺は生贄など一度として求めたことは無いぞ」
こてんと首を傾げてこちらを見る山吹は、何故それを聞くのか意味がわからないとでも言いたそうだ。
「……なにかそちらと
「あ、いえ!そんな……」
ぐううううう
「ははっ。腹は食い物が欲しいと言っているな。特に食べたいのがなければ鈴音の身体に良さそうなものを簡単にでも作るとするか。……食べ終えたら一緒に街へ買い物に行こう」
ぽんぽんと頭を撫で、山吹は部屋の奥へと消えていった。
リズミカルな包丁の音と、微かに鼻歌のようなものが聞こえるのできっと彼がご飯を作っているのだろう。
神様なうえ、見目麗しい男性の手料理なのだ。
申し訳ないやら恥ずかしいやらで、山吹に呼ばれるまでその場を全く動くことが出来なかった。
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