3-4 執事な彼氏

仕事部屋を掃除してもらう間、茶の間でセバスチャンと遊ぶ。


「セバスチャン、ほらほらー」


「にゃっ!」


目の前でお気に入りのネズミのおもちゃを振った途端、目の色が変わる。


「にゃっ!

にゃっ!」


楽しそうにおもちゃを追いかけ回すセバスチャンについつい、顔が緩んでくる。


「あー、もー、セバスチャンは可愛いですねー」


もちろん、写真だって撮る。

セバスチャンを返しにきた彼女は真っ黒に写ってニャンスタ映えしないなんて言っていたが、それは彼女の腕が悪いのだ。

セバスチャンは写真だって、可愛い。


「もうセバスチャンはなんで、こんなに可愛いのかなー」


「失礼いたします」


「は、はぃっ!」


うっ、声が裏返った。

だって、セバスチャンににやけていたところへ急に、声をかけられたから。


――くすり。


小さく笑い声が耳に届き、一気に顔が熱を持つ。


「こちらに置いてある本も仕事部屋の書棚に収めてもよろしいでしょうか」


「そ、それでお願い……します」


まるで笑ってなどないかのような顔を松岡くんはしていたが……確実にさっき、笑っていた。


このドS執事め!


セバスチャンは飽きたのか、部屋を出ていってしまった。

まだ掃除は終わりそうにないので、携帯を掴む。


……えっと。


【ちょっと気分転換。

次回作に黒猫は出てくるのか!?

#ねこ#猫#cat#黒猫】


さっき撮った中で一番可愛いセバスチャンを選んで、ニャンスタに投稿した。

すぐにピコン、ピコンと携帯が立て続けに通知音を奏で出す。

実は、松岡くんの料理を上げたときより、セバスチャンの方がいいねが多かったりする。


「終わりました」


「ありがとう!」


少しして、松岡くんから声をかけられた。

仕事部屋を覗いたら、あのゴミや資料が散乱していた部屋と思えないほど、綺麗になっている。


「ついでに書棚も整理させていただきました」


適当に資料を突っ込んでいたせいで探すのが大変だった書棚は、系統別にきっちりわけて並べてあった。


「いかがでしょうか」


尋ねながらも文句なんてねえだろ? って気持ちがありありと見て取れる。


「ありがとう、凄くわかりやすくなった」


これで資料を探して無駄な時間を費やさなくてよさそうだ。

それだけで、もっと早くお願いしとけばよかったと後悔した。


「それでは私は他の仕事にかからせていただきます。

なにかありましたらお声がけを」


「うん、本当にありがとうね」


松岡くんが下がり、私も椅子に座る。

綺麗になった仕事場は気持ちがいい。

仕事もはかどりそうだ。


これで取材の準備は万端……のはずだけど。

なにか忘れている気がするのはなんでだろう?




取材当日は松岡くんがいる日になった。


……うん、普通の家政婦さんがいるならいいけど、執事コスの家政夫だなんてどんな噂をされるのかわからない。

だから取材の日を松岡くんが来る月曜金曜を避けようとしたんだけど、都合がつかなくて。


反対に松岡くんを別の日に……とか思ったけど、彼は人気らしくて振り替えがきかない。


いっそ、休んでもらう……? とも考えたけど、私ひとりだとまともなお茶が出せるかも怪しい。


そういうわけで渋々、松岡くんがいる金曜日になった。


「こんにちはー」


当日やってきた新山さんは、桃谷さんと違った意味で眩しい女性だった。

ショートカットで背が高くスレンダー、いかにもできる女!の雰囲気を醸し出している。


「今日はよろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします」


茶の間に通して松岡くんにお茶を淹れてもらう。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


新山さんも一緒に来たカメラマンの古島ふるしまさんも、物珍しそうに松岡くんをつま先からあたまのてっぺんまで見上げた。


「ほんとに、執事の彼氏がいるんですね……」


――ぎくっ。


感心するような新山さんの声で、肩が大きく跳ねた。


「どうしてそれをご存じなんですか」


完全に作り笑顔で、松岡くんは話をあわせてきた。


「大藤先生、執事な彼氏がときどき食事を作りに来てくれるんだって、ニャンスタで自慢してるんですよ」


「へー、知りませんでした」


眼鏡の奥からちらりと私を一瞥する。

私はさっきから、身体中変な汗をかきまくっていた。

それはもう、化粧が落ちてしまうんじゃないかと心配になるほどに。


「ほら、これですよ」


私のニャンスタアカウントが表示されているであろう携帯を、新山さんは松岡くんに渡した。


私が完全に忘れていたのはこれだったのだ。


特集を組むくらいだから、エゴサくらいするだろう。

筆名でニャンスタをやっているのだから、つきとめるのは簡単だ。


完全に抜かっていた。


「私にはこのようなこと、一言も仰ってくださらないのに。

たまには面と向かって言ってくれてもいいのですよ、紅夏」


綺麗に口角を上げて完璧な笑顔で松岡くんがにっこりと微笑む。


怖いから!

それ、怖いから!

あとで謝るから許してください!


まったくもって落ち着かないまま、仕事部屋に移動して取材がはじまる。


「へー、綺麗に片付けてらっしゃるんですね」


「ま、まぁ……」


受け答えがしどろもどろになる。

ついつい、視線が泳ぐ。


「それでは……」


松岡くんはずっと腕組みして戸口に寄りかかり、取材を見ていた。

おかげで、笑顔が引きつる。


「それではお写真、お願いします」


古島さんがカメラをかまえ、ぎこちない笑顔を貼り付けた。

写真を撮られながら生きた心地がしない。


「あ、彼とのツーショットもお願いできますか?

創作のヒントはここから? って載せたいので。

顔はもちろん、わからないように加工します」


ひぃーっ、心の中で悲鳴が上がる。

松岡くんは相変わらず完璧な笑顔で、私の後ろに立った。


「申し訳ございませんが、それには了承いたしかねます。

私は紅夏だけの執事ですので。

……ねえ、紅夏?」


松岡くんは笑っていたが、誰がそんなことするか!って顔に書いてあって、私はこくこくと壊れた人形みたいに思いっきり頷いた。


「残念ですね」


新山さんの合図で古島さんがカメラをかまえるのをやめ、ほっと息をついた。


「本日はお忙しい中、ありがとうございました。

本ができあがりましたらお送りいたします」


「こちらこそ、ありがとうございました」


新山さんと古島さんが帰っていき、ようやく肩の荷が下りた。


――いや、まだ解決しなければいけない問題があるが。

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