第五章 鈴間屋拓郎は野望を語る(2)
古びた工場の扉を、アリスは躊躇うことなく開けようと手を伸ばす。
「お嬢様っ、私がやりますから」
なにか出て来たらどうするのだ。なんで今日に限って自分で開けようとするのか、いつもなら開けさせるくせに。
「ん」
アリスが素直に横にずれるので、ゆっくりと銀次は扉を開ける。
そっと中をのぞいたが、特になにかが飛び出して来る気配もない。
ないが、中にきっといる。Xが。
片手で軽く腹部にふれる。自分の中のXがざわめいている。少し大人しくしていろよ、と言い聞かせる。
研究班が作ってくれたデバイスは、普段は銀次の体内に埋め込まれている、というか取り込まれている。最初は外付けのベルトだったのだが、変身して戻る時にどうやらメタリッカーの要素と一緒に体内に組み込まれてしまったのだ。変身するときにだけ、そとにでてくるようになっている。そのデバイスのおかげでメタリッカーに勝手に変身すること、暴走することを防いでいるが、だからと言って油断ならない。
ここは諸悪の根源である鈴間屋拓郎の手の内であるのだから。
「さて、入りましょ?」
なんでもないようにアリスが言うから、慌てて、
「お嬢様っ、私が先に行きますから」
前に立つ。自分が車椅子を押すことも考えたが、前にいた方が安全だろう。アリスが一度目を見開くから、出過ぎた真似をしたかと思ったが、
「ん、ありがと」
なんだかちょっと嬉しそうにアリスは頷いた。何だソレ。
ゆっくりと中に入る。
「……今更ですが、入っていいんですかね、勝手に」
薄暗い中をゆっくり進みながら呟く。
「不法侵入とかじゃ……」
「勝手じゃないから平気」
「はい?」
「ここ、もともとはうちの持ち物だから。今はもう使ってなくて、取り壊すのにもお金かかるからってくそ親父が放置しているだけ。私はなにか別のことに使った方がいいって、ずっと言っているんだけど」
なんでもないようにアリスが答える。
「……なるほど、さようでございますか」
さすが鈴間屋。
しかし、普段使っていないが鈴間屋の持ち物であるとするならば、拓郎が好き勝手使っている可能性も高いのか、とよりいっそう警戒を強める。
中央まで進んだところで、銀次は足を止めた。
「白藤?」
共鳴、している。すぐそこにいる。Xが。それも一体ではないはずだ。
腹部を押さえて、体を曲げる。
痛い痛い痛い。
「どうかしたの? 大丈夫?」
アリスの心配そうな言葉に返事が返せない。
考えてみたら、メタリッカーに変身せずにXにここまで近づいたことがこれまでなかった。
耐え切れなくなってしゃがみこむ。
はやくだせと外にだせと、体内でメタリッカーが叫んでいる。
はやく外に出して自分以外のXを駆逐したい、と叫んでいる。
「白藤!」
きっと変身してしまえば楽なのだろう。そうして近くに居るXを倒してしまえば楽になるのだろう。容易に想像できる。
誘惑される。変身してしまえと。
だけど。
「白藤!」
必死に名前を呼んで、心配そうな顔をして、手を伸ばして背中をさすってくれる。彼女の前で変身したくない。ばれたくない。
耐えなければ。
ぐっと奥歯を噛み締める。
「……強情だねぇ、白藤」
声がした。
アリスの声ではない。男の声。
「……くそ親父っ」
忌々しげにアリスが叫ぶ。
いつの間に現れたのか、少し奥に鈴間屋拓郎が立っていた。
「久しぶりだね、アリス」
「あんたが白藤に何かしたのっ」
「それが父親に対する口のきき方か?」
「今更父親面しないでよ、くそ親父」
アリスが銀次を庇うように前に出る。
危ないからさがって。そうは思うものの声が出ない。
なんとか震える片手を伸ばして、アリスの右手を掴んだ。
「白藤? 大丈夫?」
それをどう受け取ったのか、アリスは車椅子から身を乗り出し、銀次の顔を覗き込んだ。
「白藤?」
「白藤なら大丈夫だよ、アリス」
「あんたは黙ってなさいよ、くそ親父」
アリスが威勢よく吠える。
「だから白藤になにをしたのかって訊いているのよっ、はやくどうにかしなさいよっ」
