吾輩、なぜかやり直すことに…

 さて戦う前に、とりあえず、先生は生き返らせておくべきだろうか。


 あーでもどうしようかな。吾輩のガチな戦いとか見たら引くかな? 元勇者ったって先生まともな戦闘経験なんかないしなぁ。

 でも後々「えー? 見たかったんですけど~」とか言われても困るしな。

 

 一回生き返らせて確認する? 

 別に見なくても良いって言ったら、もっかい殺す――はまずいから、絶対後ですっげぇ怒られちゃうから、まぁそうね、うん、眠らせるくらいにとどめて。

 うん、そうしよう。確認大事。何事も。


「――おい、先生よ」

「……ふわぁ、何?」

「――え? ちょ? 何生き返らせてんの? 何でもアリかよ、魔王!」

「うるさい、いま大事なこと確認するんだから黙ってろ」

「なぁ~によぉ。何かすっごい気持ちよく寝てたのに……」

「ほう、死ぬってそんな感じなのか。吾輩死んだことないからなぁ」

「いや、あたしもないっていうか……、何? もしかしてあたし死んでた?」

「そうだ」

「ちょっとぉ~。魔王君何してんの? 何であたしをみすみす殺されてんの? 困るなぁ、もっと神経研ぎ澄ましといてくんないと」

「いや、重ね重ね申し訳ない」

「もー重ねないでよね。良い? 魔王君が死ぬのも駄目だけど、あたしが死ぬのも駄目だから。全身全霊で守ってくんないと」

「うむ。気を付ける。いや、そうではなくて、ひとつ確認したいことがあってな」

「何?」


 視界の隅には、多少苛つきながらも吾輩の話が終わるのを待ってくれているディートハルトの姿がある。意外と聞き分けが良い。まぁもう少し待っててくれ。


「いまからアイツと戦うわけだが――先生はどうする? 見るか?」

「あたしに火の粉が降りかかんないならね」

「成る程。では、火炎系の攻撃は止めよう。残念だが火あぶりはキャンセルだな」

「いや、そういう意味じゃないよね。ちゃんと守ってくれるんなら見たいってこと」

「ほう。了解した。では、先生には最上級の防御魔法をかけておこう。物理攻撃によるダメージを99.9%減らし、攻撃魔法もすべて跳ね返す上、耐熱耐寒耐電撃はもちろん、完全防水&防風、さらにはあらゆる状態異常付与攻撃をも無効化するという、さすがの吾輩もこれはさすがにズルすぎると思って自分には絶対使わないヤツだ」

「何それすっごい。すっごいゴテゴテ感」


 かなりの禁じ手なのだが、吾輩達の戦いを最前列で見物するとなればそれくらいのガードはせねばなるまい。火の粉どころか最悪ここの天井が丸ごと落ちてくるくらいの事態にはなるだろうし。


「さて、待たせたな」

「おっせぇし。やる気超なくしたし。その女も生き返らせちゃうし」

「良いではないか」

「あーあー、何かもうマジうぜぇから、とっとと倒しちゃおうかな」

「やってみろ、若造が」

「へっ。そんなでかい口叩けんのもいまだけだからな! とぉぉぉおおりゃぁぁぁあああああ!!!!!」


 そう叫ぶや否や、ディートハルトは剣を構えたまま吾輩に向かって走り出した。ほほぅ、確かに構えも何もあったものではない。脇とか隙だらけだコイツ。

 でもレベルMAXだからなぁ。

 

 たぶんすっごい強いんだろうなぁ。ワクワクするなぁ。どぉれ。


 ――さく。


「おう」


 吾輩の左肩に、ディートハルトの剣が刺さった。なかなか切れ味の良い剣である。それは認めよう。


「ほわぁぁぁああああ……!!」 


 剣を引き抜くと、肩からかなりの勢いで血が噴き出した。噴水みたいだなぁ、久し振りに自分の血見たなぁ、などとのんきに考えてみる。


「すごいすごい! 出てる出てる! めっちゃ血ィほとばしってる! 噴水みたい!」

「うむ。これはなかなか」


 ギャラリー(1名)は大盛り上がりのご様子。

 そうだ、今度寝室にこういう感じの噴水も作ろうか。先生喜ぶかな。


「おい! ふざけんなよ! こっち見ろって!」


 ディートハルトはご立腹のようである。

 ちぇー、良いではないか、少しくらい。


「真面目にやれ!」

「良いのか?」

「何が!?」

「いや、お前ほんと馬鹿だなぁって」

「はぁ?」

「吾輩が真面目にやったらお前結構すぐ死ぬと思うけど」

「はぁ? やってみろって」

「仕方ないなぁ。――ほぉれ」


 とりあえず左肩の血を両手で受け止め、それをディートハルトに向けて放った。飛沫の一つ一つが赤と緑の斑模様を持つ毒蜘蛛へと姿を変える。 


「――ぅわぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

「すっごいすごーいっ! 手品みたーいっ! パチパチパチー!!」


 オーディエンス(1名)のボルテージは最高潮である。

 大量の毒蜘蛛を浴びせられたディートハルトの方はたまったもんじゃないだろうが。


 いや、何かもうわかっちゃったんだよね。最初の一撃で。あぁこれ違うなって。こいつ、言うほどじゃないなって。なーにがレベルMAXだって。

 案の定、ディートハルトは全身にまとわりついている毒蜘蛛を引き剥がそうと必死だが既に数ヶ所やられている。もう長くはないだろう。ちなみにその蜘蛛、1匹でも紅竜5匹分くらいの力あるからな。舐めんな、吾輩の血。


