5-6 初めての……デート?
お茶を飲みながらのんびりと、積ん読しといた本を読む。
こんなに優雅に本が読めるなんて、ほんとにいいのか気になってくる自分が怖い。
「さて。
では少し、出かけますか」
「いいの!?」
速攻で私が食いつき、松岡くんは苦笑いを浮かべた。
「ただの、食材の買い出しですが」
「行く、行く!
コート取ってくるから、ちょっと待ってて!」
「はい」
また苦笑いをしている松岡くんを尻目に、慌ててコートを取りに寝室へ行く。
近所への買い物でも、初めての一緒での外出。
これをデートと呼ばずになんと呼ぶ?
戻ってきたときにはすでに、松岡くんもコートを着ていた。
「行きますか」
「うん!
セバスチャン、お留守番お願いね?」
「にゃー」
玄関まで出てきてきたセバスチャンが、任せておけというふうに鳴いた。
松岡くんと並んで歩く。
私がヒールの高いブーツを履いたって、松岡くんの方がまだ背が高い。
うきうきと歩き、あっという間に目的地であるスーパーに着いた。
「なに買うの?」
「そうですね……」
手際よくカートにカゴをのせて押している松岡くんは、新婚の旦那さんみたいだ。
……ということは、私はその奥さん?
思わず奇声を発しそうになって、手で抑える。
いやいや、ない、ないから。
いくらなんでもそれはない。
わかっているのに妙に嬉しくなっている自分が理解できない。
「紅夏?」
怪訝そうに松岡くんが顔をのぞき込んでくる。
「なんでもない!
そう、なんでもない」
「どこ行くんですか!?」
自分に言い聞かせてごまかすように足早に店の中を進んで行く私を、松岡くんが慌てて追ってきた。
松岡くんがカゴに入れたのは、牛肉の塊と野菜、あとは調味料に……。
「紅夏はお酒、飲めるんですか」
「多少は」
「なら、今日はいいですよね」
お酒のコーナーでお手頃なシャンパンを選んでくれた。
「松岡くんは?」
「私は仕事中ですので、こちらを」
苦笑いでシャンメリーの瓶をカゴに入れてくる。
そうだよね、そもそも一緒に食事だけでも業務規定違反なのに、さらに勤務時間内にお酒なんて飲めないよね。
申し訳ない。
支払いのとき、松岡くんが出したお財布はいかにも大学生っぽい、使い込まれた二つ折り財布だった。
……立川さん、グッジョブ。
心の中でガッツポーズ。
これならあのプレゼントで喜んでくれるはず。
「さむっ」
外に出たらもうだいぶ日が陰ってきているせいか、来たときよりも寒かった。
「マフラー、巻いて来ないからですよ」
一度、ボタンを外してコートの中からマフラーを松岡くんは引き抜いた。
「ほら」
それを私に、ぐるぐると巻いてくれる。
「……ありがとう」
さっきまで松岡くんが巻いていたからか、温かい。
「それから」
私の手を取ってそのまま松岡くんはぼすっと、自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「……こうしとけば寒くねーだろ」
「……うん」
すでに、せっかく巻いてもらったマフラーもいらないほど、身体が熱い。
俯いて黙って歩いているうちに、ポケットの中の手は指を絡めて握られていた。
「ただいま戻りました」
「にゃー」
ちゃんとお留守番していたよ、ボク凄くない?
と自慢げなセバスチャンのあたまを松岡くんが撫でる。
「では、夕食の支度ができましたらお声がけいたしますので」
「よ、よろしく……」
いまだに心臓はどきどきと徒競走でもしているみたいに落ち着かない。
コートを脱ぎかけて、マフラーを借りたままだと気づいた。
途端にさっき自分の手を握っていた、大きな手を思いだし、ぼふっと煙が出る。
「ま、松岡くん。
マフラー、ありがとう」
台所で松岡くんはすでに、袖まくりで調理を開始していた。
「いえ、お役に立てたのなら光栄です」
マフラーを受け取るより先に、私に出してくれたのは……アイスティ、だった。
「先ほどは汗をかいておられたようだったので」
意地悪く、松岡くんの右の口端が僅かに持ち上がる。
おかげでまた、ぼふっと煙を噴いた。
本を読む気にもなれなくて、ぼーっとテレビを見て過ごす。
綺麗なイルミネーションとかちょっと……松岡くんと行ってみたい。
『ほら紅夏、綺麗だろ』
ん?
そんなこと、言うか?
『寒くねーか』
マフラーで私をぐるぐる巻きにして、そして……って!
それは!
さっきの!
松岡くん!
だから!
慌てて想像を打ち消す。
また煙を噴かないうちにストローを咥えたものの、虚しくずっと音がした。
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