第16話:女子寮強襲
「な~、メイ~」
そんな間延びした望の声だけが静かな雪の世界に透き通るように響き渡る。
「……」
「師匠とおっさん先に行ったけど、私達も行かなくていいのか? さっきから凄い遠くで大きな音聞こえてるし……」
「望ちゃん、構えて」
「え?」
メイが急に腕を振るった。降りしきる雪を切り裂きながら、メイのカヤからもらった指輪から、『糸』が月の光を反射しながら軌跡を描き、辺り一面に張り巡らされる。
「へ?」
「来ますっ!」
「ひゃっほーーーーっ!」
奇声をあげながら、男が空高く舞い上がった。
「女の子みっけぇぇぇぇっ!」
シャンッと僧侶が錫杖を鳴らしたような音が響く。男の右腕から出てきた暗器――カタールの刀身が現れる音だ。
そのまま、空中で一瞬の静止後、空を蹴り、急降下してくる。
的確に、メイと望に向かって。
「ご……ごめんなさい……っ!」
メイの左手が動く。周りに張ってあった糸が降りてくる雪を切り裂き、煌きを残しながら男に向かっていく。
退くことができない空中。それは地面に向かって、重力に縛られているのであれば降りてくることしかできない状況。
相手の暗器に殺意が乗る。
その殺意だけで、殺すことに値した。殺らなければ殺られる。
すぐさまメイは殺すことを選んだ。
全てを切り裂かれてその男は死ぬはずだった。その、メイの糸に切り裂かれて――
「もら――ぐぇっ」
空中の男の頬に、雪玉が――本来の雪玉ではありえない音を立てて直撃した。
バランスを崩すどころか、雪玉の衝撃に反対の方向へと飛んで行き、顔面から大木に勢いよくめり込む。
メイの複雑に絡み合う多面攻撃も、その一撃によって見事に空振る。
「……えっ――」
いきなりの出来事に反応が遅れる。その一瞬の隙は裏世界では命取りだということさえも、あまりの出来事に忘れてしまっていた。
間髪。真横に男の姿を捉えた。
「――なるほど、お前が殺人許可証所持者か」
「ぁ……」
すぐさま糸を戻す。本来が奇襲用のその糸は勿論接近戦には不向き。例え、自分の側に糸が一本でも残っていても、それは同じことだった。全ては、空中の一点の敵に対して向かっていた為、『戻し』も遅い。
戻しが間に合わないことは分かっていた。ただ、それは次の動きの為への布石。
白刃がメイの腹部に迫る。
咄嗟に真横の男に向かって全身を預けるように飛び掛かる。白刃はメイの腹部を掠め空振る。
確認するまでもなく、男の目の前でくるりと回り、暗器が伸びる男のその右肩にドロップキック。反動で宙で一回転。着地後男を見据える為に反転。
その無駄のない動きに追いつけず遅れてひらひらと衣服が舞う。
二刃。
バックステップで横薙ぎの一撃をかわす。
続けての三刃。
反対からの横薙ぎと同時に男は一気に間合いを詰めてくる。
下からの蹴りあげで腕の軌道をずらす。
そして、四刃。
男の踏み込みの早さに回避動作が遅れる。
やっと戻ってきた糸を四度目の刃に、全てを巻きつける。
直撃。
刃の接触と同時にメイの体が男の力によって弾き飛ばされ宙を舞う。
刃の威力を殺す為に巻きつけた糸と反対側へ引く力を合わせ、尚且つ後方へステップすることで威力を半減以上に軽減し、地面に着地する。
「ほぅ」
そんな一瞬の攻防。その間、望はただ立ち尽くすだけであった。
「……さすが、殺人許可証所持者、といった所か」
「め、メイ……?」
「お前の相手は俺だに。赤阪望」
背後からの声に望は思わず声をあげてしまう。
すぐさま振り返り間合いを計る為後方へと下がる。
「……あ、あんた……前の、管理人」
「そうだに。お前に追い出された駕籠様だに」
「はっ! 何しに戻ってきたのさっ。今度は反対の頬にも同じ傷つけてあげようかっ!」
「戻ってきた理由を聞くだにか?」
「?――ひっ!」
前の管理人である、下弦駕籠はその顔に笑みを浮かべた。
酷く歪んだその笑みは、望に斬られた頬の傷口をも開き、耳まで裂けているかのようであった。その口と耳の間の傷口から、ひゅーひゅーと風を斬る音までも聞こえてくる。
あまりにも悲惨なその笑みに、望は思わず声をあげてしまった。
「……そう、お前はそうやって可愛い声をあげてればいいだに。これから、お前に思う存分、あらゆる男の前で、あらゆる陵辱と快楽、恍惚と絶望を」
駕籠は左腕を望に向ける。左腕の先の手がゆらりと揺らぎながら、人差し指が望の右肩に向けられた。
ぱんっ
乾いた破裂音が聞こえ、右肩から急に痛みが走り、鮮血が飛び散った。
