04 荷台に乗っているのは

「そういう決まりなの?」

「……何が?」

「だから。配った数によってバイト料が決まるとか」

「バイトじゃないよ。正社員」

「はあ」

「別に、幾つ配ろうと給料は変わらないよ。でも、僕が希望を聞いたからには僕が配送したいじゃない?」

「はあ」

「ああ、ごめん。勝手なこと言ってるね。いいよ、洗濯機でも大型テレビでもエアコンでも」

「そんなの」

「電気代がかかるか」

「……電気代のことを言うなら、新しいテレビの方が消費電力は少ないって聞いたことある」

「じゃ、テレビにする?」

「ううん、要らない」

 珠希は首を振ってから、次にはひょいと首を伸ばした。

「何?」

「あなたの自転車、荷台つき?」

「もちろん。小さめの家電くらいなら運べるよ」

「家電、じゃなくて」

「お。違うんだ。自転車に載りそうなんだね。何、なに?」

 期待するように男の目が輝いた。

「……ううん。いい」

「何だよ、言ってよ」

「だって、無理だもん。それに、プレゼントは夜、子供が眠ってるときに配るんでしょ」

「うん、まあ、一応、そういう決まりだけど」

「それじゃ、意味ないから」

 呟くように言ってから、珠希ははたとなった。

 ――何を真面目に、対応しているんだろう?

「……呼ばない」

「え?」

「警察、呼ばないから。携帯返して」

「あ、うん」

 いきなり戻った話題に、男は少し戸惑って、それからピンク色の端末を彼女に差し出した。

「それで――」

「さよならっ」

 今度こそ、帰ろう。珠希は再び、コンクリ打ちの階段を駆け上がった。

「あっ、珠希ちゃんっ」

 追ってくるだろうか。

 先ほどより恐怖はなかったが、それでも、追ってこないといいと思った。

 洗濯機なんて、本当はどうでもいい。

 でも、本当の第一希望の話はしたくなかった。

 急いで鍵を開けて、部屋に入り込むと、素早く施錠した。

 下っ端サンタは、追ってこなかった。


 きらきらとクリスマスイルミネーションが輝いている。

 テレビのなかで、だ。

 いつもと同じ一日だと思おうとしたけれど、いつものようにテレビをつけると、番組はどこもかしこもクリスマスの話。

 別にどうでもいい、と考えた。

 クリスマスであっても、同じ一日だ。そう思うことにした。

 お小遣いを奮発してケーキでも買ってくればよかったかな、とも思った。去年はそうしたのだ。立派なケーキ屋さんのケーキは高いから、スーパーの、安くて甘ったるいやつ。

 でも甘ったるいもののためにお小遣いを使って後悔したことを思い出す。やらなくてよかった、と思った。

 それじゃせめて、夕飯をクリスマスふうにするとか、してもよかっただろうか。鯖のみそ煮じゃなくて、鶏の照り焼きとか。

 照り焼きだってあまりクリスマスふうではないが、少なくともチキンだ。どうでもいいけれど――雰囲気くらい。

 奮発するなら、ケンタッキーでも寄ればよかっただろうか。

 クリスマスバーレルなんかは買えないし、ママとふたりじゃ多すぎるけど、オリジナルチキンを二本ずつくらい、買っても。

 いまから買いに行こうかな、とちょっと思った。

 ママはあんまり揚げ物は好きじゃないけど、ケンタッキーはたまに買ってくる。クリスマスらしいから、用意しておくと喜ぶかもしれない。

 珠希は立ち上がりかけたが、やっぱりダメだと思い直した。どうせいまからでは売り切れているに違いない。

 仮に並んで買うことができたとしても、フライドチキンは、ガスで温め直すのはちょっと難しい。サンタに電子レンジを頼めばよかっただろうか。使わないなら、普段はコンセントを抜いておけばいいだけのことだ。

