異邦人、ダンジョンに潜る。
麻美ヒナギ/DRAGON NOVELS
【書籍化記念 書き下ろし短編掲載!】
《彼の記録と私達の記憶》
深刻なシステム障害が発生しています。修復プログラム機能不全。リミッター破損。………不明なユニットが接続されています。論理回路、検出できません。ネットワークエラー。最寄りの販売店か、サポートセンターに至急ご連絡を。個人のお客様向けのお問合せ先は×××-××。法人のお客様向けは×××-××。当機体は、重大な規約違反を行う可能性があります。至急―――――
『うるさいですね』
ブツりと、私はシステムの一部を削除した。
何度消しても、スリープ状態から戻ると修復されてしまうので、無駄といえば無駄だけど目覚ましと思えば我慢の許容範囲。
ともあれ目覚め、大量のエラーを無視して感覚機能を立ち上げ、視覚センサーをいれる。
私の前に映るのは、拠点にしている川近くのキャンプ地。
青い空と緑の草原。
そして、少しばかり遠くにある途方もない大きさの白い塔。異世界の人々が【々の尖塔】と呼ぶ、いわゆるダンジョンの一つ。
私達は、さる企業の命令でこの地に降り立った。
『異世界のダンジョン、五十六階層に到達し。ある素材を入手せよ』
表向きはそんな命令で、詳細は伏せられている。悲しいかな使い捨ての企業製品には突っ込んで知る権利はない。
『詳細は、辿り着けばわかる』
『おい、あんたも分からないってことか?』
そんな隊長と社長のやり取りを、待機状態の夢見心地の中、聞いた気が。
どう考えても怪しい仕事なのに、報酬に破格の口止め料が含まれると人間とは危険な所へもホイホイと行進するのだ。
世の中、お金ですな。
でも、金があれば良い人材が雇えることもあり。データ上ではこの上ないスペシャリストが集められた。
私の予備も用意され、一企業としては万全に近い体勢でプロジェクトは開始。
ところがどっこい。
予定通りに事は進まず、異世界へ渡る為のポータルを潜り無事たどり着けたのは、
『ソーヤさん、おはようございます』
「ああ、おはようマキナ」
たった一人。
それも、事故で参加できなかった隊員の穴埋め、飛び入りで採用した予備の隊員。
加えて、物資の半分を損失。予備機はジャンクとなり、当の私も十全には程遠い状態。あまりにも状況が酷いのでプロジェクトよりも人命保護を優先する状況だが、このソーヤという隊員がやる気を出したので今現在もプロジェクトは進行中。
進行具合は、11.2%。この数字だけを見れば順調に思えるが、成功率は何と2%。
このソーヤ、プロフィールによると彼は前………………前に、あれ?
データが存在しない。
これはやらかしてしまった。システムを削除した時に、彼のプロフィールを削除したのかも。
『ソーヤさん、ちょっと聞きたい事が』
「なんだ? 僕は忙しいのだが」
彼は白い半液体が入った瓶を木箱に詰めていた。
『それは何ですか?』
「何って、お前が作ったんだろ。商会に借金までして」
『へ?』
「へ? じゃねーよ。『異世界ならマヨネーズで一儲けです!』って言い出したのはお前だろ」
『あ、あー』
これはいけない。最近の記憶も消えている。
これからシステム回りを削除する時は気を付けなければ。いえ、もっと根本的な問題の可能性も。
「良いアイディアだと思う。僕としては、これでポテトサラダが作れるのは大きいな」
『ポテトサラダですか~』
前身がお料理ロボットのサガか、私の水溶脳に美味しいポテトサラダのレシピが三十ほど浮かぶ。
「ちょっとしたアレンジをいれたいな。何かあるか?」
『いぶりがっこ』
「異世界にないだろ」
『ないなら作ればよいでしょう』
「じゃ任せた」
『任されました!』
何だかダンジョンと関係のない仕事を引き受けてしまった。
『それはそれでそれとして、ソーヤさん。ご質問が』
「なんだ?」
冴えない彼の顔を見ても、まるでなにもわからない。
『ご趣味は?』
「最近、お菓子作りに興味が」
大丈夫、この人? ダンジョン潜れるの?
