いたずらな恋(1)
「次の町に着いたら、少しゆっくりするね」
それがいいかもな。
「
思いっ切り感情を揺さぶられたリーエにはしばらく人間の暮らしがしてほしいもんだと思ってる。本人もそれがわかってるんだろう。
街道をずっと南下すると宿場町が見えてきた。新しい宿場町で名前はブロームスフィード。東の露天鉱床の採掘に合わせて整備された歴史の浅い宿場町なんだぜ。
親父さんと旅暮らしの頃に何度か泊ったことがあるけど、その時は単なる通過点に過ぎなかったからあまり記憶に残ってないな。
そこの冒険者ギルドで贈り物の魔核を換金したら結構な額になった。その気ならゆったりとすればいいと思ったけど、最近になって習慣づいた所為でつい依頼掲示板に目を通す。
「キグノ、治療院から治癒魔法士の依頼があるね。行ってみてもいい?」
行きたいんなら付き合うぜ。
しっかりと尻尾を振れば伝わるだろ。
正直、宿を取ってぼけっとしてるより、今は大勢の人間に接したほうがいいじゃん。そのほうが意識を人間社会に引き戻せるだろう?
旅宿だけ風呂付の良い所を確保して、小麦粉だの大麦だのといった食料をしっかりと補給したら、依頼票を持って治療院に向かう。冒険者としての依頼だから短期でも以前みたいに撥ね付けられたりはしないだろう。
「ずいぶんと若い娘さんだね。器量もいいから願ったり叶ったりだ」
「特に期間は決めてませんがあまり長くはならないと思うんですけど?」
「構わないよ」
ギルドへの依頼だもんな。
「でも、いいのかね? 身なりも整ってるし、そんなに生活に困ってるようには見えないんだがね」
「ああ、これですか」
コビントスと名乗った院長は相棒を観察してる。特に左腕を見ているところをみると、高価な反転リングを幾つも持っているのが気になったんだな。
「依頼票通りの給金しか出せないがね」
「これは交易商だった父の形見なんです。旅にも便利だし、できるだけ身に着けておきたくって」
「これはしまった。悪いことを訊いたね」
人間相手の商売だ。身に着けてるもんも気になるよな。
「いいえ。それに、確かに生活には困ってません。でも、この治癒の力を授かった以上は、多くの方にお分けするのが筋だと思っていますので」
「見上げた心意気だ。立派なお嬢さんに育ってお父上も喜んでいるだろう」
「ただ、了承いただきたいことが一つだけ」
そいつが問題なんだな。
「彼、キグノは
「問題ないんだろう? 今も大人しいし」
「まあ、そうですが、普通は……」
このおっさん、変わってんじゃん。
「なら彼は良い魔獣なんだろう。人間と共存できる魔獣は良い魔獣だと武神様もおっしゃっておられる」
「あれ? 院長先生は武神教をお信じになっておられるのですか?」
「私だけじゃなくて、ブロームスフィードの住人のほとんどは武神教の教えに従っているよ。だから、君のように自己を磨き、助け合う姿勢の人は非常に好ましいね」
「わ……。この町って、武神教信者の町だったんですね?」
こいつは驚きだ。渋るかと思った最悪の条件を、何のてらいもなく受け入れやがった。意外も意外だぜ。
「短い付き合いになるかもしれないがよろしく頼むよ。そちらの彼もな?」
おう、相棒を頼むぜ、気のいいおっさん。
「どうかよろしくお願いします」
二つ返事で治療院の勤務が決まっちまった。
◇ ◇ ◇
「聞いたかもしれないけど、ここは東の鉱床勤務の人間が出入りする町なの」
「知っています。六
「それなら事情も分かっていると思うけど、鉱員たちっていうのは荒くれ者が多くてね、色々と揉め事も絶えないし、それなりに怪我人も出るの。だから常に冒険者ギルドには依頼を出してるのよ」
それで親父さんはここに長居したがらなかったのか。子供連れには向かないもんな。
相棒を案内してくれているのはアローラっていう、ここの専属治癒魔法士だ。雄の患者連中が目で追ってるし、しきりに声も掛けているってことは別嬪なんだろう。それがリーエと並んでいるんだから今は注目の的じゃん。こいつは忙しくなりそうな予感がしてきたぜ。
「治療だけ済んだら後でみっちりと絞り上げてやるからな。忘れるな?」
なんだこりゃ。
「分かってるよ。あんたにゃ逆らわないから」
「それでいい。ああ、アローラ。いつものだけど頼めるか?」
「ええ、すぐに」
この兄ちゃんは馴染みらしいな。
「駄目ですよ! お怪我なさっている方を乱暴に扱って!」
「いや、こいつは……」
「
相棒の
「すげえ! 一瞬だ!」
「君は何なんだい?」
「あなたこそ何なんですか!? 乱暴な!」
待ってやれ、リーエ。こいつの服装はあれじゃないか?
「ごめんね、フュリーエンヌ。彼はこの町の衛士なの。王国衛士」
「へっ? ひゃっ! ごめんなさい!」
やらかしたな、相棒。手汗がすごいぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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