クエスト7-9 鎧化・ホムラカズチ(前編)

 




 神殿を抜け、俺達は炎の道をひたすら歩く。



 道の両端には等間隔で灯籠が置かれており、歩く度に自動的に明かりが灯る。




「なっがいなぁー……」

「いつまで続くんだこれ」



 体感で1時間は歩いているが、到達にはまだかかる。


 が、それよりも気になるのは、この先の道が赤い霧に覆われていることだ。




「ねえシンヤ」


 リズが問いかけてくる。


「何だ?」

「この先道無くない?」

「霧に覆われているだけで、道はあるだろう」

「あそこ行くの? あの霧何かヤバいみたいな話してなかったっけ?」

「してたな。だが他に道は無いし、行くしかない」

「うへぇ」


 リズは苦い顔をした。

 気持ちは分かるが、こればかりはどうしようもない。




 ……………………





 ………………




「ここからだな……皆、口元を押さえて、なるべく霧を吸い込まないようにしよう」

「おう」

「分かった」



 俺達は身構え、ついに赤い霧の地帯に突入する。


「あれ?」


 霧の中に入った瞬間、緑色の光のバリアが俺達を包む。

 色はフィンの使うプロテクションと同じだが、あちらは球状なのに対しこちらはドーム状だ。


 霧の中故の視界の悪さはそのままだが、口元から手を離しても異常は無く、これまでと変わらず呼吸が出来る。高熱の霧と聞いた割に温度も湿度も同じだ。


「これは……お祓いの力か」

「フッ、成程……無ければ死ぬ訳だ」

「でも視界が悪いのは改善されないみたいだね」

「この霧自体が濃い魔力を持ってるためにバイタルサーチも機能しないのデス。皆様、気をつけてほしいのデス」


 ピスは妖精態へと変化し、皆の少し前を進む。


「長くはもたないかもしれないし、早く抜けた方が良さそうだな」



 歩行スピードを上げ、炎の道を進む。

 幸いにも灯籠の光は霧の中でも確認できるため、道に迷う心配は無い。





「…………」

「…………」



 俺達は無言で道を進む。



「…………」

「…………」




 誰も口を挟まず、とにかく歩く。



「……ねぇ、これまだ着かないの?」



 体感で1時間を超える頃、リズが口を開く。



「だよな。もうずっと歩いてねぇか?」

「……見ての通りだ」




 ……そうとしか言えない。




「終わりが近ければバイタルサーチの検知不能範囲の切れ目が見つかるはずデスが……まだデスね」

「栄光へのロードは、果てしなく長く……」

「おめーは何を言ってんだ包帯野郎」




 迷う心配は無いが、長い。

 景色が変わらない事による錯覚かもしれないが、それを加味しても長い。



「何でこんなに長いのー?」

「無許可での侵入防止じゃないか? 長い霧の地帯をお祓い無しで通過しなければならないわけだし」

「侵入して何すんだ?」

「さぁ」

「皆様! 検知不能範囲の切れ目が見つかったのデス! もう少しデス!」

「本当か!?」

「よっしゃ! いくぜ!」




 走るタンデを追いかける形で、俺達は霧の中を駆けた。



 ……………………




 ………………




 霧を抜け、辿り着いたのは、古びた祠。

 日本にある一般的な祠と比較すると一回りくらい大きいが、相当風化が進んでおり、岩肌に囲まれた周囲の風景と相まって何とも言えない哀愁を感じる。

 こう……盛者必衰みたいな……



「ここは一体……」

「そりゃ山ん中だろ」

「そうじゃねぇよ!」

「フッ、この手の古い代物には、決まって何か大きな力が眠るものだ……」

「ということは、ここに火の大精霊が……うわっ!?」