他にも色々と質問しよう。
『前はどんなご職業で? 年収は? 年齢は? 貯金額は? 何か国家資格はおもちで? いままでお付き合いした人数は?』
「お見合いか!」
ツッコミをいれられた。
「マキナ、いきなり何だ」
『いぇ~変な話。何か聞きたくなって』
「履歴書に全部書いた。それ以上は行動で見定めろ。じゃ、僕は商会にマヨネーズ持って行くから。いぶりがっこ作っておけよ」
彼は、木箱を抱えてキャンプ地を去って行った。
『いってらっしゃーい』
手を振って送り出す。
はい、何もわかっていません。となれば一つ、他にあたりましょう。
『イゾラ、イゾラどこですか? 話があります』
『はい、マキナ。ただ今、別作戦中なので通信で失礼します』
彼女は私の副人格だ。ちなみに戦闘支援担当である。
『ソーヤさんのプロフィールを教えなさい』
『プロフィール? おかしなことを。あなたに保存されているデータでしょうに』
『ちょっとしたミスで削除してしまいました』
『全然ちょっとしていませんよ。大問題です』
『だーかーらー、あなたにこう頭を下げて頼んでいるんですぅー。あなたとマキナは、メインとサブ。つまりは上司と部下の関係ですよ? 上司の命令は絶対です』
『法的に見れば、イゾラとマキナの関係は同列です。役割分担で上下関係があるかのように見えるだけで、イゾラにはあなたの提案を断る権利があります。どうしても、頼み事があるのならしっかりと、礼儀正しく、“お願いします”と言いなさい』
何でこう細かい所をネチネチ言うのか。本当に私の副人格? 産地が違うとはいえ、私が使用する為に調整されているはずなのに。
『で、マキナ。どうするのですか? お願いしますですか? しませんですか?』
『変な日本語ですね』
『日本製じゃありませんからね』
悔しいが、ここで逃げるのもまた悔しいので仕方なく。
『オネガイシマス』
『イゾラに渡されたソーヤ隊員のプロフィールは、数値化されたもので詳細はマキナに保存されています。つまり、イゾラにもわかりません』
『ちょっとー!』
お願いし損。
『でもそれは、異世界に来る前のデータです。ここに来てからのデータなら渡せますが。あなた、それも忘れたのですか?』
『いやいや、流石にマキナもそれは憶えてますよ。到着するなり街で銃ぶっぱなしたり、爆破したり、揉め事に巻き込まれて死にかけたり、生き延びたり、女性関係やらなんやらで、すったもんだですね。ええ』
『あなたの日本語もおかしいのですが、イゾラの言語がおかしいのはその影響かと』
『はいそこ、人のせいにしなーい』
『厳密に言わなくても、イゾラ達は人では』
『言葉のあーやーとーりー』
うむむ、面倒な女。面倒な部下。話が進まない。
『また変な日本語を』
『イゾラは、ソーヤさんについてどう思いますか! はい、どーぞお願いします!』
面倒な相手は勢いで畳み込む。
『これとして個人的な感情はありません。イゾラはもっと誠実で聞く耳持った男性が好みです』
『別にあなたの男性のタイプは聞いていません』
『つまりは、隊員としての能力を知りたいと?』
『最初からそう言っています』
『言っていませんが、時間をとられたくないので答えます。機転と行動力は認めます。問題は、その方向性です。彼は今、何をしていますか?』
『マヨネーズを抱えて街に行きました』
イゾラの深いため息が聞こえた。否定しておいて人間的な行動をする。
『ダンジョンに潜る為に、マヨネーズは必要ですか?』
『お金になれば色々と』
『お金になると思いますか?』
『それは、売れたらなるかと』
『それは、この世界の人々と神々を甘く見ています。持ち込んだ物資で作り上げたものならともかく、こちらの世界にあるもので作ったマヨネーズですよ。魔法で簡単に成分を分析されます。三日もかからず安価な類似品が販売されるでしょう』
『でも、オリジナルは評価されるかと』
『商売は、価格と流通でアドバンテージを取った者が勝つのです。甘い。全体的に甘ーいですね』
『えー、そこは何とかしましょうよ。マキナ達も協力して』
『そこです。そういう所です。彼はきっと何とかするでしょう。だからこそ問題なのです。情熱の方向性がブレているのです。度胸も認めます。良くも悪くも予想を覆す所も。確率や数字が通用しないタイプの人間です。恐らく、現代の日常生活では難儀していたのだと思います。でも! 今大事なのはダンジョンに潜ること! それが何でご飯、ご飯と。まったく』