「うーん、話すことは吝かではないんだが、話すと長くなるなぁ」
「はやくしなさいっ」
アリスの恫喝を受けて、拓郎は仕方ないなぁと呟くと、ぱちんっと指を鳴らした。
「ぐっ」
瞬間、Xの気配がより強くなって、メタリッカーもよりいっそう暴れ出した。口から思わずうめき声が漏れる。
「白藤っ!」
アリスが殆ど悲鳴に近い声をあげる。
「あれ、これでもまだ耐えるんだ? 思ったより、耐性ついているなぁ。もう殆ど乗っ取られたころだと思ったから呼び出したのに。あ、シュナイダーの差し金か」
拓郎がのんびりと呟く。
「何をわけのわからないことをごちゃごちゃとっ!」
アリスは拓郎の方を振り返りながら叫び、
「っ!」
ひっと悲鳴をあげた。
鈴間屋拓郎の周りを取り囲む、数体の異形の化け物を見て。
「……X?」
アリスが小さく呟く。
「ああ、そうだよ。これが世間を賑わせているXだ。実物は、初めて見るかい? アリス」
「……なによ、それ」
怯えたようにアリスが呟き、少し身を引く。
銀次は掴んだままだったアリスの右手を、なけなしの力で強く握った。
「白藤っ」
泣きそうな顔でアリスがこちらを見る。
痛みに耐えながらも顔をあげて、小さく一度だけ頷いた。安心させるように。
「うっ」
けれども、すぐにまた痛みに襲われて目を閉じた。
出せ出せと、メタリッカーが叫ぶ。そうはさせない。そんなことになったら、拓郎の思うつぼだ。
一瞬だけだったが、銀次と目をあわせたことでアリスは些か落ち着いたらしい。
「説明しなさいよ、くそ親父。それはどういうことよっ」
いつもの調子で叫んだ。
ただ、それが虚勢なことは、彼女の震える手が伝えてくる。
「なんなの? こんな廃工場に呼び出して。Xなんか周りに従えてっ。なんでそんな、悪の軍団の親玉みたいなことをっ」
「ああ、それだよ」
アリスの叫びを、のらりくらりと拓郎は交わした。そして代わりにぽんっと手を打って、微笑む。
「はぁ?」
「それだよ、アリス。悪の軍団の親玉、だ」
鈴間屋拓郎は、まったく場にそぐわないのんびりとした口調で続けた。
「Xはね、アリス。私の発明品なのだよ」
そうして勝ち誇ったような顔で告げた。
「は?」
怪訝な顔をするアリスに、拓郎はいつかの、あの日シュナイダーが読み上げた手紙に書いてあったことと同じ説明を始める。自分がXを見つけた過程を、世界征服を企んでいることを。さらには、今ではXをてなづけ、命令に従わせることができるようになったことまでも。滔々と拓郎が演説する。
「……なるほど。わかったわ。つまり、一連のことはあんたの仕業なのね?」
その一連の説明を聞き終わり、アリスは拓郎を睨みつける。
「このっ、大バカくそ親父っ。なんでこんなことをするのよっ! 世界征服ってなに、バカじゃないの? っていうかバカでしょう! こんなことして、一体何になるっていうのよっ! 何がしたいのよっ!」
体全体を使ったような大声で叫んだアリスを、
「美里のためだ。わかるだろう?」
拓郎の淡々とした声が静めた。
鈴間屋美里。鈴間屋拓郎の妻で、アリスの母親。
「……ママ?」
か細い声でアリスが呟く。
「ああ、Xは素晴らしいと思わないか、アリス? 生き物の形を変える。上手く扱えば、死者をも蘇らせることが出来るかもしれない。美里がいなくなってから、私の世界は死んだようだった。彼女に生きていてほしかった。それはアリス、お前も一緒だろう? 私の最終的な目標は、美里を生き返らせることだ。世界征服は、その手段にしか過ぎないのだよ。人類全体を使って、Xの研究を進める。世界は私の研究所だ。美里さえ生き返ってくれるのならば、世界ぐらい安い物だ」
堂々と拓郎は宣言した。
そっかなるほどね、と小さく呟いてアリスは左手で顔を覆った。一瞬見えた横顔が、なんだか泣きそうに見えて、
「……おじょう、さまっ」
なんとか声を絞り出して呼ぶと、その右手をひっぱる。
アリスは顔をあげない。
不安が胸を過る。まさか今の演説で、説得されたわけじゃないよな?
