第32話 走れ、新聞部
体育祭当日。体育祭実行委員会が前日から用意をしていて、学校へ鈴が向かった時には既にグラウンドの準備はきちんと整っていた。体操着に着替えて、クラスカラーのハチマキを巻いて、グラウンドへ出る。初めての高校の体育祭が始まった。
部活リレーは午前の部の最後だった。出場する部活は、新聞部、陸上部、男子バスケ部、女子バスケ部、ダンス部、軽音部だった。
軽音部はギターを持っていたり、運動部はそれぞれのユニホームを着ていたりと個々の部活の特徴があった。新聞部はと言うと、皆首に何かを下げていた。一眼レフを下げて全力疾走するわけにもいかず、"写ルンです"がかかっていた。そしてバトンは新聞を棒状に丸めたものだった。
「あの人達何をする気なんだ・・・・・・」
鈴は自分のカラーの応援席の前でカメラを構えてしゃがんでいた。新聞部は行事の度にカメラマンと同じような役割が任されているのだ。すぐ後ろに座っていた茜が言った。
「市来先輩走るんでしょ?!走るんだよね?私、新聞部応援するよー」
「いや、自分の部を応援しなさいよ・・・・・・」
「鈴、ちゃんと市来先輩撮ってよー」
「いや、市来先輩はこっち側のレーン走らないと思うよ、多分」
入場門付近で誰かがこちらに向かって手を振っていた。それは市来と奏だった。奏は楽しそうに笑っていて、鈴は何だか嬉しかった。一走者はやはり予行と変わらず隼であった。
どの部活も本当に全力疾走である。隼は初め、四位に位置していた。上位三位は安定の陸部と男女バスケ部である。やはり運動部にはかなわない。二走目は香だった。
「あ、香だ」
三位の女子バスケに追いつき距離を縮めたところで、香から奏にバトンパス。鈴は応援席の生徒や他部活の選手も写真に収めながら、声を上げて応援した。奏はあいにく鈴のいた所とは反対側のレーンを走っていた為、よく見えなかった。
「奏先輩ーー!!!頑張れーー!!」
やはり運動部は強く、あとギリギリのところで三位になれずに奏から市来へバトンパス。すると茜が叫びだした。
「市来先輩こっちに走ってくるじゃん!鈴!ほらほらちゃんと写真撮って!!」
市来は足が速すぎる。カメラのシャッターボタンを何回か押したかわからない。市来はあっという間に女子バスケを抜かして、距離を離していた。二位の男子バスケに追いつき始めると、生徒達の歓声が湧き上がる。特に一年の女子達が噂し始めた。
「あれ新聞部の二年生?」
「そうだよ!ほら新聞に載ってた人!」
「めっちゃかっこいいね!」
「市来って人じゃない?」
いつもはヘラヘラとしているくせに、今日に限っては真剣な顔で新聞紙の棒を持って全力疾走している。一躍市来は人気度が上がりそうだ。ふと栞のことを鈴は思い出した。何故か栞に会いたくなった。
「新聞部アンカーだよ、鈴」
茜に肩を叩かれ、グラウンドに目をやった。ちょうど市来が新聞のバトンをアンカーの嵯峨に繋いだところだった。そこで初めて嵯峨が走っているところを鈴ら見た。嵯峨は男子バスケを抜かし、陸上部に追いついた。
"去年は陸上部と良い戦いでね"
予行日に、市来が得意そうにそう言っていたのを思い出す。嘘でしょう、と鈴は思わず声に出した。新聞部は二位という結果になった。こことはちょうど向かい側にあるレーンの近くで、嵯峨達が喜んでハイタッチをしていた。鈴達がいる側のレーンで待機していた香と市来も嵯峨達の方へと走っていってしまった。鈴は何だか胸が苦しくなった。向こう側のレーンで互いに喜びを分かち合う部員達を遠くから眺めていた。
「でも、先輩のリレーだからね」
そうふとつぶやいた声は生徒達の歓声で簡単にかき消された。学校のカメラマンが新聞部部員達の前に走っていって、カメラを構えていた。写真を撮るのかと思いきや、なかなか写真を撮らない。五人の中から一人が抜けて、ぐるぐると応援席の周りを駆け足で走っていく。それは嵯峨だった。
嵯峨はきょろきょろと見回していたと思うと、こちらに気付いたように走ってきた。何何、と周りの皆が口々に言って顔を見合わせた。
「神江」
息を切らしながら嵯峨は笑って言った。
「みんなで写真を撮るから、来い」
鈴はぼーっとしていたせいでうんともすんとも言えずに座っていた。すると嵯峨は鈴の腕をガシッと掴んで立たせた。鈴は向かい側のレーンにいる部員達の元へ連れていかれた。
"ここの部活の部員達はみんな好き"
そう奏がはっきりと言える理由が、何だかわかったような気がした。
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