第242話巡り合い
早朝、ウーインの街についたジンは早速、ゼルから貰った身分証替わりのメダルを城門を守る門番に見せて中に入った。城壁を潜った先はまさに別世界だった。周囲は砂漠で覆われ、太陽がギラギラと照っているのに、街の中は涼しく、快適な気温が保たれていた。初めて訪れた街並みは今までジンが見てきたどの街とも異なっていた。
まず建物がとにかく高いのだ。どの建物も最低でも10階はある。全面ガラス張りの建物もあれば、反対に窓一つない巨大な岩を四角く整えただけのような建物もある。人々が街中を忙しなく行き交い、広く作られた道を何台もの自動車が走る。まさに未来的な都市と言えるだろう。
往来を行く人々の中に朝早くからアカデミーに向かう同じ制服を着た学生達もいた。彼らは黒、紫、赤、青、緑のいずれかの長いローブを纏い、その胸には校章らしき金色のバッジを身につけていた。バッジはカイトシールドのような形状で、中には開いた本が掘られており、さらにその本の中には知の象徴であるオウルという鳥が羽ペンを加えている。またゼルから聞いた話によると、ローブはアカデミーの学年を表すらしい。黒が高等部の最高学年である3年を表す色であり、紫が2年、赤が1年、青が中等部、緑が初等部をそれぞれ表すのだそうだ。
目の前を緑のローブを着た10歳ぐらいの子供達が駆けていく。外の世界とは異なる、穏やかな光景に思わず笑みが溢れた。
「さてと、資料館に行くとするか。どこにあるんだ?」
ジンはそう呟くと街を散策しつつ、資料館を探し始めた。
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「あー、つまった。完全につまった。この私が解けないとか、どんだけ複雑なんだよ」
イブリスは持っていた本の写しを放り投げる。
「というか、これ、そもそも謎解きもしなきゃいけないんだろ。失われた言語の古文な上に謎解きって、どうすりゃいいんだ」
不自然な同一の文字の配列が至る所に散見されており、学者達の間ではこの文章が詩なのではないかと現在では考えられている。つまり彼女の言う謎解きとは、どのように詩を解釈するかという事である。簡単な事を暗示しているならばいいが、研究者たちを長年苦しめてきた難題だ。そう簡単なはずがない。
「そう簡単に解けるはずはない。ないんだけど、実はすごく単純な所で止まっている可能性もあるのか?」
何かを見落としているのではないかという疑念が最近強くなってきている。どの言語体系とも繋がっていない未知の言語。かつてこれを読み解いた者は手がかりを残さずに死んだという。だが解読した者がいると言うことはつまり、この言語は彼女達にも解読が可能なはずなのだ。
「あー、気分転換に資料館にでも行くか」
イブリスはそう言って立ち上がると、いつの間にか脱ぎ散らかしていた服を改めて着直す。小さい頃、兄に何度も注意されたが、結局この脱ぎ癖は直らなかった。
「むう、最近また少し大きくなったか」
ボタンを胸元で止めようとしたが、上手く止まらなかった。仕方がないので、上のボタンまで閉めず第3ボタンぐらいまで開けて部屋を出る。道中彼女を見た人々が目を丸くして胸元を凝視する。不自然に思い、そちらに目を向けて見て納得する。
「あー、下着つけるの忘れてたわ」
少し動けば中が見えるような格好で出歩いていたのだ。研究に熱心で、女性とあまり関わらない男性たちからしたら少々刺激が強すぎた。
「まあ、いっか」
しかしイブリスにとって、そんな事はどうでもいい事だった。彼女にとって大切なのは自分の知識を満たす事だけだ。それに学者達の街の治安は非常に良かった。事件もせいぜい数年に一度あるか無いかである。だからこそ、彼女は特に気にする事なく研究室のあるアカデミーから400メートルほど離れている資料館に着替えに戻る事なく向かった。
そして珍しく事件に巻き込まれる事となった。
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「まさか、あなたがこんな手段に出るとはな。相互間で同意がなされないままの性行はすなわちレイプとなるんだが、あなたはそれを理解しているのか?」
イブリスは路地裏で男に押さえ込まれていた。男の目は血走っており、涎を垂らして正常な判断がついていない様子だった。
「やれやれ、まともに会話も出来ないのか」
落ち着いたように言っている反面、内心では相当に混乱していた。それもそのはず、彼女を押し倒している相手は彼女の恩師であるアルツ・メディチだったからだ。年齢は40代後半のアトルム人で、針金のような男だったはずなのに、今は筋骨隆々な容姿になっている。
「興奮剤と筋肉増強剤でも開発したのか」
