第204話勇者の人助け2

「おい、一応は死なねぇように遊んだけど、治しとけ」


 部屋に戻るとアリーネに声を掛けた。


「はいはーい」


 アホっぽい返事をしてアリーネは寝室へと向かった。


「む、娘に何をしたんだ?」


 デブが恐る恐る聞いてくる。


「別に、ただ少しばかり過激に楽しませてもらっただけだよ」


 どうやらあの女の悲鳴はこの部屋まで届いていたらしい。


「なんだその目は?」


 デブとその家族が恨みがましく俺を見てくる。


「あんまり不快にさせんなよ。せっかくあんたの娘のおかげで楽しめたのに、そんな目で見られたら、妹にもちょっかいかけたくなるじゃねぇか」


 俺は舌で唇を舐めながら、妹の方に目を向ける。小さく悲鳴を上げると、母親の背に隠れ、母親は庇うように妹を抱きしめて、怯えた表情を浮かべた。


「もー、遊びすぎだよ」


 アリーネがぶつくさ文句を言いながら戻ってきた。


「治したか?」


「まあね。でも私は傷を塞いだりするぐらいしか出来ないんだからね。飛び出た目玉を元に戻すことなんて出来ないし、ぐちゃぐちゃになった顔の骨だって強引に治すしかないから元に戻らないよ。切断された腕とか足とかぐらいならなんとかくっつけられるけど、それだって神経が繋がっているかどうかも分からないから障害が残るかもしれないし。火傷だって跡が残るよ。取り敢えず、破裂した内臓はなんとか治せたから命に別状はないけど。あーあ、可愛い子だったのに可哀想。あれじゃ、私なら死んだ方がマシって思うよ」


 なんの気兼ねもなく、つらつらとあの少女の状態を話す。我ながら遊びすぎた気もしなくもねぇ。デブ達の顔が強ばり、妹は泣き出し、母親は姉の所へと駆け出した。しばらくして母親の悲鳴が聞こえた。どうやら娘の状態を見て驚いたようだ。


「……あんたは悪魔だ」


「かはははは、悪魔? 違うよ。俺は勇者だ」


 笑いながら俺がそう言うと、デブは力なく崩れ落ちて膝をついた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「さてと、約束通り、お前らを守ってやるよ」


 そう告げると、デブ達はなんの感情もなくただ頷いた。その様子を見て、口を舐める。


「街から逃げるためのルートがあれば教えろ。俺が直々にボディーガードをしてやる」


「……わかった」


 来たばかりの街でルートを確保出来るだけの知識はねぇ。それならば奴らに案内させ、敵が来たら守ればいい。


「じゃあ今すぐ出るか?」


「ま、待ってくれ。まだシンシアが、あの子が目覚めていないんだ」


「シンシア? ああ、あの女か。別に置いて行ってもかまわねぇと思うが。待つ必要あんのか?」


「あ、あんたに人としての情は無いのか!」


「さあ?」


 馬鹿みたいな事を聞いてきたが、情があるかどうかなんて正直どうでもいい。俺の言葉に、一瞬デブは不快感を顕にするがすぐに隠した。残った妹の方を姉と同じ目に合わせたくなかったのだろう。少しだけ嗜虐心をくすぐられるが、今は性欲の方は収まっているので我慢した。どうやら俺にも情ってやつがあるらしい。


「さてと、それじゃあ起こしてやるとするか」


 俺が指を鳴らすとデブが慌てる。


「待て、待ってくれ! 私達がやるから!」


「かはは、そうか。残念だ」


 俺が笑いながら言うと、デブと妹は慌ててシンシアの部屋へと走っていった。


「あんまりいじめすぎちゃダメだよ?」


「まあ、程々にしとくよ」


「とか言って、どうせまた他でもやるんでしょ? もう何人潰したと思ってるの? ここ最近だけでも10人だよ10人。妹ちゃんで満足したら?」


「セルトで遊ぶのが一番好きだが、あんまりヤり過ぎて壊したら元も子もねぇだろ?」


 セルトを傷つけるのは好きだが、殺したいわけではねぇし、あの顔を壊したいわけでもねぇ。だからこの破壊衝動を満たすために代替物が必要なんだ。こいつらをそうしようかと思ったこともあるが、如何せん能力が高いので失うのが惜しい。だから結局、こうして街で適当に知り合った女で遊ぶ事になる。それをいちいちとやかく言われる筋合いはねぇ。