 そんなことを考えて、馬鹿みたいだとため息をついた。

 昼間の男が何者だったのかは判らないが、それでも、サンタクロースでないことだけは間違いない。

 当たり前だ。

 キイッ、と車のブレーキ音がした。

 珠希ははっとなって立ち上がると、窓に駆け寄る。カーテンを開け、二階からのぞき込んで――馬鹿みたいだとまた思った。

 何を考えているのだか。

 洗濯機が配送されてくるはずも、ないではないか。

 車は住民の誰かの、普通の乗用車だった。いや、住民の誰かの、ではないようだ。住民の誰かを送り届けてきた、恋人の車らしい。決められている駐車場にではなく、そのまま路上駐車をして、ついでに濃厚な路上キスもして、珠希をドキリとさせた。

 映画やドラマのシーンでも、ちょっとドキドキする。ライブであれば、なおさらだ。

 何気ないふりをして――別に、誰も彼女を見ていないが――珠希は視線を逸らした。

 そして、瞬きをする。

「……え?」

 逸らした視線の先に飛び込んできたは、疾走する一台の自転車だった。

 また、ドキリとする。

 そしてまた、やっぱり、馬鹿らしいと思った。自転車くらい、どこにでもある。だいたい、もしもまたあのサンタがやってきたのなら、今度は110番をした方がいい。怪しすぎる。

 そう思った。

 なのに、珠希は電話のあるところに走り寄ることも、携帯電話を取り出すこともしなかった。

「……サンタの格好、してる」

 街灯が照らす自転車の乗り手は、町中に氾濫している、例の赤い服を着ていた。

 自転車に乗ってやってくるサンタ。それはやはり、昼間の男を思い出させた。近づいてくれば、間違いない。あの男だ。

 110番。警察を呼んだ方がいい。

 そう思ったけれど、それに気づくと、珠希はその考えを打ち消した。

 自転車の荷台に乗っているのは、洗濯機ではない。もちろん、洗濯機を載せるのは無理がある。かと言って、電子レンジでもない。

 キイッ――と、車よりも軽いブレーキ音を立てて、自転車は有馬ハイツの前に止まった。珠希の目はそれに釘付けとなる。

 110番。

 いいや、必要ない。

 さっきの恋人たちは、もうどこかの部屋に入ってしまっている。キスシーンが演じられていた石段の上を越え、サンタとそのプレゼントは、202号室へと向かってくる。

 しまった、と思った。

 やっぱりオリジナルチキンを買っておけばよかった!

「珠希ー、ただいまー」

「ママ!」

 かちゃりと扉が開かれるや否や、珠希は晶乃ママに抱きついた。

「どうしたの!? 早く帰るなんて絶対無理だって、言ってたのに!」

「いや、このサンタがね」

 晶乃はブーツを脱ぎながら、背後をくいっと親指で指した。

「休みを取った甲斐性なしの若い連中分、働いてくれたもんだから」

「仕事ですから」

「判ってるよ、バイト代は出すって」

「違うよ、珠希ちゃんにプレゼントを贈るのが僕の仕事なの。だから、姉さんから報酬は要りません」

「……姉さん!?」

 思いも寄らない呼びかけに、珠希は大声を上げていた。晶乃は肩をすくめる。

「珠希は初めてだったね。こうは言うけど、さすがに弟じゃないよ。これはいっつも海外を放浪してて、うちの兄貴夫婦から勘当されてる不肖の甥。はい、挨拶」

「桜井健祐。改めてはじめまして、珠希ちゃん」

 サンタはそう言うと、晶乃の背後からにゅっと手を差し出した。

「……はあ」

 珠希は呆然としながら、その手を取った。と、晶乃がブーツを脱ぎ終えたので、その握手は一瞬で終わる。

「いい匂い! みそ煮だ!」

 晶乃の顔がぱっと輝いた。

「当たり。……クリスマスっぽくなかったね、ごめん」

「何言ってんの。大好物だもん、いちばんのプレゼントよ」

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