第28話 お前からやったんだ
数十分前。鈴はいつの間にか眠らされていたようだった。ゆっくり目を開けると、知らない部屋のベッドに横たわっていた。シャツのボタンが外され、下着が丸見えだった。
「そんな・・・・・・私・・・・・・」
その部屋には鈴しかいなかった。横を向いた時、男ものの洋服が脱ぎ捨てられているのを見て、鈴は悪寒がした。奏と香は別の部屋にいるようで、何やら声がしていた。スカートのポケットに手をやった時、スマホが入りっぱなしになっていることに気づいた。
自然に震える手でLINEを開く。誰か来る前に助けを呼ぼう。トーク履歴で一番上にいるのは市来だった。
"たすけて"
"くろいばんのおとこ"
"どこかのへや"
そこまで打ったとき、ちょうど男が部屋にやってきてスマホは簡単に取り上げられた。
「携帯取り上げておかなかったのか?・・・・・・どう、お目覚めの気分は」
「私に・・・・・・何をした・・・・・・の・・・・・・」
「教えてほしいの?」
男は鈴のスマホをいじり、LINEのトーク画面を開く。それはさっき送ったばかりの市来のトーク履歴だ。
「どうしようもなくなって先輩に助け求めてるよ。この先輩男?」
「大丈夫さ。俺もその男子生徒は見たけど、ただの高校生だ。俺達よりも4つくらいは下のガキ。大したことねえよ」
「仮に助けに来てもこてんぱんにやられて終わるだけだからな」
男は鈴のスマホを棚の上に置くと、鈴に向かって写真を一枚よこした。鈴はその写真を見て言葉を無くした。上半身裸の自分、それから隣には裸の男の人。
「大スクープ?今度からは部員のヌードコーナーでも作れば?きっと評判が良くなるよ。・・・・・・でね、これは交渉。これをばらまかない代わりに、たったの五十万払ってくれればいい。どうだい」
「そんな大金・・・・・・持ってない・・・・・・です・・・・・・」
「じゃあばらまいちゃうから―」
「ばらまけるもんならばらまいてみなさいよ!!」
隣の部屋から奏の声がした。同じ交渉をされているんだ。奏はなおも続けた。
「私の写真なんてね、ぜんっぜん需要無いから!誰も欲しがる人なんか居ないし喜ぶ人もいないに決まってる!」
そう言う奏の声はすっかり震えてしまっている。その時だった。バンッとドアが開いて、市来が現れた。鈴は一瞬顔が明るくなったが、すぐに不安になった。
「奏?!香ちゃん!無事なの?」
「・・・・・・何普通な顔して堂々と入ってきてるんだお前」
市来は男に胸ぐらを掴まれた。二人とも背丈は同じくらいである。市来は動じずにじっと相手の顔をまじまじと見つめる。
「そんな目でじろじろ見てるんじゃねーよガキが!!」
男が市来に一発食らわせた。市来が近くにあったテーブルに突撃して床に倒れる。しかしすぐにふらふらと立ち上がった。口元からは血が出ていた。
「・・・・・・お前からやったんだからな。お前が先に俺の顔を殴った」
市来は勢いよく男を殴り飛ばした。他の男がその様子を見て一瞬怯んだ。その顔を見て、市来の口元が緩んだ。
「かかって来いよ。あんたらの仲間が先に俺のことを殴ったんだ。だからいくらだって相手してあげる」
市来に襲いかかる男達は皆、ことごとく殴り返されてやられていった。その時また誰かが中へ入ってきた。
「おい市来!!大丈夫か・・・うわっ」
嵯峨の声がしたと思うと、一人の男が今度は嵯峨の胸ぐらを掴もうとした。が、しかし。嵯峨はひょいっと背負い投げをしてしまった。
「驚いた・・・・・・滝川、前田、無事だったのか。良かった・・・・・・神江は?」
鈴は呆然としながら市来を見つめていた。市来は口元についた血を腕で拭った。そして鈴に言った。
「鈴ちゃん、怪我はない?その写真ね、そううまく加工してるんだよ。だから何にもされていないよ、皆」
「何で・・・・・・そんなこと、分かるんですか」
「今、こいつが教えてくれたから。何もしてないって」
そう言って、足元でうめいている男の身体を市来は足でつついた。市来はいつものように笑顔を見せた。
「ごめんね、何かこんなところを見せちゃって。でも、俺もうやりたくないくらい喧嘩はやってきていたからさ。許してちょうだい」
鈴の唇が自然と震えて、目に涙が溜まり始めた。今まで一粒も零れていなかった今になってやっと溢れ出す。鈴は声を上げて泣いてしまった。市来がその様子に気づくと、こちらに近づいてきて鈴の頭をぽんぽんと叩いた。
「怖かったっ、怖かったようっ・・・・・・」
敬語なんかはどこかへ消えて、無意識に発した言葉はそれだった。ちょうどその頃外からパトカーのサイレンの音が響いてきた。
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