手伝おうか、勇者よ!
「て、手伝おうか、吾輩」
「え? マジで? 助かるー。じゃあさ、背中の留め具外してくんない? 引っかけるだけと見せかけて、結構しっかり留まってるみたいなんだよね。まぁ戦闘中に外れたら大変だから、当然なんだけど。でも、そんな心配も必要なかったわけだけど」
そう言われてよくよく見れば確かに引っかけるだけではなく、その前に手前のネジを外さなくてはならないようだ。こんなのフツー一人では無理なんじゃないのか? おい、伝説の鎧よ、お前もう少し考えてやれよ。
「むむ、これ締めたヤツ、固すぎだぞ。まぁ吾輩には造作もないが、恐らく勇者がどんなに身体柔らかくても無理だな」
「マジ? そういやあの道具屋のおっちゃん、昔勇者と一緒に旅してたとかで結構ムキムキだったからなぁ」
「そいつにも来てもらえば良かっただろ」
「えー? 無理無理。だってあのおっちゃん、これ着せる時だって何か無駄にベタベタ触って来てさ、気持ち悪いんだよね。魔王に
「うーん、うん。えーっと、吾輩ノーコメントで」
「何だ魔王、ウブかよ」
「まぁ、その親父は置いといても。他に仲間連れて来ても良かったのだぞ?」
「いや、いたんだけどね、途中まで」
「何だ、いたのか」
「いたよ、そりゃ。さすがにそこまで無鉄砲じゃないよね」
「むむ、そうか」
「でもさ、仲間も、あれ、ちょっとおかしいなって思うわけよ。魔物と対峙しても、全然襲って来ないぞって。あたしと別行動の時は襲って来るのに、って。そしたらさ、仲間の方はそれなりにレベルアップするのに、あたしだけレベル1なわけ。え? てことは、対魔王戦も俺らだけで頑張る感じなんじゃね? って思うよね。それにお金だってさ、仲間が基本稼ぐわけじゃん? あたしお情けでお小遣いもらってたから。そんで何かもう申し訳なくて肩叩きとかしてたから」
「お、おう」
「勇者だけが使える魔法とかもね、あんのよ? いや、本当かはわかんないけど、いまとなっては。でもさ、そういうのも習得出来ないわけじゃん? そしたらさ、じゃあ何を以てこいつは勇者なんだ? みたいな感じになるよね。不信感募っていくよね」
「あぁ――……うん」
「稽古つけてもらったりもするんだけどさ、あたし激弱なの。だって仲間の方レベル30とかなんだもん。ちょっと小突いただけで瀕死だよ? そしたらさ、バカバカしくなってきたのかな、それとももう共倒れの未来が見えたのかな、一人減り、二人減り……だよね」
「えっと……、ほんと申し訳ない」
背中の留め具は既に外し終えていた。勇者は肩当てを外し、「あぁ重かった」と言いながら肩をぐるぐると回している。
さてお次は胸当てである。――だからどうしてこれも背中の方に留め具があるんだ! おい! 伝説の鎧! これ設計したヤツ誰だ!
勇者は再び背中に手を回し、スカスカと掻くようにして留め具を探している。しかし今回はあっという間に諦めたようで、ちらりと吾輩を見た。はいはい、わかってます。
「まぁそんなこんなで単身乗り込んできたわけ」
「いや、何ていうか、本当に……」
「んー、まぁ、でもさ、旅自体は楽しかったよ」
「む。そうか?」
「魔王はここから出たことないの?」
「城下町の視察くらいはするが、基本的に遠出はしない。第一、吾輩がここを離れたら誰がこの城を守るのだ」
「そうだよねぇ。てことは、外の世界って見たこと無いんだ?」
「いや、吾輩の部下が毎日世界状況は報告してくれるし、見ようと思えば千里眼もある」
「そっか、魔王だもんね。さっすがー」
「うむ」
ぱちり、という音と共に、胸当ての留め具が外れた。勇者は最早愛着の欠片もないようで、外した胸当てを乱暴に脱ぎ捨てた。「重いんじゃ、こら」などと言って足蹴にしている。歴代の勇者が見たら激怒するだろう。
肩、胸の次は胴である。しかしこれまた留め具が――。
いい加減にしろ、鎧! お前は誰のために作られているんだ! 持ち主を困らせるな!