「ああそうだ。わかったなら、アリス。さぁ、手伝いなさい」
拓郎は両手を広げてそう言った。
「そうね」
アリスは顔をあげて頷くと、銀次の手を振り払った。
「っ、あり、すっ」
それに思わず名前を呼ぶ。掠れた小さな声は届かない。
そっちに行く気ではないだろうな。
もう一度手を掴もうとなんとか腕を伸ばすが、アリスが車椅子を前進させたことで、その手は空を切った。
アリスは拓郎を見据えると、勢い良く車輪を転がす。
拓郎に向けて。
そして
「寝言は寝てから言いなさいよっ、このくそ親父っ!」
叫びながら殴りかかろうとする。
拓郎が右手をあげたことによって指示されたのか、Xの集団がそれを阻止しようと、アリスに襲いかかり、
「お嬢様っ!」
メタリッカーがそれを阻止した。
「……メタリッカー?」
アリスが小声で呟く。
ぎりぎりのところで間に合った変身で、一番手前のXを蹴り倒し、アリスの腕を掴むと抱き寄せるようにして庇う。
主を失った車椅子が、音を立てて倒れた。
「いたっ」
思わずでたようなアリスの悲鳴に、慌てて掴んでいた腕の力を緩めた。軽く掴んだだけなのに、力が強かったらしい。つくづくこの体は化け物だ。力が強過ぎる。まったくどこまでも、化け物だ。
しかし今はそんなことを考えて、憂いている場合じゃない。
力を加減してアリスを抱えると、X達から距離をとりなおした。
XはXで、拓郎からの指示があったのか動きを止める。
「え、なんで? っていうか、お嬢様って……」
腕の中のアリスが呟き、メタリッカーの腕をとる。
「こちらを向きなさいっ」
いつものような命令口調で言われて、思わず彼女の顔に視線を合わせてしまう。
驚きが滲んだ顔で、じっと見つめられる。
どきり、とする。それは嫌な意味で。
心臓が冷や汗をかく。
ここにくる時に、ばれることを想定していなかったわけではない。覚悟していなかったわけではない。わけではないけれども、
「……白藤、なの?」
アリスが、さっきまで後ろにいたはずの男の名前を呼ぶ。
実際にバレてしまうと、気持ちは波立つ。
「はははは! それも私の発明なんだよ、アリス!」
拓郎が高らかに宣言する。肯定しやがってくそったれ。
ああ、ついにバレてしまった。
アリスの大きな瞳が、さらに大きく見開かれてただ呆然とメタリッカーを見つめる。
銀次はそっと下を向いた。
さぞかし怯えられることだろう。化け物だとバレて。
「あんたが、そんな……」
アリスがメタリッカーとなった銀次を見ながら小さく呟く。
「お嬢様、その」
何か言い訳しようと口を開きかけ、結局何も言えなかった。
まぎれもない事実だからだ。銀次がメタリッカーなことは。
アリスは一度視線を床に落とし、いらただしげに地面を睨みつけ、
「ふざけないでっ!」
顔をあげると同時に一声吠え、
「あんたがあんたがあんたが!!」
銀次に抱えられたまま、拓郎に向かおうと身を乗り出す。
「ちょっ、お嬢様危ないです! 落ちます!」
「白藤!! あんたも怒りなさいよ! こんな! ……なんで言わないのっ!」
叫んだ彼女の目は涙に濡れていた。
それに心臓がざわめく。
「……お嬢様?」
「言いなさいよ、ばかっ。あんたが隠していたのはこれなのっ!? なんで言わないのっ、なんで怒らないのっ!」
大粒の涙をこぼしながらアリスが叫ぶ。
ばかばかばかばかばか、と叫ぶとメタリッカーの胸元を拳で何度か叩く。
「お嬢様っ、手、怪我してしまいます!」
我ながら硬い外装に、慌てて彼女を止めようとする。
「アリス」
拓郎が名前を呼ぶと、アリスは睨みつけるような鋭い眼光で拓郎を見た。
「返事をきかせなさい。こちらにきなさい」
