愛とは何だ、勇者よ!

 いや、マジでね、殺しとけば良かったなとは思う。思うけれどもその一方では、一度手をつけてしまったことは最後までやり遂げたいという気持ちもある。それはもちろん『勇者の装備をすべて外す』というやつだ。尻のパズルはその過程の一つに過ぎない。


 それに、正直なところ、吾輩はこの勇者と話すのが案外嫌ではないようだ。そもそもいままでに人間とこうやって会話をしたことなどないのである。まぁ新鮮なこと新鮮なこと。


 だって歴代の勇者達はさ、ちょろちょろっと似たり寄ったりの台詞を吐いたら、もー斬り掛かってきたからね。拳で語り合うにもほどがある。そんな一方的に拳で――っていうか伝説の剣とかで語られちゃってもさ、吾輩、そういう言語は会得してないわけでして。通じないから。そりゃこっちもこっちなりの肉体言語で応戦するよね。


 とはいえ、所詮はレベル1の小娘。元々は縫製工場で働く使い捨ての労働力である。別にこいつの語ることが人間界のすべてとは思わんが。


「しかし勇者よ、これからどうするのだ」


 食用一角豚とマンドラゴラの黒山羊ミルク煮を平らげた後で尋ねる。結局勇者はというと妖精のサンドイッチとエルフの耳の燻製、それからコロポックルの蕗の葉包み焼きを食した。こいつわざとじゃないのか、ってくらい人間サイドで愛されているはずの生物(食材)ばかりを選んで食べたという結果である。

 天然だとしたら恐ろしいが、わざとだとしても恐ろしい。


「うーん、どうしよう」

「顔でも変えて別人として生きたらどうだ」

「でもなー、ほら、胸に刻まれちゃってるから。あーくそ、大衆浴場行けないじゃん! ……成る程、確かに脱走防止だわ。逃げづらいことこの上なし」

「そんなもの、消せば良かろう」

「えー? 消えるの?」

「消えるだろ。まずその表面の皮を剥がしてだな。で、肉をえぐって……」


 簡単なことではないか。皮を剥がして肉を抉れば良いのだから。再び皮を被せて放っておけば治るだろうし。


「うーわー、魔王って馬鹿?」

「何っ?」

「あんね、表面の薄皮1枚剥がしてちょこっと抉ったくらいで消えるわけないじゃん。ガッツリ奥の奥まで焼けてるっつーの! っつーか、そこまで全部抉ったら死ぬわ! レベル1の貧弱さ舐めんな!」

「むぅ……」


 何だ、人間は本当に弱いのだなぁ。ちょっとくらい皮とか肉とか抉ったくらいですぐ死んじゃうとか、どういうことだよ。そんな貧弱さで良くここまで繁栄したな。もー褒めてつかわすわ。逆に。


「では、脱がなければ良いだけだろう」

「わかってないなぁ、魔王は。あたしだってね、子どもとかほしいじゃん。優しい旦那さん見つけてさ、可愛い子ども産みたいじゃん?」

「産めば良いだろう、その優しい旦那さんとやらを見つけて」

「だから、そこよ。その優しい旦那さんにこんな身体見せらんなくない?」

「見せなければ良いだろう?」

「うっわ……」


 勇者は何か可哀想なものを見つめるような眼差しを吾輩に向けた。


「ねぇ、魔王って天然? それとも馬鹿? あー、それとも、そっちってそういう感じなの?」

「何だ、とは」

「だーかーらーさー、子ども作る時って真っ裸にならないのってこと。人間は真っ裸で何やらするみたいなんだけど」

「む……?」

 

 裸、とな。

 真っ裸、とな。


 そう言われても……、吾輩達、そもそも服を着る習慣がない種族もいるっていうか……。


「ていうか、気付いた。あたしいま気付いた。魔王って裸だよね。裸にマントだよね。完全に変態。変態魔王!」

「だからその変態魔王というのを止めんか。仕方あるまい、勇者との決戦の際にはこの姿なのだ。この方が威厳もあって恐ろしかろう?」

「この方がって言われてもさ、比較対象がないからわかんないよ。何、平時は違うの? 威厳もないし恐ろしくもない感じ?」

「むぅ、昔は色々模索していたのだ。最初は弱そうに見せかけて、絶望の三段変形みたいな」

「へぇー」

「でも、この戦闘用最終形態になかなか辿り着いてくれなくてな。もういっそ、最初から出していこうかな、と。そしたら案外反響も良かったものだから」

「ほぉーん」

「何だ。明らかに手抜きの相づちを打ちおって」

「いや、ていうかさ、それじゃどれが本当の姿なの? 最終形態ってことは、やっぱりこれが本当の魔王なの? 鱗びっしりーの、角もにょきにょきーの、トゲトゲーの、爪も牙もザクザクーの、全身紫っていう」

「むぅ、そう言われるとなぁ。そういうんじゃないんだよなぁ。その時その時で使い分けるっていうか、水の中に入る時とか、空を飛ぶ時とか、城下町への視察の時とか、まず、この手は事務仕事に向かんし。でも、どれもすべて本当の吾輩なのだ」

