5-4 普通じゃない社会人に送るクリスマスプレゼント

【確かにちょうだいいたしました。

では、よいお年を】


「はぁーっ」


届いたメールを確認して安堵の息を吐く。

これで年末締め切りの原稿は全部送ったはずだ。



あれから、がんがんキーを叩き続けた。

うん、なんだかいつもよりやる気に満ちあふれているっていうか。


おかげで集中して書きすぎて食事を忘れ、また松岡くんに怒られた。

そういうのに幸せを感じている私は……どこかおかしいんだろうか。


とにかく、自分でも頑張ればこんなにできる子だったんだって驚く早さで仕事は片付いた。


「あとは明日、立川さんに会って今年の仕事は終わり!」


これでクリスマスは松岡くんとゆっくり過ごせるー!


……って!


「クリスマスプレゼント、用意してない……」


肝心なものを用意していなかったうかつさに、自分を呪ってしまう。

もう今日は夜になっているので、買いに行けるのは明日のみ。


「なにがいいんだろう……」


二十代前半の男性が欲しいものなんてわからない。

いやそもそも男性が喜ぶものなんて知らない。


【二十代 男性 クリスマスプレゼント】


検索窓に打ち込んで勢いよくEnterキーを叩く。

大学生、社会人別にランキング形式だったりでいろいろあるけれど、……困った。


松岡くんは大学生ではない。

社会人だ。


でも、普通のビジネスマンとは違うので、この社会人枠で載っている、ビジネスバッグやネクタイなんてものは必要ない。


「全くわかんない……」


手袋とかマフラーとかが無難かなとも思ったけど、松岡くんは手袋もマフラーも持っていたし。


「かといってあんまり高いのは……」


プレゼント的に見栄えがいいのは時計だけど、ちょっとよさそうなのだと値段が跳ね上がって重そうだ。

それに、〝同じ時を刻ませてほしい〟だの〝ずっと一緒に過ごしたい〟などの意味があるなんて書いてあって、さすがにそれは……。


「なにがいいんだろう……」


松岡くんには絶対に喜んでほしいから、失敗は許されない。

でも、私のあたまで考えたって答えは出ない。


「……そうだ」


明日は立川さんに会うのだ。

同じ男性なんだから意見を聞いてみればいい。

我ながらいい考えだ。



翌日はまた、ランチを兼ねて立川さんと会っていた。


「ずいぶんよくなってきたと思います。

もう一押し、ってとこですかね」


「ほんとですか!?」


立川さんの、眼鏡の奥の目が緩いアーチを描き、嬉しくなった。


「はい。

さらなる進化が楽しみです」


熱くなった顔でカップを口に運ぶ。

紅茶はいまいちなことが多いから、今日はコーヒーにした。


「そういえば明日はクリスマスイブですね。

例の執事彼氏と過ごされるんですか」


ブッとコーヒーを吹きそうになって慌てて堪える。


おかげで。


「ごほっ、ごほっごほっ」


――咽せた。


「大丈夫ですか!?」


「あ、いえ、すみません……」


少しだけ出た涙を指先で拭う。

いくら図星を指されたからって、これはない。


「あの、それで……立川さんにちょっと、相談したいことがあって」


「僕にですか?

光栄だな」


お願いですからそんな、目を細めて嬉しそうに笑わないでください!

眩しすぎて目が潰れちゃいそうですから!


「その、……若い男性が喜ぶプレゼントって、なんですか?」


「ああ、彼氏へのプレゼントですか」


だから、胸の前でパン!と両手を叩いてにこにこ笑ったりしないでください……。

可愛すぎて困るから!


「ええ、はい、そうなんですけど……」


さっきから立川さんは無邪気の塊みたいで、なぜか恥ずかしくて汗が出る。


「彼氏っていくつくらいですか?」


「二十三歳です」


「仕事は?」


「家政夫です」


立川さんはそのまま、考え込んでしまった。


やっぱり、難しいですか?


「そうですね、マフラーとか手袋あたりが無難じゃないですか」


「ですよねー。

でもすでに持っているみたいだから……」


そこは一度私も考えて却下した案だ。


「だったら……財布、とかどうですか」


「財布、ですか」


そういえば、お勧めプレゼントのどの記事にも財布は載っていた。


「そのくらいの年だと、大学出たばかりですよね。

引き続き、学生時代に使っていた財布を使っていて、いつまでも学生気分か、なんて笑われることがあるんですよ。

……ってこれは僕の話なんですけど」


はははっと笑ってごまかしているけれど、立川さんにもそんな若い頃があったなんて意外だった。


「だから財布なんて、喜ばれるんじゃないかな」


「財布、ですか。

ちょっと考えてみます」


松岡くんがどんな財布を使っているのか知らないけれど。

なんか、いい気がする。

それに財布だったらいつも使ってもらえるし。



「今日はありがとうございました」


「いえ、こちらこそありがとうございます。

……あ、忘れてました」


コートのポケットからごそごそと小さな包みを出し、立川さんはそれを私へ差し出した。


「クリスマスプレゼントです。

気に入っていただけるといいんですが」


「えっ、いいんですか?

すみません、私、なにも準備してなくて……」


立川さんは気を遣ってくれているのに、気の利かない自分が恥ずかしい。


「いえ、いいんですよ。

……プレゼント、喜んでもらえるといいですね。

では、よいお年を」


「はい、よいお年を」


カフェを出て立川さんと別れた。

そのまま、街をぶらぶらして財布を探す。


松岡くんに似合うのってどんなのだろう?


こんなにわくわくしてプレゼント探すなんて初めてだ。


何軒かバッグ店をはしごして、イメージぴったりの黒革の長財布を見つけた。

執事服にも、プライベートでも使えそうなシンプルな財布。

うきうきとそれを包装してもらう。


「ありがとうございましたー」


プレゼントが入った紙袋を手に家に帰る。

明日が楽しみで仕方ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る