最後の難関

 さて、リオートが、「ウォルク様好き! 結婚して!」と言ってくれるのも時間の問題なので、俺は最後の難関に目を向ける事にした。

 昼になって、家事をするために来てくれた雇い人たちに、「近々俺の嫁になる人だ」とリオートの事を紹介し、俺が出かけている間の世話を頼んだ。

 外出の予定を聞いて、リオートが「護衛します」と言ってくれたが、俺にはある画策があったので、彼女には一日ゆっくり体を休めるよう言い聞かせる。


「少しだけ待っていてくれ。君の憂いを全て取り払ってくるから」


 俺のウインクを見て、不安そうな顔するリオートは、やっぱり可愛らしいと思った。


 ※


 俺が思うに、リオートの父親は、娘を「嫁がせられない」のではなく、「嫁がせたくなかった」のではないか?

 だってあの可愛さだぞ?

 亡くなった奥さんにそっくりなのだろう?

 絶対溺愛していたに違いない……言葉選び下手過ぎて、娘をあんなに追い詰めていたけど……

 ここはひとつ、未来の義理の息子である俺が、「お義父さん、しっかりしてください。俺の嫁が悲しんでいるんです」と伝えに行こうと思う。


 ――と、意気込んできたはいいのだが、何度も言う。俺は鋼の精神の持ち主ではない……

 やはり最初は、リオートと結婚する事を順序立てて説明し、ちゃんとお許しを得なければならないだろう……。

 今になって胃が痛い……。


 こんな事を言っては身も蓋もないが、俺は大金持ちである。そしてこの世の中、金で何とかなる事の方が多いのだ。

 例えば俺が、愛しい妻(予定)の寝顔を眺めている間に、一晩でリオートの父親について調べ上げる事など、俺には到底出来ないが、その道のプロなら造作も無い。


 金さえ惜しまなければ、翌朝、妻(予定)にウインクをする余裕さえ残して、既に手元には、リオートの父親の資料が揃っている訳である。


 有り余っている金は、こういう時こそ使うのだ。

 そうして金で買った情報を元に、俺はリオートの実家まで辿りついたのである。


 資料に目を通していたので、実家が困窮しているとは知っていたが、そこそこ広い家の庭は、随分前から手入れがされていないのか、予想以上に荒れていた。

 ほとんど勢いだけで来てしまったので、約束も何も無い。

 どうやって入ろう? 

 突然、「娘さんの婚約者です」なんて言っても、信じてもらえないよな……


 身分証明になるものは……と、俺がごそごそやっていると、荒れた庭の奥から、草を掻き分けて移動する音が聞こえてきた。

 玄関扉の前で立ち尽くしていた俺は、ぬっと顔を出した壮年の男性を見て、驚いて叫んでしまう。


「お、お義父様!?」


 あーーーー、俺の馬鹿!!

 他人事のように、「あちゃー」と頭を抱えたい気分だったが、あいにく当事者である。


 いやだって! 

 母親似だと聞いていたから、父親には全く似ていないのかと思っていたら、意外にもリオートの面影があったものだから! 

 思わず!


 不審者だと思われないためにはどうするかな、もう手遅れかな、とあたふたしていると、お義父様(仮)に、「……ウォルク殿?」と名前を呼ばれた。

 親子揃って、何故俺の事を知っているのだ。


「……俺をご存知なのですか」


 無断でお義父様呼びした事は無かった事のように、俺はいつもの声音で問いかける。


「まあ、ウォルク殿は有名人ですから……」


 だから、親子揃って、俺は一体どんな噂をされているのだ。


「我が家に何用ですかな」


 聞いていたのとは違って、何だか優しそうな男性である。というか、資料にある年齢よりも、もっと歳を重ねているように見えた。杖をついているから、そう思うのだろうか。

 俺は貴族じゃないから、無作法だと思われる所もあるかもしれないが、覚悟を決めて、リオートとの事を話し始めた。


「約束も無しにすみません。実は俺、リオートさんと、結婚……じゃなくて、婚約……いや、交際させていただいているのですが、今日はその事お話があって来ました」

「……リオート?」


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