褒める人
T_K
第1話
「井上!井上!俺も褒めて!」
同僚の田中が俺のデスクに駆け寄ってきた。
「どうした?」
「今期の契約数、俺がトップになったんだよ!井上が褒めてくれたお陰でさ!
やっぱ井上が褒めてくれると全然数字が違うんだよなー。
今日終わってから時間あるか?俺、奢るからさ、また褒めてくれよ」
俺は、何も取り柄がない人間だった。
成績、普通。運動神経、普通。何もかもが平凡。
誰かに本気で褒められた事は今まで一度だってなかった。
周りが羨ましかった。皆、色んな事で褒められている。
俺も、人に何かで褒められたい。
何かないかと色々頑張ってはみたが、どれも大して結果はでなかった。
あっという間に大学生になり、
相変わらず誰にも褒められる事のないパッとしない日々。
あれは、確か成人式の日。
中学時代特に仲の良かった友人と久しぶりに再会した。
折角だから、そのまま飲みに行こうと誘われ、人生初の酒を交わした。
話を聞くと、友人は一流大学へと進み、将来は弁護士になるそうだ。
羨ましかったが、それよりも喜びの方が大きかった。
酔っぱらっていた事もあって、俺はその友人をこれでもかと褒めちぎった。
自分が思いつく限りの言葉で、友人の偉業を称え、
そればかりか、容姿や着ている服、家族関係に至るまで、その全てを褒め称えた。
自分でも不思議な程、スラスラと言葉が口から出てきた。
今思えば、俺自身、人を褒めた事はそれまで一度もなかったかもしれない。
俺が気付いた時、友人はボロボロと大粒の涙を流していた。
ハッとして、
「ごめん。俺、悪い事言っちゃったかも。マジでごめん」
と謝ると友人は、
「いや、俺、そこまで褒められた事なくてさ。
何か勝手に涙が出てきちゃったんだよ。有難う。俺、頑張るよ」
と返してきた。
人を褒める事がこんなにも喜んでもらえる事なのだと、その時初めて知った。
俺の才能は、その日、一気に開花した。
俺の才能。それは褒める事だ。人、動物、建物、本、ジャンルは問わない。
ありとあらゆる物を褒める事が俺には出来た。
俺は思った。こんなにも喜んでもらえるなら、もっと褒めてやる!
そして、誰よりも上手く褒める事が出来たら、
俺もいつか誰かに褒められるかもしれないと。
その為ならもっともっと上手く褒めてやる!
その日から、俺の生きる目標が定まった。
色んな本を読み漁り、目にするありとあらゆるものを褒めまくった。
その甲斐あって、就職活動でも、面接官や会社を褒める事であっさりと決まった。
俺は社会人になっても、褒める事をやめなかった。
先輩だろうが取引相手だろうが、誰だろうと、褒めまくった。
いつしか、社内で妙な噂が立ち始めた。
俺に褒められた人には幸福が訪れるらしい。
営業成績が良くなっただの、恋人が出来ただの、競馬が当たっただの、
根も葉もない噂ばかりだったが、周りが幸せそうなのは、俺も嬉しかった。
同僚の田中もその噂を信じる一人だ。
一度、飲みに行った時に褒めて以来、
事ある毎に俺のお陰だと周りに言い触らしている。
確かに、俺が褒めた人には、何かしら良い事があった事は事実だが、
俺はそんな事も一切気にしていなかった。
でも、ある時気付いた。俺はいつ本当に褒められるのだろうかと。
皆、俺に対して、ありがとう、とお礼は言ってくれる。
しかし、褒めてはくれないわけだ。
褒め上手とか凄いねとかは言われるが、それって誉めてないよね?
それ、感想だよね?
いつの間にか、俺の中での褒め基準が異常な程高くなっていた。
田中と二人、新橋を南へと歩く。
田中は雑誌に取り上げられて人気の小料理屋を、わざわざ予約してくれていた。
席に着き、とりあえずビールを頼む。料理は勝手に出てくるらしい。
流石、契約数トップの田中。選ぶ店のセンスが違う。
俺は開口一番に田中を褒めた。
田中は大喜びで、俺に謎の握手を求めてきたりもした。
「かんぱい!いやー、マジで井上の褒め方すげぇわ」
「あー。ありがとう」
それは褒めてる内に入らないだろ。やっぱり感想だよな。
「な、営業先でチラシもらったんだけどさ。井上、これに出てみないか?」
「あ、何これ?全国褒め大会?なんだこれ?」
「なんか、良く分からないけど、
日本で一番褒め上手な人を決める大会なんだってさ。
井上がこれに出れば、絶対優勝出来るって。お前の褒め方半端ないもん」
田中にそう言われ、チラシをマジマジと眺める。
ルールは対戦方式。相手を上手く褒めれば勝ち。なんてアバウトなルールだ。
しかし・・・。もし、優勝出来たら、誰かにマジで褒められるかもしれない。
それに、負けたとしても、相手に褒められるなら、凄く嬉しい。
今の俺の褒めの渇きを癒してくれるのはこの大会しかない。
「わかった。俺、出てみるわ」
「じゃぁ、景気づけに今日は飲もうぜ!すいません。日本酒1合!」
その日は田中と翌日に響かない程度に酒を楽しんだ。
俺の生きる目標は、今や全国褒め大会の優勝へと切り替わった。
大会へのエントリーをして以降、俺はアスリートが本番に備えるかの様に、
より一層周りを褒めた。
大会で全力を出せる様に、一度全力で褒め、
段々と褒めるのを緩やかにしていく為だ。
気分はすっかりアスリートだった。
何かを褒めては、自分でしっかりと振り返って反省する。
きっと大会には、恐ろしい程の褒め上手がエントリーしているに違いない。
俺が唯一勝てるかもしれない大会で、負けは決して許されない。
俺の褒めレベルは最高潮へと達しようとしていた。
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