「ふへぇー、そうなんだ」


 そう言うと勇者は吾輩の回りをぐるぐると回り出した。品定めするかのように、上から下まで視線を這わせながら。背後に回った際にはマントまでぺらりと捲られてしまった。おい、尻尾を踏むな。


「それじゃあさ、デート用はどんな感じの魔王になるの?」

「で、でえと?」

「魔王、男の子よね? だから、女の子と愛を語り合う時、ってこと」

「愛?」

「そ。いずれ魔王も可愛い……かはそっちの尺度だからわかんないけど、まぁ、魔王的に可愛い奥さんと結婚して次の魔王を作るわけじゃん? そしたら、その可愛い奥さん予定を射止める必要があるわけじゃん? 好きだ、とか、世界一可愛いぞ、とかそういう台詞も吐いちゃうんでしょ? まさかそんな耳まで裂けた牙だらけの口で言う気? あーでも、そっちの方ではこれがワイルドなのかな?」

「いや、ワイルドも何も。え? そういうのって必要なのか?」

「えー? 必要に決まってるじゃん。逃げられちゃうよ、奥さんに」 

 

 ――え? わざわざ吾輩がそんなことを言わなきゃ駄目なのか? そんなことを言わずともこの国の女達は皆吾輩との婚姻を望んでいるし、逃げるなんてたぶん有り得んし、ぶっちゃけ選び放題っていうか、むしろ何人も娶らんとさすがに一人に何百人も産ませるのは酷というか。


「あ、もしかして、『吾輩魔王だしー、女なんてみーんな吾輩にメロメロだしー』とかって思ってない?」

「ぐぅっ……! ま、まさか」

「ほんとかなぁ~? ていうかね、そりゃーそっちじゃ魔王の奥さんなんて最高のステイタスなんだろうけど、愛の無い結婚生活なんて味気ないもんだよ? 大切で大事で大好きって気持ちがあれば、奥さんも魔王のこと大切で大事で大好きってずーっと思っててくれるよ」

「ふん。そういうものなのか」


 しかし、それを複数の相手にするのは結構大変だぞ。これは、あれかな、卵生の種族にすべきかな。それなら一度にたくさん出産出来るしなぁ。うん、そうするか。あーでも偏りが出ちゃうよなぁ。我が子が水棲生物寄りになっちゃうか。


「愛って大事よ」

「ふむ……。父上も案外努力していたのだなぁ。――しかし、時に勇者よ」

「んー? 何?」

「愛とは何なのだ?」

「ふへ? 知らんの?」

「知らん。良く聞く言葉ではあるが、正直馴染みがない」

「えぇ~、マジで? 何、魔王達ってそういうのいらない系?」

「『いらない系』というカテゴリなのかはわからんが」

「でもさ、結婚してる人達もいるわけじゃん? ていうか、繁殖もしてるわけだし、好きだから夫婦になって、子ども作ってるんじゃないの?」

「ふむ。とすると、知らないのは吾輩だけ、ということに……?」

「どうだろ。ってことはないと思うけど」


 えー? ちょっと待てよ。皆フツーに知ってるもんなの? どこで習うの? 学校? いやーでも、吾輩、一応帝王学っていうのかな、そういうのしか学んでこなかったっていうか、うん、帝王学だけではないにしても、専ら戦う関係っていうか。読み書きそろばんくらいはもちろん出来るけど、経理とか数字が絡むのは部下任せで――って、それはまぁ置いといて。


「えっと、何? そういうのってフツーの学校で教わる?」

「学校? うーん、そうだなぁ、人類愛っていうか、そういうのは道徳の範囲だと思うけど、男女のそういう濃い~ぃ愛の部分はさすがにノータッチなんじゃない?」

「なんと。では、どのようにして学ぶのだ。勇者はどうやって学んだのだ?」

「えー? あたしー? なーんか恥ずかしいなぁ。うーん、母さんがまだ生きてた頃、父さんと母さんってすっごく仲良くってさ。あたしの前なのに、『マリア、今日もきれいだね』とか『愛してるわ、私のダーリン』っていちゃいちゃするわけ。やんなっちゃうよねぇ」

「成る程、そう言えば良いのだな」

「もちろん、ただ言うだけじゃ駄目だよ。ちゃんと思ってないと。それから、あれね、ボディタッチ」

「ふむ。心で思いながら口に出し、且つ、ボディタッチとな。しかし、父上はすべての妻に対してそんなことをしていたのだろうか」

「見たことないの?」

「ない。というか、いくら父上といっても王だからな。そんなに頻繁に会えるわけでもない。勇者お前達は昼夜問わずやって来るし」

「あらら、何かごめんね、先輩達が」

「うむ。まぁ、それも仕事のうちだから仕方ないのだが。だから、というわけでもないが、家族全員で集まって何かをする、ということもなかったのだ」

「へぇー、そんじゃいっつも一人でご飯食べてたの?」

「そうだ。別に支障なかろう?」

「ないけどさぁ~。でも、さっきあたしと食べたじゃん? 何か楽しくなかった?」

「楽しい、とな?」


 

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