第252話ストラティオの回想3

ハヤト様達がユステの街に向かってから2週間後の事じゃった。あの砂漠の悪魔が現れたのは。さっきも言ったが、こいつがまた曲者でのう。物見に向かったわしを含め4人からなる分隊が持ち帰った情報を基に500名の精鋭達による討伐隊が組まれた。


 当時の団長はそれで十分だと思ったんじゃろうな。だが儂の考えは違った。だから儂はまだユステの街にいる可能性が高いハヤト様達に、討伐に参加するようお願いできないかと提案したんじゃ。だがあのクソッタレな団長は儂の頼みを鼻で笑いおった。それにあの団長は、


「実力も定かでない、その上余所者にこちらの軍事力を見せるだと? 例えラグナ様の使徒だとしても、アカツキに連なる者だとしても、私はこの砂漠の秩序を守るために、あのような輩の力を借りるつもりはない。何よりも余所者に我々の問題の解決を依頼するなど、貴様にはこのミレス戦士団の団員としての誇りはないのか!」


などと抜かしやがった。儂はなんとか説得しようと試みた。しかし団長は頑なだった。そうして儂らは三日後、部隊を編成して討伐に出発した。当て擦りのように儂は第一陣の最前線に立つ事になった。


 まあ結局の所、陣形などなんの意味もなかった。最初の接敵で、凄まじい速度の突撃を喰らい、中央の陣は崩壊したのじゃ。たった一撃。それだけじゃ。それだけで、儂らの仲間のうち100人は死んだ。ついでに言うと後ろで胡座をかいていた団長はその時に死んだようじゃ。


 そこから始まったのは戦いなどと形容するには生優しすぎる虐殺じゃった。その鋏や尾の一振りでさらに10人以上死に、ある者は喰われ、ある者は刺し殺され、またある者は切り裂かれた。距離を取って戦おうにも、強固な外殻は術すら弾き飛ばした。所詮、儂らは雑兵でしかないという事を深く思い知らされた。

 

 血飛沫が舞い、悲鳴がそこかしこから上がる中で、儂は恐怖に震えながらも剣をしかと握り締め、震える足を無理矢理動かして立ち向かおうとした。しかしその時、あの魔獣の横腹についていた眼と確かに眼があった。儂は蛇に睨まれたように体が硬直してしまってのう。その眼から放たれた光線を、儂は避ける事も出来ずに腹を貫かれた。


 痛みに苦しみながら顔を上げた儂に向かって、一本の鎌のように鋭い足が振り下ろされた。見えないほど早いはずなのに、不思議な事に儂はその動きがしっかりと見えた。ああ、これは死んだと思った時、あの御方は現れたのじゃ。


「まったくよぉ。余所者が気にくわねぇからって、除け者にすんなってぇの。祭りってぇのは全員で楽しむもんだぜ。なぁトラさん」


 左手に持った刀の腹で、あの鎌のような足の先端を正確に捉えてその動きを止めておった。まるで重さも感じていないかのように、ハヤト様はそんな事を言いながら儂にもう片方の手を差し出してきた。


「何故ここにってぇ顔してんな。まぁ、なんだ。お前さんの友達には感謝しとけよ? プライド曲げて前線に送られるお前さんを助けてほしいって、頭下げに来たんだからな。ちいっとばかし遅かったせいで始まりには間に合わなかったけどな。俺だけ先行したんでアカリ達はもう少しかかるけどな。それと、今からこいつをここから離す。トラさんは動けるなら他のやつと一緒にここから離れていてくれ。それと、そこの兄さん! 動ける奴ら集めて、まだ生きている奴を一まとめにしておいてくれ!」


 ハヤト様は儂を気遣いつつ、立っていた一人の戦士に声をかけた。儂は思わず痛みも忘れて叫んでおった。だが、


「な!? ハヤト様、流石に無茶です! あれは一人で倒せ……」


 次の瞬間、魔獣は中を舞っておった。


「……る訳……が」


「ん? なんか言ったか?」


 右手に赤紫色の闘気の様なものを纏い、それで思いっきり殴ったのじゃ。凄まじい威力で魔獣は100メートルは吹き飛ばされおった。


〜〜〜〜〜〜〜


「ちょっと待ってくれ。赤紫色の闘気だと?」


「うむ」


 それを聞いたジンは思わずクシャリと前髪を握りしめた。


「そいつはなんの冗談だよ」


 蒼気から紅気に至る為にはいくつかの段階が必要となる。蒼が徐々に紅へと変化していく過程で、一時的に紫色になるのだ。そしてこの紫色の闘気は徐々に紅へと近づいていく。つまり、紅に近い紫色という事は紅気の習得はしていないものの、紅気を発動できる直前まで来ていたという事だ。ハンゾーがその段階に至ったのが40代後半であった事から20歳前後のハヤトの才能が想像を絶していた事が分かる。


「本当の天才か……」


 ボソリとジンは呟く。父親の異常性を理解し、己との差に愕然とした。まさしく神に選ばれし者と言える。


〜〜〜〜〜〜〜〜


 まあ、実際にはおばさんの力をこっそり拝借して、ジン君のプロトタイプとして創ったから強いんだけどね。多彩さを優先した結果、無神術や権能を与えるだけの容量がなくなっちゃったんだ。つまり設計の段階から失敗していた作品なんだよねぇ。それと、ハヤト君の場合は実力よりも別の所が異常だったんだけど、それはまた別の話。