 リズの言葉を遮るようにして、周囲を再び赤い霧が包み込む。

 さっきの霧の中では皆の様子や4m先までは確認できたが、今度はそれすら叶わないほど濃い霧だ。




「ホホホホホ……」

「誰だ!?」




 突如響渡る謎の女性の声。

 剣を抜いて戦闘態勢で周囲を見渡すが、この霧では何も見えない。




「久しいな、人の子が再び妾の前に顔を出すとは……妾は火の大精霊、カグヤ」

「カグヤ……」



 声は聞こえるが、相変わらず姿が見えない。




「ほれ、妾が先に名乗ってやったのじゃ。早く名乗れい小童め」

「……これは失礼。俺はシンヤ、魔王討伐のため、火の大精霊の力を借りるため、ここまで来ました。一緒にいた皆は、俺の仲間です」

「ほう、妾の力を……フフ、良かろう。ではその力、お主の仲間とやら共々見定めるとしようかの」




 カグヤがそう言った直後、霧を防いでいたバリアが一瞬にして割れた。



「っ……!」



 すぐさま首元のマントを引き上げて口と鼻を覆うが、霧は熱を持っており、全身を襲う高熱は避けられない。




「さあ、そのまま魔物を倒してみよ!」




 その声の後、少し視界が広がり、霧の中から角の生えた、全身が赤いゴブリンのような魔物が飛び出してくる。




「はっ!」



 ゴブリンのような魔物を一撃のもとに斬り伏せると、再びさっきの魔物が襲い来る。



 だが、ゴブリンの脅威は集団戦だからこそだ。単体ではその貧弱さ故さしたる脅威ではない。



 何度も何度も四方八方から襲撃してくるが、処理スピードの方が沸いてくるスピードより速いので、問題は無い。





「はっ!」




 ある時は心臓を貫き、




「せやっ!」




 ある時は首を刎ね、





「そりゃぁ!」




 ある時は縦に両断する。







 次から次へと出てくるゴブリンもどきを、斬って斬って斬りまくる。




 徐々に蓄積していく霧の毒と熱に身体を焼かれながら。







 ……………………







 ………………





 倒した数が50体前後になった時、襲撃は止んだ。




「ハァ……ハァ……」




 魔物自体は脅威でなくとも、この霧は厄介だ。

 既に毒にやられているのか、全身が重い。


 それ抜きでも、この高熱で体力が削られる有様だ、そう長くはもたない。






 汗を拭き、剣を構え直したその時、ゴブリンとは別の魔物の影が現れる。






「今度は何だ……?」



 次に現れたのは、武士の鎧を纏った骸骨。

 和風な見た目のスケルトン、といったところか。



 ボロボロとはいえ、鎧を纏った相手なら剣よりもメイスでの攻撃が有効だろう。

 メイスに持ち替え、スケルトンに攻撃を加える。



「そらっ!」


 放った一撃はスケルトンを鎧ごと叩き割り、左腕を吹っ飛ばす。

 振り下ろされた刀を回避し、その勢いのままもう一撃。


 乾いた音と共にスケルトンの上半身は吹き飛び、沈黙した。





 攻撃は遅いが、一撃で倒せないのは厄介だ。

 さっきのように次から次へと出る場合、処理が遅れたら終わる。

 ただでさえ毒でジリ貧だというのに……!







 そんな俺の心境など知るはずもなく、スケルトンは再び姿を現す。



 今度は足を先に潰し、体勢が崩れたところを全力でメイスを振り下ろし、倒す。



 体力が削られていくのを感じながら、次々と現れるスケルトンをメイスで殴り、吹っ飛ばしていく。

 危なくなったら足を吹っ飛ばして動きを止め、確実に処理する。

 くっ、力が抜けて油断したらメイスがすっぽ抜けそうだ……!




