マリオネット─破壊と硝煙の傀儡─

#15 ミッドナイトは血潮に染まる

ジェイコブ達は、いや、ジェイコブは“ハヌマーン”がアクサイチンの大地で出しうる最大速度で一気に敵との距離を詰めた。これは並大抵のことではなかった。大きな岩をも転がる砂利道をつまずくことなく走ることができるだろうか。ましてや6メートルもの巨体を操って、だ。

そして、走りながら左手で、腰部の、正確に言うと腰部寄りの胴体にあるウェポンラックからククリを抜いた。それは内反りを有するククリと言うよりは鉈の刃先に刃を持つ鉤をつけた鳶口のような武器であり、近接戦闘に有利なもので、ジェイコブはそれを気に入っていた。

彼は現場の近くに行くと今にも味方に斬りかかろうとしていた敵機の胴体を右手に構えた小銃で撃ち、敵がこちらをむいて大きく振りかぶったところで、右脇、右腕と胴体の接合部にククリの鉤部を地面と平行に突き立てた。その衝撃で左手首に過負荷がかかり、機体状況を知らせるモニターの左手首が赤く染まり、システムが悲鳴をあげる。しかしジェイコブは、それを気にせず突き立てた勢いそのままに敵機の内側を切り裂き胸部装甲を軽く抉りながら振り抜いた。その勢いで敵はうつ伏せに倒れた。

起き上がろうとするその背中に彼は容赦なくククリを振りかざした。

ギン！という金属同士が強く叩きつけられる音とともに敵機は永遠の沈黙に支配された。彼はゆっくりと、動かぬ残骸と化した敵機からククリを抜いた。そのときは暗く視認できなかったがその鉤部には、かつて人間の一部だった大量の血と肉片がこびりついていた。

どの兵器にも言えることだが、背面と駆動部は装甲が薄いため攻撃に弱い。平均長7メートルと言われる人型兵器ヒューマーの近接武器は接近戦になった際、相手の武器を飛ばすか、関節などを潰し敵の行動力を削ぎ、あわよくば行動不能にさせるために存在する。すなわち、敵機を壊すことこそが近接武器の主な使われ方なのだ。

だが、彼はそれを敵を殺すことを中心として使う。だからこそ脇や頭部などに攻撃を加える。そこが装甲が薄く、コックピットに近いため有効打を加えられるからだ。しかし、コックピットにまで攻撃を加えるには剣や普通の戦斧（バトルアクス）では厳しい。そのような理由もあり、彼は鉤状の突起がある鳶口にも似たこのククリを好むのだ。

ようやく楽しくなってきたなぁ、相棒。

ジェイコブはモニターを見、遠くからでは判断できなかった敵の数を把握しようと試みた。

周囲には9機のヒューマー。戦闘識別パネル（CIP）によってサーモグラフィー下で味方は暗く表示される。暗い機体は2機。うちの中隊から2人も犠牲者を出してしまった。明るい機体は7機。今倒したやつを入れて8機。敵の規模は2個小隊だったか。この少人数で一体何人殺したんだ。この手際の良さはもしかしなくても特殊部隊だろう。ジェイコブは歯を食いしばった。彼の目に鈍く冷たい光が宿った。

全員ぶっ殺してやるよ。

やつらは近接装備しか持っていない。遠くから撃てればいいが敵味方が入り乱れた時点でそれは難しい。しかし、味方機が2機に対し、敵は7。必然的に遊兵が出来上がる。だから味方機の救援は後続のアンシュなどに任せてそっちを先に叩く。

素早く狙いを定めて撃ったが弾かれた。目標に新たな情報だ。

やつらは盾持ちだった。

しかも小型軽量で耐弾性が優れているバックラーときた。そうなってくると目標は、暗くて容姿による判断ができないが、コックピット周りだけ装甲が厚くて他が薄い、近接攻撃に耐えるため関節が強化されている、そして闇討ちのためにセンサー類が充実しているヒューマーなのだろう。

ジェイコブは素早く考えを切り替え、銃による制圧ではなく近接武器による制圧を選んだ。銃を捨て、ククリを右手に持ち直し突撃する。

敵は相手に左肩を見せるように横向きに立ち、バックラーと剣鉈を胸部の前で肘を曲げて祈るように構えて、これを迎え撃った。

“女の構え”か。西洋剣術かよ。だがな、甘いぜ。

ジェイコブは相手に右肩を見せるように右手を左側に引いた。そして思いきり右腕を振るった。敵はそれをバックラーで防御し同じ軌道で剣鉈を横に振るった。が、それをジェイコブは鉤部が下になるように腕を曲げ、ククリで防いだ。右手を引いたときに持ち替えたのだ。

そして腕のスナップと鉤部を使って剣鉈を弾き、右肩を使って体当たりした。相手が崩れたところで相手の右足を狙ってククリを振るった。膝が折れ、跪く。バックラーを持ち上げ頭上の攻撃を防ごうとしたが、蹴り倒される。仰向けになったところで、頭部を潰された。次は右肩左肩。次いで左脚。おまけに脇腹を突いて腹部にあるはずの動力源を仕留める。ここまでの工程を実に手際よくジェイコブはやってのけた。

恐らく相手は外界の情報を遮断され、機体もろくに動かせず、いつ殺されるかもわからない恐怖に襲われているだろう。

時間がないんでね、すぐに楽にしてやるさ。

再び人間の血を吸ったククリを引き抜き、まだ残っている敵に狙いを定める。

そして同じことを繰り返す。何度も、何度も何度も何度も何度も。

10分もかからず全てが終わった。あたりには破壊されたがまだ熱を帯びている敵であった残骸がいくつも転がっていた。全て近接武器によってコックピットを破壊されていた。奇襲者の中に生存者はいなくなった。

最後に残っていた敵は相手の持っていたハルバードで右腕の付け根から左腕の付け根にかけてコックピットもろとも突き通して倒した。ククリの鉤部はとうに取れ、途中から使っていた敵の戦斧（バトルアクス）も柄から折れた。左手首は全壊寸前だったので何体目かのときに敵の関節部から中を破壊するのにくれてやった。

ジェイコブは右手の甲で額を拭った。

「久々にこんなに動いたぜ。これで終わりじゃないだろうな、アクサイチン。俺はまだ殺（や）り足りないぜ。俺に見せてみろよ。本当の地獄をよ」