とうとう勇者は自分で外す気にもならないようで、当然のように吾輩を見つめ、うん、と頷いてみせた。はいはい。
「ねぇ、魔王って世襲制なの?」
「む? そうだが」
「それって結構プレッシャーだったりしない?」
「まぁ、それはそうだな」
おい、鎧よ。どうしてここへ来て留め具を外すのに3桁の暗証番号が必要なんだ? これ作ったヤツ、絶対酔ってただろ。ノリで作ったな? ていうか吾輩、暗証番号なんて知らんぞ? でもたぶん勇者も知らんだろ。あの親父か、知ってるのは。くそが。
「でも、良かったね」
「良かった? 何がだ」
「魔王はさ、立派に後を継いでるわけじゃん? 適性があったってことでしょ?」
「うーん、まぁ、立派かどうかは吾輩が判断することではないがな」
「そうなの? さんざん勇者やっつけてきたじゃん」
「強ければ良いというものではないのだ。勇者討伐など数ある業務のうちの一つに過ぎん」
「そうなんだ。じゃ、魔王的にはどうなの?」
「吾輩的に?」
「そ。ほんとはこういうことしたかったなーとかさ。それともお父さんが魔王な時点で、そういうのって最初っから諦めてた感じ?」
「そう言われると……。しかし、勇者に限らず、我らに災いをもたらす人間共は根絶やしにしたいと思ってたな」
「おぉー! そんじゃやっぱり小さい頃から魔王の素質あったんだね」
「いや、どうだろう。吾輩は185人兄弟の末っ子だったから、王位継承権なんてほぼ無いと思ってたからなぁ。だから、魔王としてというよりは、兄者の部下として前線に出るものだとばかり――」
111から始めて、現在564まで来たのだが、まだまだ開く気配はない。まぁ、頭を使わない機械的な作業だから良いけど。
「えー? そんじゃお兄さん達どこ行ったの?」
「お前達が殺した」
「あらら。そうだったのか。何か……ごめんなさい」
「いや、まぁ勇者が悪いわけじゃない。弱い者は負ける。負ければ死ぬ。そういうものだ」
「割り切ってるんだね」
「うん、まぁ……、そういう世界で生きてるのだ、魔族っていうのは」
「お兄さん好きとか嫌いとかそういうのは無いの?」
「そりゃああるさ。すぐ上の兄者が死んだ時は悲しかった。でも、ということは、吾輩が最後の砦だからな。吾輩が倒れれば、この国は終わる」
そう、末っ子とはそういうものなのだ。もう後が無い。まさかこんなにも早く王座につくと思っていなかったから、まだ妻も子もいない。こんなことなら兄者が持ってきた縁談を断らなければ良かった。いやー、でもあのトロルはちょっと厳しかったな。強い子が産まれそうではあるが、そもそも欲情しないんだよなぁ、トロルには。いや、トロル界ではかなりの美女だったみたいなんだけど、うーん、吾輩の美の基準とは大きくかけ離れてたっていうか。兄者もずっと目ェ逸らしてたし。
「そうやって頑張ってきたんだね、魔王」
「国を背負うとはそういうことだ」
あーくそ、もう872だぞ? 何だこれ。
「じゃ、あれだね。あたしはボーナスみたいな感じだね」
「ボーナス?」
「生きるか死ぬかみたいなヒリヒリした感じじゃなくてさ。もーアレでしょ、指1本でボガーン、でしょ? 一応さ、手強かったことにしてちょっと休んだら?」
「ん?」
「どうせ終わるまで、ここ誰も来ないんでしょ? だったらさ、あたしのこと秒殺して、その後ゆっくりお昼寝とかしたら良いじゃん」
「成る程」
「魔王顔色悪いよ。寝不足なんじゃない? きっとあたしの次はちゃんとした勇者が来るはずだからさ、力蓄えておきなよ」
「良いのか? 人間共が皆殺しになるぞ?」
「えー? 良いんじゃない?」
「良いんじゃない? って、おい、勇者!」
「死んだ後のことなんて知らないよぉ」
「いやいや、それでもお前人間だろ? 残された父親とか、何か……こう、友人とか、恋人とか、だなぁ」
「うーん、まぁ父さんのことは心配だけど、人間って遅かれ早かれ死ぬわけだし。あたし友達とか恋人? そういうのもいないから」
「いないのか」
「いないいない。勇者と付き合いたい物好きなんていないって。人質とかにされそうだしさ」
「むぅ。それは一理あるかも、しれんな」
おい、ちょっと待て。999までいったぞ。どういうことだ、これ。
「そもそもさぁ、あたし別にそんな由緒正しい系の勇者じゃないっていうか……。ある日突然『ほい、お前勇者だから魔王やっつけて来いよ。財政難だから仕度金とかやれないけど、頑張ってねー』だよ? はぁー? お前んトコの軍隊でやれやって思わない? その軍隊って何のために存在してるんですかー? 飾りですかー? ってね」
「むむむ。それは確かに」
「魔王のとこはさ? ちゃんと部下も働いてるじゃん。あたし達に向かって来てるのって、まぁこっちでいうところの軍隊とかになるわけじゃん?」
「まぁ、そう銘打ってるわけではないがな」
「ちゃんとしてるよねー、意外と」
「そ、そうか?」
……ん? あれ、もしかしてこれ、ダミーじゃね? ってか、開くし! 開いたし! 暗証番号と関係ないトコ開いたし! ふっざけんなよ、鎧! いや、作ったヤツ!
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