第231話エピローグ1:目覚めし者達

「よく無事に辿り着きましたね」


「はい。父上……陛下が、自分が死んでも王太子である私が死ななければ、国は滅びぬと言って逃がしてくれました」


 リュカ王国の王城にある玉座の間にて、 アスランはナディアと共にリュカ王国の女王であるセニカに事情を話した。セニカはアスランの祖母の姉であり、血縁的には大叔母に当たる。60を超えてなおその目には強い力を秘めていた。


「……そうですか。イース陛下は最後まで戦われたのですね」


「はい。法魔の力は想像を遥かに超えていました。正直な所、人間には到底勝てる存在ではないように感じます」


 アスランの言葉を聞いてセニカはしばし目を瞑る。


「奴らに勝てる唯一の切り札が勇者との事でしたが、とてもではありませんが信じ難いです」


 その言葉にセニカはゆっくりと口を開けた。


「そのことで一つ問題があります」


「それは一体?」


「勇者が聖剣と共に行方不明になったそうです。あなたの国に入ったことまでは確認が取れていますが、その後の足取りは不明です。法魔に倒された可能性があります」


「そんな……それでは人間に勝てる要素はないのですか!」


「最強格の使徒であるイース陛下でさえ赤子のように倒されたそうですね。ならば現状法魔含む四魔を打倒する可能性がある者はいないでしょう」


「ならば我々はどうすれば?」


「法魔が人間をどうするか不明です。人間を滅ぼすかもしれないし、あなたの今の国の状況のように人間を管理する社会をこの世界全体に広げるかもしれません。後者であれば、まだ我々には時間があります。どれほどの犠牲を払おうと新たな勇者さえ誕生すれば、きっと四魔を倒せるでしょう」


「全ては法魔の決断によるのですね」


「ええ。そしてさらに悪い事が二つあります」


 セニカは口にするのを躊躇うかのように口籠った。


「何が起こったのですか?」


 その問いにセニカは意を決したように話し始めた。


「一つ目はこの大陸の西、メザル共和国に数多くの魔獣や魔物が集結しつつあります。そして二つ目は北のアルケニア王国にある大陵墓に張られていた封印が解かれました」


「それは……!」


「はい、獣魔と死魔が出現した可能性が高いという事です」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 その森には数万を超える魔獣や魔物、さらには魔人まで集まっていた。そこで起こっているのはまさに蠱毒の儀式だった。獣達は血の狂宴で大地を赤く濡らしていった。やがて、最後の1匹になると、血溜まりの中から人の形をした何かが誕生した。


【ぎゃはははははははははははは!!!】


 産声の代わりに耳障りな金切声で血塗れの獣が笑い声を上げた。最後に残った一体の魔人は声の主に頭を下げ、恭順の姿勢を示した。その下げた頭を楽しそうに蹴り飛ばす。首は吹き飛ぶ事なくそのまま破裂した。首から吹き出した血を獣は楽しそうに浴びた。


【さてと、誰が目覚めているかねぃ?】


 獣魔は自身の持つ獣の感覚を世界に広げる。そしてすぐに見つけた。


【龍魔と法魔は覚醒済みかぃ。俺は3番目かよぅ。まぁ、いいさぁ。ゆっくり仲間でも増やすとしますかねぃ】


 そうして獣魔はまず手始めに近くにある村へと足を進めた。



【見ぃつけたぁ】


 村を見つけると、そう呟きながら村に足を踏み入れた。


「なんだ、追い剥ぎにでもあったのかね? 随分な格好だけんども」


 そんな彼に40代くらいに男が話しかけてくる。獣魔の今の姿は何も身に付けていないため、そのように捉えたのだ。


【なぁに。ちっとばっかし手下を造りに来ただけさぁ】


「何言ってんだ?」


 不思議に思う男の言葉を無視して、徐に獣魔は彼の頭を掴んだ。


「な、何すんだ!?」


【堕ちろ】


 その一言で、男の体が変化し始める。


「なっ、ひぎゃああああああ!」


 男はあっという間にフォレストファングへと変化した。


【よしよし、上手くいったぁ】


「きゃあああああああ!」


 その光景を見ていた20代ほどの女性が悲鳴を上げる。


【次はあいつかぁ】


 獣魔はニタリと笑うと女に向かって跳躍し、一瞬で距離を詰めた。


【堕ちろ】


 そして、もう一度同じ様に女の頭を掴むとそう呟いた。するとまたしても女は魔物へと変化した。


【よぉしよし、力は大丈夫みたいだなぁ。ならいっちょやるかぁ】


 そう言うと、獣魔は大きく息を吸い込み、この世のものとは思えない獣声を上げた。その瞬間、その音を聞いた者達の体が変化し始める。そこかしこから悲鳴が上がった。その声を心地よく聞きながら獣魔は獰猛な笑みを浮かべた。



 数分後、100人ほどいた村人は全て獣魔によって強制的に魔物へと変えられ、彼の率いる軍の一員へと変貌した。


「しっかし、人間も随分増えたみたいだねぃ。いい時代だぁ」


 こうして、一つ一つ人々の住処を練り歩きながら、獣魔はメザル共和国の蹂躙を開始した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「お、お頭……本当にやるんですかい? 俺ぁ死んだ婆様から聞いたんでさ。この墓だけは暴いちゃいけねえって。そんな事をしたら死魔が復活しちまうって」


