アルクーキーの陽(4)
うぐぅ。拳骨を落とされた。
でもな、相棒、ふざけているわけじゃないんだぜ。あのちびすけの兎に何ができるってんだ? 外に出たところで、露店の屑箱から野菜を拝借するくらいだろ。可愛いもんじゃないか。
「早く追い掛けて」
分かった分かった。しっかり匂いが付いているから見逃したりはしないって。
「こっちって教会のほう? あんな賑やかなところに?」
あいつ、変に人慣れしてやがるから潜り込んじまったか。本来は臆病なはずなんだがな。
「大変!」
厄介なことに教会の敷地は緑が多い。草むらのほうに入り込んで齧ってるのかもしれないな。
やはり匂いは塀に沿って施してある植栽へと続いている。本堂の前庭は振る舞い酒で盛り上がっている人間だらけだしな。
そいつらもあっちへふらふらこっちにふらふらとしているから驚いたんだろ。草を齧る間もなく逃げ惑ってんな。本堂のほうへと匂いが続いてる。わざわざ人の多い方向へ逃げなくてもいいものを。こりゃ、混乱していそうじゃん。
それで、選りに選って静かな本堂に入り込んじまったか。悪いことに扉も開放されてたんだな。
「嘘……。中まで入っちゃったの?」
ああ、この中だな。
「婚礼の儀は終わってるみたい。みんな、お祝いの言葉を掛けに集まってる」
相棒、あっちだ。妙な動きがあるぜ。
新しい人間の
「母ちゃん、兎がいたー!」
見つかってんじゃん。
「何言ってるの。教会の本堂に兎なんているわけないでしょ? それよりあそこに行ってお祝いを言ってきなさい。ラウワイの若旦那さんに憶えていただくのよ」
「でもー」
そんなやりとりがほうぼうで起こっているし。マズいなー。
「キグノ、早く見つけてあげないと」
まったくだ。どこに隠れやがった?
「もう! 椅子がいっぱい並べられてるから見えないとこだらけ!」
この中から探し出すのは骨が折れそうだ。って、ちょっと待て! 焦げ臭いぞ!
なりふり構ってなんかいられない。椅子をはね散らかしながら本堂の端のほうへと向かう。
そんだけ派手な音を立ててしまうと注目を浴びちまうが仕方ない。こりゃ緊急事態だ。何がどうなって焦げる匂いなんかしやがるんだ?
「あっ! あれ、煙出てる!」
声がでかいぜ、相棒。さっさと回収しないと。
大窓に掛けられている垂れ下がったカーテンの裾の中身がぱちぱちいってる。こいつ、怖がって発雷してやがるんだ。それでカーテンが焦げ始めているときてる。思ったより大ごとになってんじゃないか。
「お、おい! 燃えてるぞ!」
まだ燃えてない! 今のうちに引っ張り出せば済むだけだって!
「早く消せ!」
マズいな。俺が吠えて警告してるようにしか聞こえてないぜ。
「水だ! 水を持ってこい! 消すんだ!」
馬鹿! それだけは止めろ! 今、水なんか掛けたら!
人間たちが泡を食って右往左往してる。その中で気が付いた奴が花瓶の中身を花ごとカーテンにぶちまけやがった。悪いことに、他の奴も真似してそこら中の花瓶を持ってきてはどんどん掛けてる。
ばちっ!
「ぎゃー!」
俺はもう何が起こるか分かっちまったから、相棒を身体で止めるのでいっぱいだ。
「ひっ!」
「きえっ!」
馬鹿な人間どもが濡れた床の上で奇妙な踊りを踊ったかと思うと、ばたばたと倒れて痙攣してる。感電したんだ。それを見て混乱に陥った人間の雌たちが逃げ惑って、本堂の中は余計に恐慌状態になっちまった。
そのうちにと、俺はこっそりとカーテンを捲る。
そっと咥え上げてそそくさと逃げ出そうとしたんだが、やっぱり無理ってもんだよなぁ。身体のでかい俺を見咎める人間も出てくる。
「こら! 何をしてる!」
ずらかるぞ、相棒!
「え? え? ちょっと待って、キグノ!」
ほら、走れ。
リーエの足を尻尾ではたいて促すと、反射的に俺を追って走り出す。まだ混乱の最中の本堂を駆け抜けて、人の多い前庭の端っこのほうを縫って通りに出たら、そのまま治療院に逃げ込んでしまう。
やれやれだ。
◇ ◇ ◇
もちろん、それで事が済むわけがない。いくらもしないうちに治療院に怒鳴り込んできやがった。
対応に出たポンデット院長とウィスカ事務長は、教会の本堂で何が起こったか聞き出すと、誰が犯人なのかをすぐに推察する。離れたところで耳をそばだてていた俺と相棒にもそれが手に取るように分かった。
「それは申し訳ないことをした。うちの雷兎が迷惑を掛けたようだ」
「迷惑じゃすまないぞ! 息子の結婚式を台無しにしてくれてどうする気だ!?」
ん? すると、この金切り声の親父がラウワイ商会とかいうとこの親分なわけか。俺は耳も良いんだからそんなにぎゃんぎゃん騒ぐな。痛いじゃないか。
「弁償しろ!」
「もちろんデオグラドルシェ教会のカーテンは弁償させていただきましょう。お集りの皆さんにもこれから謝罪しますし、感電された方はうちで診療します。それで良いでしょう?」
「それだけで済むか! 結婚式の費用全て弁償させるに決まってるだろう!」
なかなか無茶言ってんな、あの親父。これ幸いとばかりに治療院から金を巻き上げる気か?
「それと、騒ぎを起こした雷兎を差し出せ! 今から丸焼きにしてお客にお詫び代わりに出すんだからな! それくらいしなきゃ気が済まないぞ!」
「えっ!?」
目を覚ました雷兎を抱きかかえた相棒が疑問の悲鳴を上げる。
俺は落ち着かせようと、頬っぺたを舐め上げたぺろぺろ。
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