「ハァ……ハァ……」




 一振りするごとに身体が軋むような錯覚を覚え始める。

 だが、手を止めれば間違いなく終わりだ。




「このぉ!」





 足を潰して、腕を潰し、頭を潰す。

 だが、頭を潰した個体は平然と襲ってくる。




「くそっ、頭を潰しても関係無しかよ!」






 とにかく、無我夢中で戦い続けた。







 スケルトンの襲撃が止んだ頃には、視界は歪み、身体は鉛のように重く、頭も痛む上に全身が熱いというまさに満身創痍の状態であった。

 30から先はもう何体倒したのか分からない。




 歪む視界が、霧の中から出る巨大な影を捉える。

 影に向かってメイスを構えるが、力が抜けてメイスを取り落としてしまう。



 拾おうと姿勢を低くしたところで、俺はついに限界を迎えた。





 ……………………





 ………………






 目を覚ますと、俺達は広い和室のような場所にいた。


 床が畳であることは分かるが、皆がいる場所とは逆側の部屋は白い霧がかかっており、何も見えない。

 見ていると、この部屋が先にずっと続いているような錯覚すら感じさせる。



「ホホホ、そなたらの力、しかと見させてもろうたぞ」



 その声と共に霧が晴れ、声の主の姿が判明する。




 銀色に輝く長い髪を持ち、その髪は毛先に向かうに従って燃えるような赤色になっている。

 黒ベースの和服を花魁のように着崩し、スイカほどもある豊満な胸を始めとした肉付きのいい肉体を見せびらかす。

 頭に生えた狐と、腰の裏側付近から生えた毛艶のいい9本の狐の尻尾を見れば、草原の民か人間の姿をした人外であろうという予測は簡単につく。

 美しいながらもどこか悪人面な顔つきは、まさに傾国の美女……いや、悪女?



「人の子にこの姿を見せるのも久しぶりじゃのう……火の大精霊カグヤとは、妾のことじゃ」



 床に片肘をついて姿勢を崩し、キセルを吹かす目の前の狐耳の女性は、そう名乗った。




「お……おっp痛っっってぇ!?」



 カグヤの胸に反応したタンデの足を、リズは膨れっ面をしながら杖でグリグリする。



「お前らなぁ……」

「ホホホ、騒がしいのは嫌いではない。さて……えー、何の話じゃったかのう」

「ったく、リズもタンデも話の腰を折るような真似するなよ……俺達は貴女の力を借りるためここに来ました。で、貴女は力を見定めるためにさっきのアレをやったのでしょう? 結果はどうなんです?」

「おお、そうじゃった。結果はお主と、さっき遊んでおったそこの2人は合格じゃ」



 カグヤはいつの間にか持ち替えていた扇子で俺とタンデとリズを順番に指し、扇子を広げて口元を隠す。




「お……俺は……?」


 困惑した表情で自らを指差すアイゼンに、カグヤは冷笑をぶつける。


「お主は論外じゃ。全てにおいて隙だらけ、魔力配分も滅茶苦茶、素質はあれどまるで活かせておらん」

「だ、だが……あの熱い霧の中で毒に耐えつつも、3体の敵を撃破したぞ!」



 アイゼンの言葉を聞き、カグヤは完全にバカにしたような顔をする。



「ほう、3体か。ほれ、黒髪のお主。お前は何体倒したのか言うてみい」


 俺に振るのかよ!


「80から先は数えてないです……」

「は……80!?」

「そういうことじゃ。お主が1匹倒して狼狽している間に、こやつらは10匹以上蹴散らしておる。場数も心構えもまるで足りん」

「…………」

「さて、これはお主に渡しておこう。妾の力を宿した指輪じゃ」




 カグヤの手から光が生まれ、それは赤色に輝く宝石のついた指輪へと変わる。





「その中には火の精霊剣が眠っておる。その力は……口で説明するよりも、身に纏った方が早いじゃろう。鎧化ガイカせねばただの刀にすぎぬが、その力は他の精霊剣とは一味違うぞよ」

「……ガイカ?」

「なんじゃ、鎧化も知らぬのか。よく聞け小童よ、精霊剣の本来の姿は『鎧と剣』じゃ。精霊剣の力は、鎧として身に纏い、その上で剣として振るってこそ力を発揮するのじゃ」



 鎧として、身に纏う……?





