湖のピクニック(2)
お昼まで遊んだ子供達は湖畔に上がって身体を乾かしてる。いよいよ昼メシだぜ。
相棒の反転リングからは次々と良い香りの漂う布包みが取り出されてる。この段階から香りまで楽しめるのは俺くらいのもんだぜ? どうだ、羨ましいだろう。
手渡された子供たちは包みを開けて歓声を上げてる。そりゃ、焼き立てのパンに採り立てのしゃきしゃきラタッチャ、そこに薫り高い自家製ハムが挟まってんだからな。堪んなく腹の虫を刺激するのは間違いないぜ。
こんな状況なんでリーエはおずおずとハリスにも包みを差し出す。専門家相手に尻込みしてしまうのは仕方ないだろ?
ところが、この雄は賜り物みたいに恭しく受け取ると口にし、相棒を絶賛する。まあ、その視線はハムサンドじゃなく相手の顔だけを向いているんだから推して知るべしだろ? 非常に分かりやすい奴だな。
もちろん俺にも分け前はあるぜ。しかも手ずからのお給仕付きだ。
サンドイッチを前脚で持って食うのは無理だからよ、リーエは右手で自分の分を食いながら、左手で俺に差し出してくれてる。それに嚙り付いてるわけだ。
ふむふむ、ハムも良い出来だな。塩加減も程よいし、肉もきっちり熟成されて旨味を増してやがる。ピリッと来るスパイスの利きも上々だぜ。ほのかに種類の違う旨味と酸味を感じるのは塩漬けしてた時に入れた果実酒の味か?
最後の仕上げの燻製の香りが最高だ。これのお陰で家は未だに煙臭さが漂ってるがよ、それだけの価値はあるってもんだ。その家の匂いだって相棒の鼻じゃもう感じられない程度だろうがな。
「美味しい、キグノ?」
美味いぜ、ルッキ。俺の舌も結構なもんだろ?
「あうー、くすぐったいよー」
そう言ったってお前もパントスも口の周りがパン屑だらけじゃないか?
「キグノ、お口大っきー。すごいねー?」
そりゃお前じゃひと抱えどころじゃ済まないだろ、パントス。
ふさふさの灰色の毛皮に覆われた俺の身体は、尻尾の先まで入れりゃゆうに
そのつもりで口を広げりゃ、人間の大人の頭だって余裕を持って齧れるんだぜ。ちびすけのお前の頭なんか簡単に口の中だ。そこには太くて長い牙まで生えてるじゃん。柔らかい子供なんかぺろりといただいちまう。でも、そんなことはしないから味だけ感じさせろぺろぺろ。
あっ、こら! 止めろ!
「すごいよ。牙、長ーい」
掴んで引っ張るな。お前の玩具じゃない、パントス。
「ものすごい牙。優しいけどわんちゃんなんだね、キグノ」
何だと思ってた、ルッキ。お前らの保護者なら横で笑ってるぞ。
「やめてあげてね、パントス。お口の中は大切なところだからキグノが困ってるわ」
助かったぜ、相棒。お礼をしてやろう。
リーエが膝に落としたパン屑を隅から隅まで綺麗に舐め取ってやる。うむ、欠片でも香ばしさは変わらないぜ。美味い美味い。
そんなのくすぐったがるなよ。そりゃ今は水着だから足は全部地肌だけどな。まったく人間ってのは毛繕いのし甲斐がない。一部しか毛が生えてないんだからよ。
毛繕いってのはお互いに親愛の情を表す手段なんだぜ? それなのに肝心の毛が無いときてる。どうしろって言うんだ?
一遍、薄紫色の髪の毛を舐めてやったら相棒は怒りやがったからな。それ以来、髪は舐めないよう気を付けてる。仕方ないから太腿を全部ぺろぺろしてやろう。
なにを身悶えしてるんだ、ハリス。ほんとに面白い奴だな。
「ああん、もう! べたべたにしちゃって」
そうは言っても顔が笑ってるぜ、相棒。やっぱり毛繕いは気持ち良いんだろ?
「また喉をぐるぐる言わせてる。本当にキグノはわたしのことが大好きなんだから」
俺の首周りはたてがみが生えてるからふさふさで、頬ずりすると気持ち良いだろ?
リーエが腰掛けてると、座ってる俺の頭のほうが上にある。抱き付けば顔は首のところってわけさ。今はそこに顔を埋めてる。
相棒は雌でも成長し切ってないからな。立っても頭のてっぺんまでで
スチレットの仕立屋で測った時に聞いたのは、胸周りが
あとは胴回りが
「美味しかったー! ありがとう、リーエ」
「どういたしまして」
そう言いながら相棒は胸に手を当てて軽く握り、その手を天に差し上げて開くと瞑目してる。ちびすけもそれを見て真似をした。
これは糧としてもらった魂を天に還す動作だって聞いた。人間ってのは面白い習性をしてると思ったもんだ。
よし! 腹ごしらえも済んだし、今なら乗せて泳いでも大丈夫な気がしてきたぜ!
来い、相棒! 安心して俺の背中に乗っ……、ぶくぶくぶくぶーくぶくぶく。
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