アルクーキーの陽(2)
「わーい、兄貴だー」
「兄貴兄貴ぃー」
「来てたー。わーい」
おう、お前ら、元気してたか?
別に兄弟ってわけじゃない。こいつらが勝手にそう呼んでいるだけで、ただの馴染みでしかない。
何が気に入ったのかは分からないが、妙に懐いていて飛び付いてくる。いや、跳び付いてくる。ぴょんぴょんと。
こいつらは
冒険者とかの荒事師は深い傷を負う場合も少なくない。当然、
そんな時こそこの雷兎たちの出番。患部に軽い電撃を当てて強制的に動かすと、早く治ったりするそうなんだ。そういう治療ができるように特別に魔獣が飼い慣らされている。
そりゃ普通は人間の魔法士に頼むような仕事だが、外注だと経費が嵩んでしまう。医療魔法士を専属で置くほどの資金も無けりゃ、飼いやすくてすぐ増え、餌もくず野菜で済むこいつらに頼りたい気持ちは分からなくもないだろう?
「うわーい、もふもふー」
お前、背中に乗るのは構わないが、そこで発雷したら食っちまうぞ。
「やったー、兄貴の背中でけぇー」
だから跳び乗るな。
「潜ったらあったかーい」
毛足の中に潜るんじゃない。
六匹もいる雷兎が一斉に寄ってきて俺の身体で遊びやがる。治療中の相棒も患者も和やかな視線を飛ばしてきてるじゃないか。
「兎ちゃんたち、キグノと仲良しさんなんだから」
よく見てくれ。一方的にたかられているだけだぜ。
「可愛いわねぇ。心が洗われるようだわぁ」
やられてるほうの身にもなってくれ、婆さん。
「
だとすりゃ、ずいぶん乱暴なご挨拶だな!
どうせ俺達の会話は分からないんだから好き勝手言っても仕方ないんだがよ。
相手が魔獣でも動物でも会話は音声と音階の組み合わせで成り立ってるんだ。人間みたいに多彩な音声を発音できりゃ複雑なやりとりもできるんだろうが、俺達はそうもいかない。だから簡単な会話が精一杯ってとこなんだぜ。
お前ら、あとで遊んでやるから今は大人しくしてろよ。
「なんでー?」
「どしてー?」
「遊んでよー」
うるさい。列の最初の辺りは、鼻息の荒い人間の雄どもが混じっているから相棒の傍を離れるわけにはいかないんだよ。
「盛ってるもんねー」
「元気いっぱい」
「僕たちとおんなじー」
ああ、すぐ増えるお前らと同じなんだって。たちが悪い。
治療室の中を跳ね回ったり、隅のほうで雌に乗っかろうとする不埒兎を咥えて集めてるだけで夕暮れが来ちまう。
◇ ◇ ◇
治療院には風呂がある。相棒もこれを楽しみにしているところがあるな。
この
洗われるのは嫌じゃない。嫌じゃないんだが、自分から行こうとまでは思わないのも本当だ。あとで毛繕いが大変なんだって。
治療院には案外色んな動物がいる。雷兎もそうだし、猫や犬もいる。後者は単純に入院患者の心を癒す為に置いてもらっている連中。
場所柄だけに、そいつらも清潔を保たなきゃならない。だから治療院の風呂は普通に動物の洗い場にもなっている。水だけじゃ綺麗にはならないからな。
素っ裸になって身体を軽く洗い流したら、ざぶんと湯船に浸かって表情を崩すリーエ。俺もそれで安心して、さっさと出ていこうとしたら尻尾を掴まれた。
「何逃げようとしてるの?」
いや、別に逃げるんじゃなくて、今夜のところはお前が堪能すれば良いと思ってだな、遠慮しとこうかと?
「すぐに洗うから待ってなさい」
仕方ないな。こりゃ覚悟するしかなさそうだ。面倒臭いんだよ、全身の毛繕い。
そうしてるうちに外から大勢の人間の雌の声。そういやここは入院患者の面倒を見る看護員も使うんだったか。この流れはマズいぜ。
「あっ、リーエちゃん、入ってたの?」
うわ、五人もいるじゃんか!
「お先に使わせてもらってますー」
「いいのよ、ゆっくり浸かって。あら、キグノもいるのね?」
「本当? やったわ! 今夜は楽しい入浴になるわ」
おい、止せ!
「何で?」
「面白いのよ。この子を洗うの」
「えー、楽しみー」
勘弁してくれ……。
身体を温めたら、若い雌たちが寄ってたかって俺の身体を洗い始める。
「ほんとだ、楽しー。身体が大きいから洗い甲斐があるのね?」
お前ら、毛皮も無いし全身ぷにぷにで柔らか過ぎるから、無闇に動けなくなるだろうが! 牙とか爪とか思いもよらずに引っ掛けたら大変なことになっちまう。
「でしょ? 毛足も長いから指を絡めてると面白くなってきちゃうのよね?」
「そうそう、深くまで指で触ると硬い筋肉で鎧われているのが分かるわよ。何かそそるの」
「きゃー! やーらしー!」
ひとの身体で遊ぶんじゃない! 頭きたぞ。こうなったらそこら中舐めまくってやるからな?
「きゃはは! やめてよ、キグノちゃん、くすぐったい!」
「ああん、ざらざらー!」
「こら、キグノ! ダメでしょ、女の人の身体を!」
なんだ? 舐めて欲しいのか、相棒? ほら、ぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
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