「先生よ、残念だがもう終わってしまうらしい」

「えぇー? マジかよ。もーちょい見たかったなぁ、あたし」

「うむ。吾輩ももう少し楽しめるかと思ったのだが」

「ちぇー、もっと手に汗握る感じのが良かったなぁ。魔法とかバンバン使ってさぁ、魔王君はこう、アイツの剣を素手で……受け止める!」

「素手で」

「そう。そんでかなりのピンチになるわけ。『クッ……! 吾輩をここまで追い詰めるとは……人間め……ッ!』とか言うのよ」

「ほうほう」


 ちらりとディートハルトを見ると、彼はもう息も絶え絶えである。これはこのまま放っておけば勝手に死ぬだろう。


「ね、もっかいやろうよ」

「何?」

「猫にゃんに治してもらってさ、仕切り直し。ね?」

「ふむ。まぁ、先生がそこまで言うなら……そいや」

「わぁい、猫にゃん! ってあぁ、アイツのとこ行っちゃった……」

「そりゃ瀕死だからな」

「ずるい! あたしの時よりめっちゃ長い!」

「そりゃ瀕死だからな」


 先生は尚も「ずるい!」を連呼し地団駄を踏んでいる。後で吾輩をもふれば良かろうに。なぜ黒豹アイツにこうも執着するのだ。


「――ちょ? え? 何? 何で回復させたの?」


 ディートハルトは何が何やら全くわからないといった面持ちでへたりこんでいる。


「いや、物言いが入ってな」

「物言いだと?」

「うむ。やり直すことになったのだ」

「何でだよ」

「何でも何も。ギャラリー(1名)が納得出来んらしい」

「そぉーだそぉーだー!!!」

「ギャラリーってアイツかよ!」

「それにお前の方でも悪い話ではあるまい? 吾輩は(ぶっちゃけかすり傷だが)手負いだし、(魔力は無尽蔵だが)魔法も使ったし。いまなら(奇跡でも起これば)勝てるのではないか?」


 小声でそう囁いてみると、ディートハルトは口元を歪ませて「ま、まぁそこまで言うなら?」とかほざいてやがる。阿呆め。


 かくして、先生改め監督プロデュースによる『レベルMAX転生者VS魔王』の戦いの幕(Take2)が切って落とされたわけである。


「ハイ、まず口クサ! 魔王君の肩に切りかかって! そう、さっき切ったトコ狙うの良いよ~、さすが卑劣だよ~」

「口クサ止めろ! 俺はディートハルトだ!」

「先生、いや、監督。吾輩はこの後何を?」

「魔王君はその剣素手で受け止めてみようか! そんでそのまま折って! うーん、膝? なぁーんか弱いなぁ……。――あ、そうだ! 歯! 歯で咥えて折ろう! 出来るよね?」

「造作もない。ちなみにその剣は折った後食べれば良いのか?」

「ヒュ~ゥ! 猟奇的ィ! よっしゃ、その案もーらい! 食べよう! 食べちゃおう!」



 ハイそこで、魔王君第2形態! へぇー、羽が生えた蛇なのかぁ、初めて見たぁ! なかなか良いじゃん! 後でちょろっと鱗剥がさせて!

 ハイ口クサ、一回膝ついて……、ちょっと血も吐いとこうか。そんで、何かそれっぽい台詞! はぁ? ちゃんと考えとけや! アドリブきかせろ!

 ぃよぉ~っし! 魔王君、最終形態行くよぉ~! はい、いつもの見慣れたヤーツ、来たぁ~! やっぱこれがいっちばんしっくりくるねぇ。うわははは、たぁのしぃ~い!


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 ざっとTake32くらいはこなし、さすがの吾輩も少々疲れてきた。

 しかし、ディートハルトの方はリテイクの度に吾輩が全回復してやっているので艶々である。吾輩の手ほどきにより剣の扱いも板について来たし、これはもしかしたらもしかするのでは。


 ――と、ヤツは思ったらしい。

 いままでとは明らかに違う真剣な眼差しで吾輩を見つめ――「ごふ、ごふふふふふ……」と聞いたこともない笑い声を上げた。


 そして監督――いや、先生は、というと――、


「……むにゃむにゃ」


 結構前に飽きてしまったらしく、眠っている。


「ふむ。ディートハルトよ、(先生の就寝時間的に)次がのようだ」

「わかってらぁ、魔王。覚悟しろ!」


 この戦いこそ、リテイクの嵐の集大成!

 必ずや先生のご納得いただける戦いを……って、寝てんじゃん!


 おい、起きろ! 先生!


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