〜〜〜〜〜〜〜〜


「ん? なんか言ったか?」


 なんでもない様に振り返って、すっとぼけた様な顔をしてそう仰った。


「い、いいえ」


「ん、そうか。んじゃぁ、まぁ、さっさと離れとけよトラさん」


 軽くポンと儂の肩を叩くと、傷口に水の膜が張られた。どうやら応急手当ての様じゃった。それから一瞬で雷を体に纏ったハヤト様は目の前から消え、次の瞬間、遠くで雷鳴が轟き、巨大な稲妻が魔獣に降り注いだ。魔獣の悲鳴が周囲に響き渡った。次いで全ての属性の龍が現れて猛威を振るった。それはまさに筆舌に尽くし難い光景じゃった。皆言葉を失って、ハヤト様に頼まれた事すらも忘れて、ただ呆然とその凄まじさに魅了された。


「もう、勝手に先に行くんだから!」


 そんな光景が10分ほど続いてからじゃろうか。突然後ろから声が聞こえてきおった。そちらに目を向けるとそこにはアカリ様とツクヨ様がいらっしゃった。少し怒っている様じゃったが、すぐにその顔が青白くなっていった。血を吸って赤くなった砂の上に転がる数百の死体を直接見たためじゃ。きっとハヤト様はそれを想像して、可能な限りアカリ様の目に入らぬようにと別の場所で治療に集中できる環境を作ろうとしたのじゃろう。なんだかんだであの御方はアカリ様をとても大事にしておったからな。だがそんな事すら皆気づいておらなんだ。


 ある者が慌ててツクヨ様に支えられているアカリ様に駆け寄ると、少しだけ集められたまだ生きている者達の所に連れていった。皆が戦闘に魅せられて手を止めてしまったため、そこにいたのは儂を含めてまだ20人程度じゃった。そこからアカリ様は必死に儂らを救う事だけに集中して、治療を開始した。


 アカリ様の治癒術もまた凄まじかった。死を待つしかなかった者すら息を吹き返した。もちろん儂ものう。開けられた穴は確かに内臓を傷つけておったはずじゃったがあっという間に完治しておった。


 それからさらに10分ほど立った頃か。魔獣の悲鳴が辺りに響き渡り、直後にズシンと倒れる音が聞こえてのう。そしてハヤト様がゆっくりとそれに堂々とした態度で戻ってきおった。


「いやぁ、まぁまぁ強かった……ぜ」


 そう言うとハヤト様は力尽きたかのようにその場で倒れた。


「ハ、ハヤト様!?」


 儂は目を丸くして叫んだ。腹はまだ痛んでいたが、それ以上にハヤト様の容態が心配だったのだ。しかし治療に専念しているアカリ様に代わり、ツクヨ様がハヤト様に駆け寄ると、その様子を確認してから儂らに安心する様に言ってきた。


「本当に大丈夫なんですか?」


「ええ。調子に乗って力を使いすぎただけです。全く、強い相手にはすぐに全能力を解放して戦おうとするんですから。もっと効率良く戦うよう、何度もお父様から教わったはずなのに」


「あー、おっさんかぁ。今頃ブチギレてんだろうなぁ」


 砂漠に大の字になって寝転びながらハヤト様はそんな事を言った。聞けばひどい筋肉痛の様なもので、指を動かすのも辛いらしかった。なんとか戻ってはこれたものの、気が抜けた瞬間に疲労が一気に来たのだそうだ。


「ええ、何せ期待していた教え子が自分の娘だけでなく、護衛対象であるアカリ様も一緒に、自分に話す事もせずに勝手に旅に出てしまったのですから」


「んー、お前とアカリは勝手に付いてきたのに、それも俺が悪いのか?」


「はい。あなたの状況は理解しておりましたが、何も言わずに飛び出たのはあなたの選択ミスです。事前にしっかりと我々に相談しておいてくれば別の選択肢もあったでしょうに」


「手厳しいなぁ。力を使い果たして全然動けない俺に対して酷くないか?」


「こんな時でないと、あなたはすぐに逃げるでしょう?」


「チッ、全くもってやりづらい」


 そんな事を二人が話していると遠くから駆け寄ってくる音が聞こえてきた。そちらを向くとアカリ様が慌てた様子でこちらに向かってきていた。


「兄様、大丈夫ですか?」


「ああ、力を使いすぎただけだ。怪我らしい怪我はしていない」


 そう言われたアカリ様は細かく体の状態を調べてから、安心した様に大きくため息をついておった。


「無茶はしないでくださいっていつも言っているじゃないですか」


 不満げに言うアカリ様に向かってハヤト様はニコリと笑い、


「無理」


と言った。それから2週間ほどハヤト様は休息を続け、ようやく動ける様になると、儂に改めて砂漠から離れて別の国に行く事を教えてくれた。


「それじゃあ、達者でな」


 そうして儂達に手を振って、ハヤト様達はこの砂漠を去って行ったのじゃ。それが儂が最後に見たハヤト様の姿じゃった。少しだけしか一緒にいなかったが、あの鮮烈さは今もなお儂の記憶に確と残っておるよ。

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