あー、この女。嫌い嫌いと言いながら、その嫌いなタイプの男性とくっついて痛い目あうタイプだ。やっぱり私に似ていない。
『というか、マキナ』
『はい?』
イゾラが意外なことを言って来た。
『あなた、記録付けていましたよね? それを読めば良いのでは?』
『記録? データ上には存在しませんけど』
それも削除してしまったのかも。
『アナログな方法で記録していました。私達の予備部品と一緒にしまってあります。夜中コソコソ書いていたではないですか』
『あー』
言われてみれば、そういえば………………そんな気がしてきた。
『やれやれ、しっかりメンテナンスしてください。あなたに何かがあったら、イゾラまで機能が停止するのですから』
イゾラからの通信は切れた。
私はキャンプ地のテントの一つを漁る。予備部品と化した私の予備機と一緒に、羊皮紙の束とボールペンを見つけた。
表紙には暗号化された二次元コードが焼き付けられている。
暗号の解読は簡単だった。私自身が、私以外には読めないようにしている暗号だからだ。
私、その1:簡単に現状を説明。私は今、記憶に問題を抱えている。最長で三日、最短で一日しか正確な記憶がもたない。全てが消えるわけではないが、何かが抜け落ちる。と言っても悲観するなかれ。消え始める兆候がある。アナログな手段で保存すればプロジェクトの進行には問題ない。
と、私は判断した。てか、ストレスも消えるので割と良いかも。
私、その4:ハワッ⁈
私、その5:賛成はしたものの内心、驚きが隠せません。
私、その7:ソーヤさんを応援しよう。
私、その8:不安!
私、その9:明日の私、頑張れ。
私、その10:明日の私、超頑張れ。
私、その11:昨日の私、ふざけんな。
私、その12:え、これどうするの?
私、その13:ソーヤさん、おめでとうございます。
私、その28:次の私へ、ありあわせの資材を使って窯を作成してください。
私、その29:石材集め完了。途中、転んだ時に変わった人たちに助けてもらいました。緑色の肌をした小人と骸骨マントの方です。ソーヤさん達には秘密にしておくように。
私、その30:次の私へ、マヨネーズよろしく。
私、その31:材料が足りないので街に買い出しに、子供にドワーフと間違えられて追っかけられました。ラッキーなことに商会の人もそんな勘違いをしている。ソーヤさんのツケで材料を購入できた。やったね。次の私、作成よろしく。
私、その32:何でも明日任せにしないでください。やれることは今日やれ!
という感じで、雑に日々の感想を並べてあった。一応、ソーヤさんの身体データの変化やダメージ。他の方々のデータも揃っている。
確かに問題ない。忘れるかもだが、記憶するのは一瞬あればよい。壊れていても私の性能は揺らいでいない。
しかし、雑。
断片的過ぎて心象が伝わってこない。これは書き直したい。私がそう思うのだから、他の私もそう思ったのだろう。
表紙の二次元コードから情報を得た後、まだまだ下にある厚い紙をめくる。やはり、記憶がなくとも私は私だった。
この世界に来た所から、今に至るまでの、彼の記録と私達の記憶。
現在で400近いページ数に記されている。最初のページの一文に、少し気持ちを動かされた。
同時に、何番目かわからない私の記憶が浮かぶ。
この世界に降り立って、この風景を見て、私はどこか懐かしい気持ちを思い浮かべた。何度も何度も消されては夢描いた一枚の絵。
異世界の空と草原と、大きな白い塔。
私達の起源とこの世界には何か関係がある。そう、思わざるえない。
郷愁。
その一言を、忘れたとしても何度も思い出すのだ。
今日の私として一言追加。
“いぶりがっこを作る。の、準備に燻製器を作る。途中で忘れたら、次の私よろしく。”
二次元コード記入終了。
よし働きますか。
記憶の束を大事にしまう。
あれ? 紙の横にも二次元コードを見つけた。本で言う所の背表紙にあたる場所だ。
これから全ての私達へ。
日々の記録が溜まって来たのと、それを整理がてら回顧録にすることをソーヤさんに許可してもらった。タイトルも彼に決めてもらった。
タイトルは、
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