第206話誘拐

 眼下では炎が広がり、多くの人々がもがき苦しみ倒れていた。


 周囲には無数の光の玉が浮かんでいた。


 それらを体の中に取り込んで行く。


 欠けていた力が満ちていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 廃墟から人々を探し出し、救助する。昨日からジン達はそんな作業を続けていた。瓦礫の下には生き残っている人も多く、急いで発見出来れば救える可能性が高かったからだ。すでに数百人は救助していた。


「しばらくかかりそうだな」


 汗を拭いながら、ジンはミコトに話しかける。


「ねー、このペースだとまだ何日もかかるよ。いつ騎士団が来るか知ってる?」


「さあな、明日までには来るんじゃねえか、っと」


 強化していた耳に微かに呼吸音が届き、慎重に瓦礫をどかし始める。すぐに片足を潰した幼い少女と、彼女を覆うようにして絶命している両親らしき男女がいた。


「ミコト……」


「うん」


 意識を失っている少女の治療をミコトに任せながら、ジンは拳を握りしめる。助けられなかった命が多すぎる。これから恐らくもっと増えるはずだ。なにせまだ街全体の10分の1も確認できていない。


『ジン、今大丈夫?』


 突然、彼の前に水の鏡が現れ、その向こうからシオンが顔を覗かせた。


「ああ、大丈夫だ。どうかしたのか?」


『えっと……』


 ジンの言葉に言葉を濁す。不思議そうに見ていたジンは、彼女の顔色が少し悪い事に気がついた。


「どうした? 体調悪いのか? 元気なさそうだけど」


『え、あ、ううん。あの、少し話したい事があって……』


「ジンー、サボってないでこっち手伝って!」


 シオンが何か言おうとした所で後ろからミコトが声をかけてきた。


「わかってる。ちょっと待ってろ!」


『……もしかして、今忙しい?』


「あー、まあな。ちょっと救助活動してて」


 頭をぼりぼりかきながらジンが言うと、シオンは少し黙ってから、口を開いた。


『わかった。じゃあまた後で連絡……いや、やっぱり直接話した方がいいかな。いつ頃戻る?』


「騎士団との引き継ぎが終わってからだから、あと3、4日で帰る事になると思う。急ぎじゃないのか?」


『うん。そんなに急いでいるわけじゃない』


「そうか。悪いな。戻ったらすぐ行くから」


『うん。待ってる。それじゃあ、頑張って』


「ああ、そっちもな」


 ジンがそう言うと水鏡が消え失せた。


「シオン?」


「ああ」


「なんかあったって?」


「さあな。少し暗かった気もするけど、急ぎのようじゃないらしいから、まあ、大丈夫だろう」


「ふぅん。それじゃあ、そこの瓦礫を持ち上げてくれない?」


「ああ、わかった」


 そうして、ジンはシオンの様子を訝しみながら、また救助作業を再開した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 使徒達が円卓を囲んで話し合いをしていた。


