第23話 やっぱりね

 


    ☆




結局、コッコは優勝できなかった。表現力は断トツの一位だったが、他の項目がダメだった。しかし、この日のコッコの料理が、優勝したフランス料理人・シエルの印象を薄めてしまったのは間違いない。新聞にはシエルの写真よりも斜めのコッコの写真の方がデカデカと載せられていた。






    ☆



~料理人グランプリの前日~




 


「裕子さんの様態が悪化したのです。正直なところ、もう何日もつかわかりません。」


グランプリの前日、真司がかけた電話の向こう側で、看護婦は深刻な声で言った。




「わかりました。でも、裕子と約束したことがあるので、明後日まではそちらに行けません。」




彼は電話を切ると、裕子がかつて放った言葉をもう一度思い出した。それは実際に聞いたときよりも鮮明に、彼の頭の中で響いた。




「料理人コッコ、斜めになって復活!料理人グランプリ優勝!わたしそんな記事を読みたいわ。」




     ☆




真司は準優勝という結果に失望した。もちろん、裕子の復活の象徴となる料理を作ったところで、事態は何も変わらないことくらい、彼にはわかっていた。それでも、彼はどうしても「優勝」という記事を裕子にプレゼントしたかった。かつて君が作ってくれたような焦げた天ぷらで優勝したと、眠っている裕子にそっと語りかけたかった。しかしそれはかなわなかった。料理人グランプリは10年に一度しかない。次の大会が開催されるとき、裕子はもう……。






真司は死ぬつもりだった。唯一の生きる意味を失ってしまったような気がしたからだ。


そして死に方として、彼は「火傷」を選んだ。なにか裕子とつながれる気がしたからだ。






彼は森の中で、最後に天ぷらを作りながら死のうと思っていた。しかし、ある川沿いの細い道で、青年とすれ違った。その青年はすれ違うとき真司をじっと見、そしてすれ違うと真司のあとについてきた。彼は特に怖いとも迷惑だとも思わなかった。どうせ死ぬのだから、というわけではなく、その青年がどことなく裕子に似ていたからだ。彼は神様が、最後の最後に2人を一緒にさせてくれたのかもしれないと思ったりした。




ところがいざ山奥に来てみると、真司にとってはちょっと厄介なことになった。療養所に着く前に、紗千さんたちがいたのだ。さらにこの青年もどこまでもついてくる。




     ☆




「裕子さん!!」


今、療養中だと聞いていた裕子さんが、こんな森の中にいるとは。


「えっ。まさか真司さんの恋人って」




真司さんは答えなかった。でも、そのとき僕は祖父母の言葉を思い出した。






「悪い人ではないけれど、できれば裕子には料理と無縁な人とお付き合いしてほしい。」


火傷のことを思い出させたくないから、と確かそんなことを言っていたような気がする。




僕の中で何かがつながった。そして僕は理解した。真司さんとすれ違ったとき、裕子さんを思い出した理由を。僕が今日、ここまで彼についてきた理由を。真司さんが僕の尾行を許した理由を。




そう、偶然ではなかったのだ。




「あら、まさかとは思ったけど、やっぱり彼女が『療養中の叔母さん』なのね。」


紗千さんがいたずらっぽく言った。



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