第63話 至急、職員室に


  いつも通りの部活が始まる。そんな日が続いて一週間程経った。まだ退部が決まった訳では無い、と嵯峨は言っていた。香の机はまだ鈴の前にあった。整理整頓されている香の机は殺風景で、何だか空っぽだった。


 「今月号のファンファーレ、結構厳しそうだな。俺も記事を書く側にまわろう」


  奏から貰ったお菓子を食べながら作業をしている市来に目をやって、嵯峨はため息をついた。今まで二人でやってきた担当コーナーがいきなり市来一人になったのだ。市来は大忙しである。そのせいで市来と一緒に帰る回数も減った。

  鈴はまだ香と話したことを誰にも言えなかった。香は連文祭の打ち上げの際に市来に話したと言っていた。そんな前から、市来は知っていたのだ。香の気持ちも、退部してしまうことも。だから自分に干渉しない方が良い、と言ってきたんだ。でも鈴は香を放っておくことなんてできなかった。

  あの日から香を教室でも見かけることは無くなった。今更何て声をかけたら良いのか分からないし。


 「えー、結構結構。嵯峨っちが入ってくるとめんどくさいことになるからさぁ。嵯峨っち意外と短気なところあるじゃん」

 「それはあの生徒会長にだけだ」


  鈴が何を考えていても、時間は止まってはくれない。ぼーっとしている鈴に気づいて、嵯峨は言ってくる。


 「神江、ぼーっとしてる暇無いんだぞ。早くしないと一月発行予定が二月発行になっちまう」

 「・・・・・・すみません」

 「体調悪いんだったら帰っても良いからな。ちゃんと万全にしてやってくれ」

 「大丈夫です。最近家には帰りたくなくて」

 「何かあった?親と喧嘩でもした?」


  何食わぬ顔で奏が尋ねてきて、鈴は黙って首を振った。机の上にいつの間にか置かれていたお菓子を手に取って言った。


 「家に帰ると、一人の時間多いじゃないですか。それが嫌で」

 「・・・・・・でも、無理しないでね鈴ちゃん。倒れたらおしまいなんだから」

 「・・・・・・はい」

 「・・・・・・鈴、今日は一緒に帰ろうか!」


  そう市来はいきなり明るく言ってきたので、鈴は少し驚いた。すぐに嵯峨が口をはさんだ。


 「おいお前記事は―」

 「気合で何とかする!それに終わらなくても大目に見てよ」

 「だから部内にプライベートを持ち込むなって」


  鈴はちょっと嬉しかった。香との一件を話せるかどうかは分からない。でも、一緒に帰れるだけでも全く気持ちは違った。

  しかし、その安心した気持ちは一瞬にして消え去ったのだった。ピンポンパンポーン、と校内放送が始まった。


 「・・・・・・生徒の呼び出しをします。新聞部部員、至急職員室に来るように。繰り返します。新聞部部員、至急職員室に来るように」


  胸騒ぎがした。アナウンスの多田の声はいつもとどこか違った。嵯峨が顔をしかめて、職員室に行くぞ、と部員達を促した。少し足早で鈴達は階段を降りた。職員室の前には既に多田が腕を組んで立っていた。焦っている、ということは顔を見ればすぐにわかった。


 「先生、どうしたんですか」


  思わず尋ねた嵯峨を、多田はまっすぐに見た。そして部員達全員をそれぞれ順番に見た。ゆっくり息をついてから、多田は落ち着いた声で言った。


 「前田が、交通事故に遭ったらしい。彼女は自分からトラックの前に飛び込んだそうだ。意識不明で、病院に搬送されたとさっき学校に連絡があった」


  今から病院に向かうぞ、と多田は言うとすぐに鈴達は荷物を取りに行って用意された車に乗った。隣に座っていた奏が、背中を摩ってきた。


 「鈴ちゃん、大丈夫?」


  その時の顔色はひどく悪かったに違いない。

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