第59話 表があれば
駅の広場には待ち合わせ相手を待つ人達が沢山いた。鈴はきょろきょろと辺りを見回すが、人が多すぎて見極められない。しかも私服だから尚更だ。見つけるのは諦めて隅に行こうと歩きだした時、右肩を叩かれた。振り向くと赤いマフラーをした市来がいた。
「あれ、マフラーお揃いだね」
「あ・・・・・・本当だ」
市来は背中に隠すように何かを持っていた。すると、その隠しているものを鈴に見せた。それはマリークワントの紙袋だった。
「じゃじゃーん、俺からのクリスマスプレゼント」
「ええっ待っていきなり過ぎて私何も用意してないよ」
「大丈夫だよ俺は別に。はいどうぞ。帰ってから開けてね」
「ありがとう・・・・・・」
「ご飯は六割負担でお願いします」
「ろ、六割負担って・・・・・・良いですよ四割くらい自分で払えます」
夕食中、鈴は久々にたくさん笑ったような気がした。今までは先輩というのもあって自分から色々話すのは遠慮していたところもあったが、その日は自分から話を始めた。鈴はふと市来の髪型が変わっていることに気づく。
「前髪ができてる!」
「やっと気づいたか。前髪切っちゃったんだ、どうかな?」
「・・・・・・若返った?」
「褒め言葉なの、それ」
市来の言うイルミネーションを見るために歩いていくと、その公園には同じようにやってきているカップルが何組か居た。想像していたほど混雑はしていなかった。
「クリスマスなのに、人が意外と少ないんだね」
「ここ意外と穴場なんだよねー。良いところでしょう?」
キラキラと輝くイルミネーションのアーチをくぐった。相手の顔もよく見えないほど辺りは暗かった。背の高い市来は時たまイルミネーションのライトに顔が照らされた。鈴は市来に手を引かれて歩いた。
「高三になったら、多分あんまこうやって会えなくなる。本当ごめんね」
「・・・・・・私は、大丈夫だから。そういうことは気にしないから」
「鈴、頑張り屋だからいつか壊れるんじゃないかって俺ちょっと心配なんだよ」
そう市来は心配そうな顔で笑って見せた。最近市来が元気がなかったのはそのせいだったのだろうか。鈴にはまだその時よくわからなかった。
「でも今日は会えて良かった、本当」
何も言わないでいると市来が一方的に言葉を発した。しばらく黙って二人でイルミネーションを見上げていた。ふと鈴は近くのベンチに座るカップルに気づいた。
カップルは微笑みあったと思うと、顔を近づけた。何故か鈴の頬が熱くなる。不意に市来が手を引いて、鈴はライトの少ないところへと連れていかれた。
どうかしたの、と口にする暇すら与えられなかった。気づいた時には市来の顔がすぐ近くにあった。ほのかに温かく感じる唇に気づくと、鈴は自然と目を閉じた。触れている時間は長く感じた。高校の初めてのクリスマスの夜、鈴は幸せで溢れていた。
「はぁ・・・・・・」
また自然とこぼれてしまったため息。いつの間にか癖になってしまったようで、香はまたため息をついた。嫌になる。何もかもが嫌になってしまう。
まだ半分も終わっていない塾の課題を目の前にして、香はシャーペンを力なく手から落とした。私は一体何のためにこんなに頑張っている?何で勉強している?親のため?自分のため?わからない。
「私何で新聞部に入ったんだっけ。あんなに新聞部嫌だったのに」
中学時代、香は確かに新聞部に所属していた。新聞部に入部をしたのは、新聞部が強く有名だったからである。しかしそれには裏があった。香の所属していた新聞部は嘘の記事ばかりを書いて新聞を発行してきていたのだ。賞のことしか考えていない、最悪な部活。そんな新聞部が香は大嫌いだった。でも部活を退部することはできなかった。
「親のために私は続けてきたの?部活を」
高校は新しい部活に入って頑張ろう。そう思っていた矢先、香は校門で市来からファンファーレを受け取った。その時、この人に認めてもらいたいと思ったのだ。市来は優しかった。同じ担当を組むことになり、自分のことを沢山褒めてくれた。でも始めから市来は香に興味は無かった。
私は認めてもらえていない。褒め言葉も全部偽りのようにしか思えない。こんなにも頑張っているのに全然報われない。どうして?
「一年続かなかったな、部活。新しいの探そう」
年明け多田に話して退部届けを貰おう。私が辞めたら部員は鈴と隼の二人だけになる。来年から中心になるのに大変だろうな。いや、新聞部のことなんてもうどうでもいいのだ。元から新聞部は好きではなかったのだから。
認めてもらいたい。そんな思いもいつの間にか消えて、自分が何のために生きているのかさえ分からなくなってしまった。
香は一人頭を抱えて机に突っ伏した。
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