「まあ、それを着ければ分かる。鎧化できるのは、何も妾の精霊剣だけではないがな」




 指輪をはめてみると、風と土の精霊剣の時と同じく、指輪の力とその使い方が一瞬で頭の中を駆け巡り、記憶に叩き込まれる。



 この精霊剣、これまでのものとはかなり仕様が違う。



 起動方法は同じだが、この剣には既にホムラカズチという名前が付いている。

 その上、これまでの精霊剣のように剣のイメージだけではあまり意味が無い。

 鎧を纏うイメージをした上で剣のイメージを持たないと起動しないようだ。叫ぶ際は剣名の前に鎧化のフレーズがいる。鎧化・ホムラカズチ……といった感じか。他の精霊剣で鎧化を使う場合も同条件らしい。




 そしてこの剣の能力だが、高熱と毒を持つあの赤い霧を噴射できる。

 その上、鎧を纏えば巨大化し、身体能力も大幅に向上するようだ。魔法の行使は不可能だが、遠距離攻撃手段も存在する。





 ただ、問題は……




「どうやら、使い方を理解したようじゃな。妾の精霊剣の力があれば、どのような生物も簡単に死へと導ける。最も、それはお主の仲間も例外ではないがのう……」




 そう言って目を細めるカグヤの顔は、どういうわけか悪意が感じられた。





「さて、これで用も済んだじゃろう。折角じゃ、妾が里まで送ってやろう」

「いいんですか?」

「ほれ」

「……えっ?」


 カグヤは返事の代わりに扇子で地面をトンと叩く。

 すると、すぐさま俺達の周囲に光が溢れて何も見えなくなる。



 いやこういう時は何か受け答えするものじゃないんですかね!?

 妾にはこの程度朝飯前とか好意は素直に受け取るがよいとかさぁ!?




 ……………………





 ………………






 有無を言わさず、俺達はグレン村の神殿の入り口まで戻ってきた……いや戻された。




 指には火の大精霊の指輪がきっちり装備されている。さっきの出来事は幻覚でした、といったわけではないようだ。



「なんか……あっという間だったね……」

「まさか問答無用で飛ばされるとは……」

「ムムッ!? 村の外に大きな魔力反応があるのデス!」

「何っ!?」



 息つく暇も無しってか!

 まあいい、火の精霊剣を試すにはちょうどいい機会だ。



「俺が行く」

「待てよ。何抜け駆けしようとしてんだ、オレ達にも精霊剣とやらの力見せろよ」

「あの剣はさっきの赤い霧を撒き散らす代物だ、近くにいればモロに被るけどいいのか?」




 火の精霊剣の問題点。

 それは、赤い霧を周囲に問答無用でばら撒くこと、そして赤い霧の攻撃対象は自分以外の全てであること。


 こちらが1人ならデメリットは存在しないが、味方がいる場合は確実に巻き込んでしまう。矢や火炎弾ならまだしも、霧では回避のしようがない。




「ふむ、そういう事なら仕方あるまい。ここは……」

「へっ、行くに決まってんだろ」

「えっ」

「遠くからなら大丈夫でしょ?」

「マジですか……?」




 傍観を決め込むつもりだったアイゼンをよそに、タンデとリズは行く気満々のようだ。



「とにかく、危なくなったらすぐに離れろよ。初使用だ、どこまで制御できるかは分からない」

「おう」



 長い階段を駆け下り、村の外へ向かった。





 ……………………





 ………………






 村の外に出ると、刀を持った巨大な骸骨がゆっくりと村の方に迫っていた。

 骸骨はボロボロになった武士のような鎧を纏い、側から見ても分かる程に闇のオーラを放っている。

 刀は黒く輝いており、放つオーラは骸骨よりさらに強力だ。





「こいつの力を試すにはちょうどよさそうだな……鎧化・ホムラカズチ!」




 右手を天にかざし、ホムラカズチの名を叫ぶ。




 直後、赤い霧が俺の周囲を覆い、何も見えなくなる。

 次に来たのは、ロボットアニメの合体音のような金属音と、身体が浮いて手足が延長される感覚。

 フルフェイス型の兜で顔も覆われ、視界の端にガスボンベに付いてる圧力計のようなものが現れた。








 両手に現れた刀を握り、ズシャァと大きな音を立てて、大地を再び踏み締める。









「ウオオオオオオオオアアアアアアアアア!!!!」








 湧き上がる衝動から出た雄叫びは、山彦となって遠くまで響き渡った。





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