牧場の生活(1)
「犬?」
「犬みたい」
「犬かも」
犬犬うるせーな。
「狼違うのん?」
「狼っぽい」
「狼かも」
中間だよ。
「犬の匂いだし」
「狼の匂い知らなくない?」
「狼犬かも」
いや、合ってるけど、お前意見変えすぎ!
目の前にでかい顔が大量に並んでる。それもそのはず、全部牛だもんな。それも仕方ない、ここ牧場だもんな。
俺と相棒、ラウディはホルツレイン王国の王都ホルムトにやってきた。目的地は北だけどさ、移動しやすい幹線街道ってやつは主要都市を繋げてる。北向きの幹線街道もこのホルムトから伸びてるんだから立ち寄らざるを得ない。
まあ、物見遊山なところもあるぜ。今や大陸に名だたる二百万都市ホルムトってやつに興味はあるじゃん。
魔境山脈横断街道をのほほんと西に向かっていくと、まずはホルツレイン王宮が見えてくる。その上端、白亜の宮殿と呼ばれるそこは確かに真っ白で、遠くからでもよく目立つし。
相棒とぽやんと眺めてたら、通り掛かりのおっさんが教えてくれる。作りは他国の王宮と似たような土魔法による高層建築物だけど、外側に白い粉末を吹き付けて魔法で固めて白塗りにしてるんだとさ。
ペラペラと説明してくれるところをみると、おっさんは俺たちを旅人と見て、自国の繁栄具合を自慢したいんだろう。王国が王宮を綺麗に塗りたくるのは権威の象徴として金を掛ける価値があるからだとしても、そこの住人でない国民にとっても自慢できる場所であるのは大事なのかもしれないな。
更に近付いて、長大な街壁までも遠望できるようになると、その中にどんな家並みが広がっているのか想像して心躍る気持ちになる。相棒もわくわくして鼻歌を口ずさむほどだったんだが、途中で他に興味を惹くものが目に入ってしまう。
それは見渡す限り延々と続く木柵だった。そんなに見慣れない光景じゃない。ザウバにだって
ただ、それがここホルムトを模倣したものだと知ってるだけに、本場のそれには一見の価値があると思えてしまったんだろうな。何かに引っ張られるようにリーエは木柵に近づいていったし、俺もそれに続くのに何の疑問も無かった。
ところが、見学に赴いたつもりが、結構な数の牛にたかられて見物されている。俺たちはそんなに面白い見世物か?
「ちょっとちょっと、あんたたちどうしたのさー。あれ? 君、お客さん?」
「あ、ごめんなさい。遠目に眺めるだけのつもりが、この子たち、なぜだか知らないけど寄ってきちゃって」
人間の若い雌にしちゃ、ぞんざいな口の利き方をするのが妙だけど、見た目は相棒と同じくらいに見える。牧場で働いてるんだろうか?
「あはは、こいつら結構好奇心旺盛なのよ。珍しいものが見えるとすぐ集まっちゃうからね」
「すみません、お邪魔して。すぐに行きますので」
「そんなに気を遣わなくて大丈夫。じきに飽きちゃうから解散するよ。それに同い歳くらいでしょ? もっと普通にしゃべって」
おいおい、お前も好奇心旺盛じゃん。
「そうみたい。わたし、フュリーエンヌ。流しの治癒魔法士で冒険者をやっているの。リーエって呼んで」
「うんうん。私はポレット。ポレット・アリスタ」
「あ……」
相棒が戸惑ったのは、娘が家名を名乗ったからだ。
家名を持っているのは第一に貴族。他には平民でも政務に携わっている家系の人間。大きな商家の血縁者。その辺りに限られる。つまり、それなりに地位のある人間の証明になる。
それくらいは俺も親父さんに聞いて知ってる。
「家名のことは気にしないでほしいな」
「でも……」
「ここの牧場管理をしている三家は、みんな王家の方々からお名前を賜ったの。経済発展に寄与したとかでね。うちだってお爺ちゃんの代から名乗っているだけの家名。ただ、記憶に残りやすいから名乗ったつもりなんだ」
そっか。友好の証か。
「ずっと牧場で働いてるから、同じくらいの年頃の友達に飢えてるの。迷惑かな?」
「ううん、そんなことないわ、ポレット」
「よかった」
ポレットは乗ってきた
「この大きな牧場を、たった三家族で運営しているの?」
三家っていうからにはそうなんかな?
「まさか。そんなの無理無理。だってここ、千頭以上の黒縞牛がいるんだよ。朝夕の搾乳の時には、ルドウの子たちが作業しに来るんだ。昼間は少なくて、この時間帯は作業場でチーズ作りをしている子たちだけ」
チーズだと?
「そうなの。ここもやっぱりルドウ基金が関わっているのね」
「知ってるの?」
「うん、ザウバの……、メルクトゥーの王都にも似たような牧場があって、そこでも託児院の子供たちが手伝いに出てる。王国運営だから相当数の職員さんが居るけど」
あそこは大規模施設だもんな。
「知ってる知ってる。でも、ここはルドウ基金の直轄運営だから、主に働いてるのは彼らなの」
「ちょっと違うのね」
なるほどな。
ところで、たまらない匂いなんだ。一口頼んでくれないかな、相棒つんつんつつんつーんつんつん。
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