牧場の生活(10)

 相棒とポレットの仲はさらに深まった気がする。

 非常にいい傾向じゃん。場合によっちゃ宿探しで夜が更けるような旅路だ。気の休まる牧場は、心を癒すのにおあつらえ向きだと思う。


「えー、無理無理。私にこんなかわいいの似合わないって」

「駄目。女の子なんだから時にはおしゃれを楽しまないといけないわ」

 牧場娘はいつもシャツにズボンだもんな。

「リーエみたいに美人なら必要かもだけど……」

「関係ないの。今度はこれ着てみて」

 女の買い物は長い。俺の心は癒されずにささくれ立っていってるぞ?


 今陽きょうは午前中からホルムトの街区へと繰り出してる。たまには息抜きに遊ばないとってリーエに誘われたポレットは、嫌々ながらって振りをしてるが浮かれた匂いを発してる。


「甘い。でも、美味し」

 俺にもひと口くれよー。

「さすが競争率の高い都会の菓子店ね。高級店じゃなくてもこの味を出すとは」

「言ってる言ってる。評論家みたい」

「あら、わたしは味にうるさいのよ。高級店だって知ってるもの」


 買った服に着替えてラウディとシュリフに横座りで揺られている二人に視線を奪われる雄は多いな。相棒は結構な別嬪だし、顔立ちで劣るらしいポレットも非常に発育がいい。


「やあやあ君たち、本当に綺麗だね。良かったら、僕に食事をご馳走する栄を賜ってもらえないだろうか?」

「ひゃっ! ちょっ!」

 真っ赤だぞ、牧場娘。

「間に合ってるから次の機会にしてくださらない?」

「そう言わずにお付き合い願えないかな?」

 相棒は嫌がってんじゃん?


 成金趣味な馬車から降りてきたのは、どこかの商家のドラ息子か? 雌に目を眩ませてないで修行しろ、修行。


「絶対に後悔させないからさ。すっごく美味しい店を知ってるんだ」

「しつこくすると、彼が黙っていないと思うわよ?」

「彼? どこに居るんだい? 君みたいな素敵な人を放り出してる男のことなんか忘れて、僕に付き合ってよ」

 ようよう、兄ちゃん。俺の雌になんか用かぺろーん。

「ぎゃひっ! なんだこの犬ー!」

「わたしの彼だけど?」

「冗談やめてー!」


 なんだよ。ちょっと後ろ脚で立ち上がって頬っぺた舐めたくらいで逃げていくなよ。美味いもんなら俺に奢ってくれてもいいんだぜ?


 駆け去る馬車を指差して二人して笑ってんじゃねえか。


   ◇      ◇      ◇


「わあ、ナーフスも安ーい!」

 ずいぶんな数並んでるじゃん。

「中隔地方にはそんなに出荷されてないのかな?」

「高価なわけじゃないんだけど、数はあんまりね。伝手が無いとなかなか口にできない感じ?」

「そっかぁ」

 親父さんの伝手でたまに食ってたけどな。

「いっぱい買っちゃおー!」

「いいのいいの? そんなに散財して」

「大丈夫。結構稼いでるんだから」

 主に魔核と毛皮でな。俺と相棒の共同作業だ。

「モノリコートも豊富だし、素材用のモノリコ粉末まで売ってるとか思わなかったわ。欲しいものいっぱいで困っちゃう」

「商人の娘なんだから、金銭感覚はリーエのほうが上だし問題ないとは思うけどさー」

 なあなあ、あそこの隅でさっきのモノリコート、ちょっと食おうぜ。くれよー。


 商品はリーエの反転リングにどんどんと吸い込まれていってる。それを見てりゃ、店員の売り込みも激しくなるけど、その辺はきっちりしてるんだぜ。本当に要るもんしか買わない。


明陽あすねむり。いいこと思いついちゃった」


 なんか美味そうな予感がするじゃん。


   ◇      ◇      ◇


 おおお、これはヤバいって。とんでもないものを生み出しちまったな、相棒。

「すごーい。キグノのぺろぺろが止まらない」


 チーズ棟の子供に声掛けしていたリーエは、屋外の竈をウッドに借りて、鉄板を熱してる。コンロに掛けた大鍋では大麦の粥が煮られてカシナ小麦も加えられた。相棒は大麦クリームを作る気なんだ。

 調理士志願の子供には手分けしてモノリコート生クリームを量産してもらってる。残りには大麦皮の作り方を実践してみせて、作れるようにした。手慣れているだけ憶えるのも早いし手際もいいぜ。

 そこへ妙案の投入だ。クリームを搾りながら薄切りにしたナーフスを仕込んでいってる。それは禁断の技だった。


「ふわあ、これはとびきりだね」

「ちょっと、リーエちゃん。これは商品レベルでしょ?」

 ナネットも虜になってるな。子供たちは言わずもがなだぜ。

「えへへ、やっぱり? この組み合わせには自信があったんです」


 モノリコート生クリームは甘さをちょっと控え目にして苦みとコクを際立たせてる。その生クリームもここアリスタ牧場の産品。コクの深さは他の比じゃない。

 そこにナーフスのねっとりとした甘味と程よい酸味が加わるからいけない。口の中で奏でられるハーモニーはすさまじいレベルに達してやがる。

 こんなもん食わされたら、俺の舌の筋肉が発達しちまうだろ、相棒。


「これは素晴らしいわね、リーエ」

「おばさまにも褒められちゃった。嬉しい」

「お世辞じゃないのよ。本当にすごいわ」

 だろ、ビビアン?

「今度の視察のお客様にお出ししても恥ずかしくないくらい」

「視察ですか?」

「母さん、ルテヴィ殿下が来るの?」

 殿下? 大物か?

「そうよ。これのこと、お話ししてみる?」

「やった! 喜んでもらえるかなぁ?」


 おいおい、妙なことになってきたぜ。皮までぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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