「お断りにきまってるでしょうこのくそおやじっ!!」
大声で斬り捨てた。
「そうか」
拓郎は特にがっかりした様子も見せず、淡々と頷く。
「まあお前は白藤が昔から好きだったから、こうなるだろうな、とは思っていたがな」
だが、とそこで声色を一変させる。ぞっとするほど冷たい声。
「ということは、お前は美里ではなく白藤を選んだということだ。美里の娘のくせに。そんなもの、要らない」
ぱちり、と拓郎は指をならした。
ざわりと危機感に肌が粟立ち、銀次はアリスをかばうように抱え直した。
「そんなもの、死ねばいい」
冷たくそれだけ言い放つ。
ひっと、腕の中でアリスが悲鳴をあげた。
同時に、周りで控えていたX達が、銀次達の方に向けて突撃してきた。
「くそっ」
銀次は舌打ちすると、
「お嬢様っ」
倒れた車椅子を起こすと、そこにアリスを乗せる。やや乱暴になってしまったが、許してほしい。
「離れて! どこかに隠れてっ!」
言いながら迫って来たX二体を蹴り倒す。
アリスが動く気配はない。恐怖かなにかで縛られている。
「何をぐずぐずしてるんだっ、はやくしろっ!!」
今度は強い口調でそう叫ぶと、アリスは、
「は、はいっ!」
裏返ったような声で返事をして、慌てたようすで離れていく。
それを追おうとしたXを殴り飛ばし、一方でこちらに迫ってくるXに頭突きをかまし、
「ああもう、埒があかねぇ」
ぼやくと、腹部に現れたデバイスを操作した。
「レーザーソード!」
呼び声に反応し、デバイスから光の剣が現れる。
必殺の武器だ。ただのキックやパンチでやるよりも早い。
「とっとと決めてやるっ」
ただあまり使いたくなかった。メタリッカーのパワーを大量消費するから。メタリッカーに体を乗っ取られる未来が近くなるから。だけれども、そんな我が侭言っていられない。
遠い未来の危難よりも、目先の危難だ。急迫不正の侵害だ。
精神を集中させる。
レーザーソードがより光を強くする。
気合いを入れて叫び、
「メタリッカークラッシュ!」
ソードを振る。まず横に一閃させ、次は縦に。
斬られたX達が、少しの間を置いて崩れ落ちた。そのままその体は砂のようになり、霧散した。
数が多過ぎて、まだ数体残っている。
一度舌打ち。
気合いを入れ直し、もう一度、
「メタリッカークラッシュ!」
ぱっと残りのXが消え去る。
それでも油断せず辺りを見回すが、周りにXの姿はない。銀次の体の中の、メタリッカーも、もはや共鳴をしていない。近くにはいない。
「! 旦那様っ!」
諸悪の根源のことを思い出し、視線を奥に向けるが、そこにはもう拓郎の姿はなかった。逃げられたか、と舌打ちする。
振り返ると、残されていた机の陰に隠れるようにしてアリスが見ていた。
無事のようでよかった。だけれども一体、このあと、どういう顔で接したらいいものか。
アリスの顔から、彼女の思いは読み取れない。驚きのあまりか、無表情になっている。
とりあえず銀次は変身をとき、アリスの元に駆け寄った。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫」
意外にも、アリスはいつもと同じテンションで頷いた。露骨に怯えられたりしなくて、それに少し安堵した。
「……だけど、白藤、あんた顔色が」
アリスの言葉は、最後まで聞けなかった。。
それはよかった、と微笑んだ銀次は、そのままふらりと倒れ込んだ。
「白藤っ? 白藤!」
遠のく意識の中、アリスの声が耳に残った。
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