聖騎士伯フラグレン(4)
町屋敷に到着して居間に通され、お茶を前にして相棒は昼間の経緯に関して質問する。あんな王都近くまで変異種に入り込まれるとか、誰でも変だと思うよな。
あの
ところがギルドの送り込む冒険者が次々と返り討ちに遭う事態に至っては王国も黙ってはいられないってもんだ。討伐命令がフラグレンに出たんだとさ。
そこでこの婆さんは一計を案じたってわけだ。
精鋭騎士を連れて討伐するのは難しくない。それじゃあ面白くないってんで、若手騎士の訓練に利用してやろうと画策。最悪自分が前に出て討ち果たせばいいから、まずは騎士たちに任せたそうなんだが、これが予想以上に不甲斐なかった。
馬車から騎士たちの奮闘ぶりを眺めていたそうだけど、そろそろ出番かと思っていた頃に俺たちが横入りしてあのでかぶつを仕留めちまったってわけなんだな。
要するに俺は余計なことをしたんじゃないかと思うんだけど、フラグレンはいい刺激になっただろうって言ってくれた。
「それで聖騎士伯様はどうしてわたしたちをお連れになったのですか? お言葉だけでも十分に満足なのですけれど」
「フラグレンでいいわ。言葉だけでは貴族の名が廃るじゃない? きちんとお礼がしたかった……、というのは建前で、本当は興味をそそられたから」
おおう、歳は食っても雌の流し目は怖ろしいぜ。
「魔獣が生活の中に入り込みつつあるといっても、こんな大型魔獣を連れ歩く、それも年頃の娘なんていないものよ。そうでしょう?」
「フラグレン様はキグノが
「そんな風には見えないのだけれど、あなたが言うにはそうなのでしょうね?」
婆さんは、カーティアの寝床と化しちまった俺を撫でながら覗き込む。藍色の瞳を見て頷いたところをみれば納得したんだろうな。慣れてやがる。
「信じてくださるかどうか分かりませんが、キグノとわたしはずっと一緒に暮らしてきたんです」
「あら、それは面白い幼馴染ね」
「はい。でも、やっぱり魔獣だってことは隠し続けていたんです」
リーエはステインガルドの生活を捨てて旅に出なくてはならなくなった経緯を話す。突然、親父さんが亡くなって日常が壊れるところから全てをだ。
「ああ、あれはあなたのお父様のことだったのね?」
知ってるのか?
「何かお聞きになったのですか?」
「ええ、ザウバとの街道筋に盗賊団がいるらしいって話が王宮まで上がって、今どき珍しい大規模盗賊団の存在が疑われたの。もし、被害が拡大するようだったらわたくしが出動する手筈になっていたのだけれど立ち消えになったわ」
リンデルが犯人だったからな。
「あとで、それを聞き及んだ商業ギルド長が平謝りをしにきたの。単なる誤報ならそんなに気にする必要は無いと思ったのだけれど、あれは身内の恥を隠したかったからなのね」
「衛士隊の方々には本当にお気遣いをいただいて感謝しています」
「それから戻ってすぐに村が魔獣に襲われるなんて不運が重なってしまったわね?」
相棒の顔色が悪くなる。完全に俯いてしまって、消え入りそうな言葉が零れだしてきちまった。
「……わたしの所為なんです」
待て! それは……。
「どうしてそう思うの?」
「わたしが日常に満足し切ってしまったから。なんの努力もしなくてもこの幸せがずっと続くなんて思ってしまったから、神様は罰をお与えになったんです」
リーエ……。
「煉獄に墜ち、泥濘に塗れ、そこから這い上がる努力をせよとおおせなのです。そして精神が浄化されたその時こそ真の幸せを与えるとお考えなのでしょう。そう思いました」
「そこまで……」
ソファーを立って移動したフラグレンは、はらはらと涙を零すリーエの隣に掛け直し、その肩を抱き締めてくれた。
そんなことを考えていたのか? 我慢してたんだな。俺じゃ思いをぶつけても答えは返ってこないもんな。きちんと言葉と態度で受け止めてくれる大人を探していたんだろうな。こんな時は犬に生まれたのが恨めしいぜ。
「そんな風に考えてはいけないわ。不幸な偶然というのは重なることもあるの。でも絶望しては駄目。あなたが求める幸せの場所へと背中を押してくださったと思うのよ。立ち止まらないでお行きなさい。あなたはこれからの人間なの。後ろばかり見てはいけないわ」
「はい……」
なあ、相棒。煉獄ってのはいつだって同類が作り出しやがるんだよ。俺のお袋を群れから追いやりやがった奴らのように。親父さんを殺しやがった奴のように。村から追い出しやがった奴らのように、お前を煉獄に堕とすのは神様じゃなくて人間だ。
でもな、相棒。幸せってのも同類がくれるんだよ。本当にお前を幸せにしてくれるのはきっと人間なんだ。そこに辿り着けるまでは俺が寄り添ってやるから負けるな。
そうだぜ、相棒。俺はもう心を決めたんだ。どこまでもお前の背中を押していくってな。今は煉獄にいるって思えるかもしれない。でも、引き摺ってでも幸せの場所まで連れていってやる。
もう泣くな。ほら俺と猫のダブルぺろぺろだぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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