吾輩不在、3日目のこと

「ねぇドナっちゃぁん」

「なぁに、ビョルク」


 魔王様が『レベルMAX且つ向こうの世界の文明の利器持参で転生した者』の捕獲に出掛けてから、王妃様は日を追うごとに萎れて参りました。


 どうやら人間というのは草花と同じで、ほぼ毎日水やら肥料やらを与えなければ萎れてしまうようです。

 いえ、食事は充分に与えておりましたよ? 魔王様の言いつけ通り、例のサンドイッチですよね? ただ、3食それだと、いくら妖精が完全栄養食でもさすがにどうかと思いますし、飽きちゃうでしょうし、カロリーもあれアホみたいに高いですから、それは朝のみにしましたけど。


 そういうことではなく、まぁ、精神的な栄養ってことですね。

 ――は? わからない? 


 ……なぁんでわかんないのかしら、この堅物。あーあぁ、王妃様、かーわいそー。

 いえ、こちらのことでございます。


 まぁとにもかくにも、王妃様は何だかあからさまに元気がなくなって参りまして、わたくしがいくら軽快なトークをしても、次の忘年会のためにと暖めておいた珠玉の一発芸を披露しても、まぁ反応の薄いこと薄いこと。


 ――は? 見せませんよ、絶対に。

 

 コホン、それで、ですね。

 王妃様は何やら思い詰めたような顔でわたくしに尋ねるわけですよ。


「ドナっちゃん、どうやったら人間が100人くらい子ども産めるようになると思う?」って。


 馬鹿なのかな、と。


 この、何年人間やってるのかしら。

 あぁでも人間って案外自分の限界がわからない生き物らしいですからね、それかな?


 ていうか、どうなさいました、魔王様?

 何だか顔色がすぐれませんけど。


「ビョルク、よく聞いてね。わたくしの知ってる限りだと、100人の子どもを産んだ人間は存在しないわ」

「やっぱり? そーだよねぇ~。ていうかさ、ドナっちゃんちゃんとわかってるんだね」


 ドナっちゃん


 さぁて、一体全体どなたは、のでしょうかねぇ。

 

 一体どうなさったのです魔王様、急に咳込んだりして。お風邪でも?


「それでも例えばさぁ、あたしがレベル99になるとかすれば、どうかな」

「人間って、レベルが上がると臓器関係も強化されていくものなの?」

「うーん、そう言われるとなぁ。しないかも。前ちょっとだけ一緒に旅した治癒師のおっちゃん、そこそこのレベルだったけど、肝臓悪くしてたし。酒だって、酒。やっぱ飲みすぎは駄目だよねぇ」

「でしょう? 何にしても、良いとこ20人くらいじゃないかしら。ましてやビョルクは小柄だもの」

「うぅ……。困った」


 王妃様は頭を抱えてうーうーと唸っておいででした。その姿のまた愛らしいこと。産まれたばかりの小鬼のようでした。


「でも、どうしてまた100人も? そんなに子どもが好きなの?」

「ぅえ? 違うよ? いや、子どもは好きだけどさぁ。つっても、そこまで『めっちゃくちゃ好き!』ってほどでもないかな? 人並み人並み。自分の子どもなら違うかもだけど。じゃなくて! 何ていうかさ――……ごにょごにょ」

「――ん? 聞こえない。もうちょっと大きな声で」


 ***


「……で、結局、妃は何て言ったのだ?」

「うふふ、知りたいですか?」

「そ、そりゃもちろん。吾輩は夫だからな。その権利がある、というか、だな」

「仕方ないですねぇ……」


 ***


「だってさぁ、やっぱ魔王って子どもたくさんいなきゃなんでしょ? あんまし考えたくないけどさ、もし万が一、アレックスが勇者にやられちゃったらさぁ」

「まぁ、当分はその心配もなさそうだけど。でもお世継ぎ様は確かにたくさんいた方が」

「でしょでしょ。んでさ、アレックスはさ、まぁ100人は諦めてくれたわけだけど、35人で手を打つとか言ったわけよ」

「何と愚かな」

「んもー! 全然人間あたしのことわかってないよぉ! でもさ、そしたらさ、もう何人か奥さん見つけて来るかもじゃんか」

「確かに歴代の魔王様って、少なくとも5人くらいは奥方様がいたような……」

「やっぱり!」

「あらら、もしかしてビョルク……」

「うぅ……」


 ***


「何がもしかしてなんだ?」

「え? わからないんですか、魔王様?」

「さっぱり」


 吾輩がそう言うとエキドナはわざとらしいまでに大きなため息をつき、やれやれとでもいわんばかりに首を振って見せた。そして、何か重大なことに気付いたかのように口をぽかりと開け、「あ」と言って、両手をパァンと打ち鳴らした。


「そうでしたそうでした。よくよく考えてみれば魔王様って、そういう経験0でした」

「何だ、とは」

「恋愛経験、というか、もう思い切ってはっきり申し上げますと、童貞野郎ですもんね」

「はっきり申し上げすぎだろ!」

「いやいや、仕方ないじゃないですか。事実なんですから」

「おのれエキドナ」


 

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