「また町が一つ消えたか」


 大きくはないが、またしても一つの町の住人が全て死亡していた。炎で燃やし尽くされた街には何も残っていなかった。これですでに5つの町が何者かの襲撃にあっている。


「同一犯でしょうか?」


「恐らくな」


 グルードの質問にイースは頷く。


「だが、魔物ではないな」


「そうですね」


 アスランがその言葉に同意する。魔物にしては痕跡がなく、その上丁寧だ。


「魔人という事ですか?」


「多分な。だが自然発生なのか、それとも作られたやつなのか」


 王国騎士団長のアレキウスが難しい顔をしながら、腕を組む。


「それって関係あるんですか?」


 法術師団長のウィリアムが不思議そうな顔をする。同じく近衛騎士団長のサリカも今一分かっていない様子だった。


「作られた〜って事は数が多いかもしれないって事〜?」


 巫女であるナディアがアレキウスに尋ねる。


「ああ、もしそうなら、下手したら複数の魔人と戦う事になる」


「その上、皆に知っておいてもらいたい事がある」


 イースが重々しく口を開いた。


「今この場にいないシオンについてだが、あやつは今回の戦いに参加できない」


「なぜですか? 使徒としてはまだ未熟ですが、それでも大きな戦力でしょ?」


 ウィリアムの質問にグルードが下唇を噛み、忌々しそうな顔を浮かべた。


「む、娘は……に、妊娠したそうです」


「は? え? 妊娠? マジで?」


「まぁまぁ!」


「こんな時にか!?」


 話を知らなかったウィリアム、ナディア、アレキウスは三者三様に驚いた。


「確かなんすか?」


「ええ、エルティンの話ではその様です」


「えっと、おめでとうございます?」


「あ、ありがとう」


 頬をひくつかせながら、グルードはウィリアムの言葉に感謝の意を示す。


「という事で、娘は戦闘には参加できません」


「こんな時でなければ、素直にお祝いできるのだがな」


 アレキウスが不満そうな顔をする。めでたい事だが、いくらなんでもタイミングが悪すぎた。


「まあ、なってしまったものは仕方ない。それよりも、ガバルだったか? その男はどうなった?」


「はい、ただいまベインとシオンが調査しています。今の所はこれといった動きはないようです。ただ今回の件で、シオンは外した方がいいかもしれません」


 サリカが手短に報告する。元部下であるベインからの報告を彼女も受けていた。その上、使徒達の中でシオンと一番仲がいいのは彼女であり、シオンからも話を聞いていた。


「そうだな。ならば、アスラン。この件はお前に任せる」


「分かりました。それでは何人か手配します」


「ああ、任せた。他に何か報告する事はあるか?」


 その質問には誰も答えなかった。それを見てイースは会議を終了にした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「さあ、我が子よ。私のために役立ってくれ」


 ガバルの姿をした研究者が培養槽の水を流し出す。水槽の中で横たわっていた8歳程の少年が咳き込みながら目を覚ました。その顔はどことなくジンに似ている。


「お……父さん?」


「ああ、ああそうだ。お父さんのお願いを聞いてくれるかい?」


「う……ん。お母……さんは?」


「お母さんはお前の伯父さんに殺されてしまったんだ。だから仇をとってやりたいのだ」


「お母さんが?」


「そうだ」


 ぼーっとしていた少年が徐々に意識を覚醒させていき、顔を歪める。


「あ、ああ、ああああああああああああ!!!」


 とてつもない叫びに研究室が揺れる。棚にしまわれていた薬品やら実験器具やらが床に落ちる。


「落ち着きなさい」


「あぁぁぁ……」


 男の言葉に少年が口を閉ざした。ボロボロと涙を流しているが、口を引き結んで静かにしている。


「だからお前にはお前の伯父さんを苦しめるためのお手伝いをしてもらいたいんだ」


「何をすればいいの?」


「なに、簡単なことだ。ある少女をここに連れてきてもらえないかな」


「それが伯父さんにとって嫌な事なの?」


「ああ、そうだ。きっと伯父さんは酷く苦しむ事になるだろう。どうかな、やってくれるかい?」


「やる!」


「そうか。それはよかった。それじゃあその少女について説明するから、間違えないようによく聞くんだよ。その子の名前はシオンという……」


 それから男は男の子にシオンの見た目を説明する。真剣な表情で男の子はその話を聞いて、一生懸命覚えようとしていた。


「それじゃあ、今説明した少女をここに連れてきてもらえるかい?」


「分かった! 行ってきます!」


「うん。行っておいで」


 元気よく部屋を飛び出して行った男の子を、笑いながら男は見送った。


〜〜〜〜〜〜〜〜


嫌な夢を見てシオンは目を覚ます。内容は思い出せないが、そこ知れぬ不安と、それなのに妙な満足感が体を満たしている。


「お姉ちゃんが、シオン?」


 突然シオンの耳に少年の声が聞こえてきた。思わずそちらの方に顔を向けると、そこには見知らぬ少年が立っていた。


「誰?」


「僕はシンラ。お姉ちゃんがシオンでいいの?」


 少し苛立っている声で話す彼を警戒しながら、シオンは頷く。


「ああ。そうだよ」


「よかった。間違っていたら殺さなきゃいけない所だったから」


「つっ!」


 その言葉を聞いてシオンは素早くベッドから飛び起きると、近くに立てかけてあった武器に手を伸ばそうとして、すぐに体を丸めて腹部を守る。直後体に強い衝撃が響き、吹き飛ばされて壁にぶつかった。


「あんまり暴れないでよ。僕は別にお姉ちゃんを殺したいわけじゃないんだ。ただ伯父さんを苦しめるためにお姉ちゃんが必要なだけなんだ」


 よろよろとお腹を片手で抑えながらシオンは立ち上がる。


「伯父さんってなんのこと? 誰かと勘違いしてないか?」


「勘違いじゃないよ。だって、お姉ちゃんってジン伯父さんの彼女なんでしょ?」


「え?」


 そこでようやくシオンは少年の顔をしっかり見る事ができた。その顔にはジンとナギそれぞれの面影があった。


「これ以上痛い目に遭いたくなかったら大人しく付いてきてくれない? じゃないとこの辺り一体吹き飛ばすよ」


 シオンはチラリと自分の腹部を見て、体から力を抜いた。


「……分かった」


 その言葉を聞いて、シンラと名乗った少年は気を良くする。


「それじゃあ、少しだけ寝ていてもらうよ。これから行く場所はバレちゃいけないんだって」


 そう言うとシンラは一瞬でシオンの背後に周り、首に手刀を打ち込み、意識を奪った。倒れ込む彼女を支えると、シンラは笑う。


「伯父さん、待っていなよ。絶望を与えてあげるからね」


 そうして来た時と同じように、窓から飛び出して、そのまま父のいる研究所へとこっそりと向かった。

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