 山賊風の風体をした男がオドオドと山賊団の首領である美しくも逞しそうな女に忠告する。


「馬鹿言ってんじゃないよ。そんなの迷信さね。だいたい死魔なんて何百年前の話をしてるんだい。封印されてたって死んでるに決まってるよ」


「し、死魔は死なねぇから死魔って呼ばれてるんすよ。だから止めましょうよ、お頭」


 別の男も彼女を止めようとする。だがお頭と呼ばれている女性は聞く耳を持たない。


「あたしはあんたらを食っていかせなきゃなんないんだよ。この国じゃ、もうまともに食えるモンも手に入らない。クソ貴族どもが全部巻き上げっちまうからね。金になるモンを手に入れないと飯もまともに食えやしない」


 彼女自身もその美貌から貴族に買われ、性奴隷として扱われた時があった。しかし隙を見てその貴族を殺し、それからは落ちに落ちて、いつの間にかアルケニア王国有数の山賊団の首領になっていた。悲惨な経験を乗り越え、部下達を常に思いやる彼女への部下達の信頼はとても厚かった。


「とにかくこの墓には死魔が溜め込んだ宝がたらふく有るって話さね。いいから黙ってあたしに付いてきな」


 いまだ不安そうな部下二人を無視して、周囲にいた休憩中の他の20人に声を掛ける。山賊団は合計100人おり、他の者達は現在アジトで待機中だった。


 それから彼らは墓の罠の仕掛けを苦心しながら、ついに石櫃のある部屋に辿り着いた。しかしその部屋には何もなかった。


「なんだいこりゃ! 何もありゃしないじゃないか!」


 首領が不満の声を上げる。


「も、もういいでしょ、お頭。帰りましょうよ」


 またしても弱気な事を言ってくる部下に苛立ちつつ、彼女は石櫃に目を付ける。


「まだだよ。まずはあれを開けてみなきゃね」


「お頭! それだけは止めましょう! ありゃあ、きっと死魔を封じたやつだ。開けたら何が起こるかわかんねえ!」


「うるさいね。いいから黙ってなよ。おい、あんた達手伝いな!」


 彼女と同じく死魔を恐れぬ者達が石櫃に触れる。そしてその蓋を押し外した。封印も風化したのか随分と簡単に蓋は外れた。


「さてと、中には何が……」


 首領が覗き込むと、そこには心臓に銀色の刺々しい杭が刺さった干からびた死体が安置されていた。


「ほらみな。カラッカラになっちまってるよ。これでもまだ生きてんのかい?」


 干からびた手を持ち上げて怯えていた部下に見せつけた。


「お頭、これ純銀ですぜ!」


 死体を確認していた男が騒ぐ。


「なんだい。こんだけ苦労してこれっぽちしか手に入らないなんて大損さね。やっぱり伝説なんて当てにせず貴族の屋敷を攻めた方が金になるね。まあいい、さっさとそれを引き抜いちまいな。少しはマシってもんだ」


「お頭、駄目だ! それだけはやっちゃいけねえ!」


「そうだそうだ! 頼むから止めてくれ!」


 部下二人が泣きそうな声で訴える。その必死さに首領もついに根負けした。


「はぁ、分かったよ。おい、抜くの止め……」


「痛ぇ!」


 だが彼女の声が届く前に杭が引き抜かれた。その際、杭の装飾の棘に引っ掛けた男の皮膚が裂け、血が溢れ出し、それが死魔の口に触れた。その瞬間、死魔の喉が血を飲み込むかのように動き、目がゆっくりと開いた。


「ヒッ! 目、目が! 目が開い……」


 その事に気がついた杭抜きを手伝っていた男は最後まで言う前に干からびた腕に首を捥ぎ取られた。


「な、何が起こったんだい!?」


 首領がそちらに目を向けると一瞬にして石櫃を囲んでいた5人の男達がその場に崩れ落ちた。


「な……!?」


 驚きの声を上げる彼女は石櫃から顔を出した男と目が合う。先程まで干からびていたはずなのに、今は瑞々しく美しい容貌へと変化していた。


「あんたは一体?」


【我輩の封印を解いた事、そして目覚めの為の生贄を用意した事、心から感謝する】


 男は立ち上がると慇懃な態度で首領に頭を下げた。


【さて、我輩が眠ってどれほどの年月が流れたのか】


 自分が眠っていた部屋の中を、男はグルリと見回す。


【ざっと数百年は経っているか。それで、貴殿らは何者か? あの御方と関わりのある者達か?】


「あ、あの御方?」


【ふむ。知らぬようだな。ならば良い。それよりも、我輩はまだひだるい。早く馳走を用意せよ】


「ち、馳走?」


【む、分からぬか? ならば食事を用意せよと言えば理解できるか?】


「あ、ああ。な、何が良いんだい?」


 首領は警戒しつつも勇気を出して尋ねる。


【ふははははは! 知れた事を。死魔は人を喰らうものよ】


「ば、馬鹿言ってんじゃないよ!」


【ふむ。本気で言っているのだがな。まあ良い。我が眷属になればそのような口も聞けなくなるだろう】


 そう言うと、死魔は瞬く間に首領の隣に現れ、その首筋に噛みつき血を啜った。


「あっ……!」


【数百年ぶりの女の血は美味いな。しかし味としては3流と言ったところか。やはり飲むなら生娘のものに限る】


 ドサリと首領が倒れる。それを見ずに周りを見回す。そして自分を囲う山賊達に舌舐めずりをした。


【まあ、ゲテモノでも無いよりはマシか】


 そうして虐殺が始まった。10分後部屋から出てきたのは、死魔と眷属になった首領の二人だけだった。首領はその後、自分の隠れ家に死魔を招き入れ、その日アルケニア王国内でも有数の山賊団は壊滅した。そして死魔は大陵墓を起点として、その支配域を徐々に広げ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る