「あっう!? え…え?」
思わず、自分の右肩へと視線を向ける。小さな穴がぽっかりと開いていた。
どくどくと流れる血が、『何か』の攻撃を受けたことを物語る。
「とりあえず、動けないようにするだに。後、一発だにか」
そう言いながら、駕籠は人差し指を望の左肩へと移す。
ぱんっ
再度の破裂音。
何が起きているかは望にはわからなかった。しかし、その指から何かが自分に向かってきているだろうことは不可解な現象とは言え理解はできた。
望は音がする前に地面を蹴った。左へ飛びこむ。
望が立っていた遥か後方の雪地が弾けた。
「ぬ、避けただにか……手加減は難しいんだによ」
そう呟きながら、再度地面に手をついて起き上がろうとしていた望に人差し指を向ける。
「どれだけ避けれるか、試すだに」
連音。
いまだ満足な体勢を取れていなかった望はとっさに自分の体の要所――頭と、体の中心点を、自分の武器と腕で守る。
掲げられたかのように望の体を守るカタールは、あっさりと真ん中で金属音を立てて破砕。
その先から飛んできたであろう何かが望の右脇腹と脚を突き抜け、ぽっかりと穴を開けた。
何発かは望のすぐ右隣の雪地に当たり、雪を弾けさせる。
「――ぁつぅっ!」
脚と腹部。両穴から溢れ出す鮮血。その血は少しずつ雪地を赤く染め上げていく。
「こんなのも避けられないだにか。がっかりだに」
「ぁあ? なんだ、終わりか?」
「――ひっ」
最初に強襲してきた男――玲が自分の体に纏わりついた雪を払いながら駕籠の隣まで歩いてくる。
その姿を視認する前に、望の体は恐怖に支配された。
喉元に、刃物を、いや、喉元以外にも、あらゆる急所に刃物を突き刺されたかのような恐怖。
「玲、何もしなかっただにな」
「んぁ? ま、まあ、確かに何もしてないな俺。お、あっちのほうは凄いな」
いまだメイと戦い続けている男の攻防一体の戦いを見ながら玲は答える。
「……玲はいらないんじゃないだにか?」
「ん~。まあ、確かに。これだけしか戦力がいないなら、だけどな」
「? ここには他に誰もいないだによ?」
「だから気になるわけ。俺らの情報を知りえた理由――あ~、敬、あのB級許可証所持者、殺してるだろうなぁ……情報源、知りたかったんだけどなぁ……あそこで戦ってる可愛い子猫ちゃん、許可証所持者じゃなさそうだし」
至極残念そうに、しかし特に興味がなさそうであった。
その2人の会話を聞く望はすでに戦意を失い、恐怖に震えていた。
玲は何事もなく駕籠と喋りながらも、常に一点のみに殺意を向けている。
いつでも殺せる。なんなら今すぐにでも。
常に望を舐めまわすように殺意が纏わりつき、体の至るところに刃物を突き付けられているかのような感覚。
その殺意に、望は自分の愚かさに気づいた。
駕籠という男を過去に一度追い払った。それだけで自分が強いと自信を持っていた。
しかし、それは裏世界の現役に比べればどうということでもない勝利だったのだ。
外の騒動を聞きつけ、眠りに入っていた女学生達が起きたのか、寮内に電気がぽつぽつと点き始めていた。
「――ぁ…ぁぁ……」
ずりずりと、自分が雪地に座っていることを忘れ。後ろにある守るべき女子寮さえも忘れ。いまだ戦うメイさえも忘れ。
ここから逃げようと座りながら望は後ずさりし始める。
背中を向けなかったのは、許可証所持者としての矜持だったであろうか。
「……そう、その顔だに」
駕籠はその望の姿に恍惚の表情を浮かべ、そして望に向けて人差し指を向ける。
「ゆっくり味わうつもりだっただにが、その辺りでもう味わうことにするだに」
「お? 犯るのか? じゃあ、俺は寮に向かっていいのか?」
「いいだによ。でも、そんなに手つけないように、だに」
「わかってるわかってる。じゃあ、お互いに……」
「ごゆっくり、だに」
嫌悪感の走る笑顔を望に向けながら、望と目が合うように屈むと、
「さ、楽しむだに」
にちゃぁと音が出る笑みと言葉を発して、望の髪を掴んでずるすると引きづっていく駕籠。
にやにやと、これからの楽しみを考え寮へと向かおうとする玲。
「……少女。一応名乗っておこう。そなたも名乗れ」
「……え?」
「殺し屋組織『華月』構成員」
解と名乗った男が直刀のようにまっすぐなナイフをくるくると回し、持ち直す。
「私は、解という。そなたは?」
脅威度Aランクの殺し屋が妖精の園へと、侵入を果たしていた。
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