冷静さを保つために今の状況とは関係ない事を呟く。だが、彼の手がイブリスの胸を鷲掴みしてきたので、痛みで顔を歪めた。
「痛っ、性行は嫌いじゃないが、痛いのは嫌なんだ。頼むからするなら優しく……」
「ぐうううう」
だがその返答は獣の様な唸り声だった。
「理性すらないのか。本当にどうしてしまったんだ先生?」
しかしそれには答えずに、アルツは口を大きく開くと、彼女の首筋に噛みつこうとした。その瞬間、イブリスは生命の危機を感じた。別にアルツは彼女を犯そうとしてはいなかったのだという事に気がついたのだ。彼の目的はただ彼女を喰う事だった。
「ちょ、ちょっと待って! いや! 止めて!」
冷静を装っていた彼女の顔に恐怖の色が濃く現れる。しかし、彼の歯が彼女の肉に突き立つ前に、彼は横に吹っ飛んだ。
「大丈夫ですか?」
その声に目を向けると、アトルム人特有の黒髪の青年が、彼女に手を差し伸べてきた。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「いえ、偶然声が聞こえたんで、来てよかったです。それで、何があったんですか? あの男を勝手に蹴り飛ばしてしまったんですけど」
「分からない。ただあの人は普段はああじゃないんだ。まるで何かに取り憑かれている様だった」
「なるほど、でも魔物になった訳はなさそうですね」
チラリと二人がアルツの方を見るとその体はしぼみ、元の針金の様な容姿に戻っていた。
「その様だね。ところで君は? アカデミー生ではない様だけど」
「ああ、俺はジンと言います。ジン・アカツキ。ちょっと調べ物があってこの街に来たのでアカデミー生ではないです」
ジンの名前を聞いたイブリスは目を丸くしたがすぐに元に戻した。
「そうか。私はアカデミーの教授であるイブリスだ。よろしく」
イブリスはジンの手を掴んで立ち上がる。ジンはそんな彼女にシャツを脱いで肩に被せた。
「ありがとう。優しいんだね」
自分の格好を思い出して、イブリスがそう言った。
「ところで、あの男はどうするんですか?」
「うむ、とりあえず警備隊に預けようと思う。その後は真相究明の為に調査が行われるはずだ。君はこれからどうするんだい?」
「実は資料館は探していて、それでウロウロしていたらあなたの声が聞こえたんです」
「そうか、それは丁度いい。私も資料館に行くつもりだったんだ。警備隊に渡すまで待ってくれたら連れて行ってあげるよ」
「分かりました。そうさせてもらいます」
その言葉を聞いたイブリスはポケットから人差し指ほどの長さの小さな筒の様なものを取り出した。片側には何もないが、反対側の底にはボタンがついていた。ジンが訝しげに見ていると、
「発煙筒の様なものさ。このボタンを押すと信号が警備隊に送られ、私の位置が彼らに伝わるんだ。雷神術を応用でね」
と、その道具の使い方をイブリスは説明し、ボタンを押した。
「それじゃあ、待っている間少し話でもしないかい?」
彼女に尋ねられたジンは頷く。
「さっき、ジン・アカツキと言ったが、それは本名なのかな?」
「変な事を聞きますね。そうですけど、何か?」
「いや、失敬。その名前に聞き覚えがあってね。君は……無神術の使い手なのか?」
今度はジンが目を丸くする番だった。
「何のことだか」
「隠さなくていい。私はラグナ様の使徒であるソール様から君の話を聞いたことがあるんだ。私の今の研究テーマと関係しているからね」
「そうですか。なら隠しても意味ないですね。確かに俺は無神術が使えます。それで研究テーマとは?」
「ああ、今は無神術とは何かということを調べている。私の最終目標を達成する為に必要なものだからだ」
「なるほど。最終目標って何ですか?」
「ああ、それは私の父の夢でもあった、魔物を人間に戻すというものだ。小さな獣であれば成功したのだが、まだ理論的に人間では不可能な状態なんだ。その過程に莫大なエネルギーが必要になる様でね。だからこそ無神術がその解決につながる一つの可能性なのではないかと私は考えている」
ジンはイブリスの話を聞いて少し物思いに耽ってから顔を上げた。
「魔物を人に……それって、魔人を人に戻す事も可能なんですか?」
その瞳には期待が込められていた。
「魔人か。理論上は可能なはずだ。ただ魔物とは異なり、必要な力は想像を絶すると思うがね」
「……俺に無神術の事を詳しく教えてもらえますか?」
イブリスの言葉を聞いたジンの目が真剣になる。
「構わないよ。ただし、その力を私の実験に貸してくれるかな?」
「はい。俺に出来る事なら何でもします」
ジンは頷く。それから無神術についての話を二人でしていると、遠くから警備隊が駆けてくる音が聞こえてきた。
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