「つ、連れてきたぞ」


 片足を引きずるシンシアは残っている片目で俺の顔を見てブルブルと震えて半狂乱になって泣き出した。


「いやあああああああああああ!」


 悲鳴を上げる彼女に俺はイラつく。


「おいデブ。そいつを今すぐに黙らせねぇと殺すぞ」


 俺の声が本気である事に気がついたデブは、すぐにシンシアの口を塞ぐ。シンシアはそれでデブの手を思いっきり噛んだが、デブは脂汗を流しつつも耐えた。


「それじゃあ、出発するか」


 俺はその様子を見ながら全員に声をかけた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「このルートならすぐに街を出られるはずだ」


 デブの案内の下、俺たちは通りを進んだ。遠くから化け物の叫び声と、戦闘音が聞こえてくる。どうやら街の騎士達が頑張っているらしい。全くご苦労な事だ。


「あー、見つけた!」


「探したんだよ!」


 遠くからウェネーとエリミスが駆け寄ってきた。


「おう。人助けは出来たか?」


 まあ、どうせやってなどいねぇだろうが。


「いっぱい送ってきたわよ!」


「取り敢えず死にかけの者だけね」


「本当に死にかけていた奴だけか? 全くお前らも大概外れているよな」


 「送る」と言うことはつまり殺したという事だ。それをなんの感慨もなく嬉々として語るあたり、俺と同じく人として破綻している。


「そんな事よりこれからどうするの?」


 ウェネーが尋ねてくる。


「このデブどもを街の外まで連れて行ったらさっさと街を離れるぞ」


「えー、あの化け物と戦わないの?」


「なんで?」


「だって勇者なんでしょ?」


 至極当然の疑問だが、戦うかどうかは俺が決める話だ。それに騎士が何人死のうが、この街が滅びようが、俺にはどうでもいい。


「だからなんでだよ?」


「まあ、勇者様がそれでいいなら別にいいけど……」


 一応提案はしたが、実際には対して興味がねぇ事を俺は知っている。人間として真っ当である事を演じているんだ。まあ、結局は出来てねぇが。


「さてと、さっさと行こうぜ」


「ああ、っと、その前に、その子はいいの?」


 デブが肩を貸して、片足を引きずりながら、なんとか歩いている片目の、顔の崩れた醜い少女を見て、エリミスは柄に手を乗せる。


「お、おい!」


 怯みながらデブが俺に声をかけてくる。


「あー、そいつは放置しておけ。街を『安全に』出る約束なんでな」


「……そう。分かった」


 その言葉を聞いて、デブは安心した様に息をつき、エリミスは剣の柄から手を離した。


「それじゃあ、改めて行くとしようか」


 俺はデブとその家族に笑いかけた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ほいっ、約束通り街の外だぜ」


 ウェネーとエリミスに合流した後、特に何もなく街の外に出る事が出来た。まあ、元々化け物が一体入り込んだだけだからな。奴に会わなければどうって事はねぇ。


「あ、ああ。これが約束の金だ」


 デブが背負っていた荷物の中から金貨の詰まった袋を取り出して俺に渡してくる。ズシリと重い。


「毎度!」


 俺が笑うと、デブが後ずさる。


「も、もう放っておいてくれ」


「ああ、当然だ。ここまでが『約束』だからな」


 俺がその言葉を言った瞬間、エリミスがシンシアに一気に駆け寄ると、その首を切り飛ばした。少女は悲鳴を上げることすらなく絶命した。エリミスがそんな少女の横で可愛らしく笑った。あいつの頭の中では多分、前途多難な少女を救った英雄だという妄想でも広がっているんだろう。


「シンシア!」


 母親が悲鳴を上げる。


「お姉ちゃん!」


 妹が倒れ落ちた姉に抱きつく。


「あ……ああ、ああああああああ!」


 デブが発狂した様に叫びながら、よろよろと切り飛ばされた顔に近寄り、持ち上げて抱きしめた。


「じゃあな」


「バイバーイ」


「元気でねー」


「早く逃げないと死んじゃうよー」


 三者三様で心にも無いことをウェネー達が口にする。泣き続ける家族を背に俺たちは次の街へと歩き始める。後ろではセルトが立ち止まってデブの家族の前にいた。


「ごめんなさい……」


 小さい声だが、耳にそんな言葉が届いてくる。チラリと後ろを振り向くと、彼女がデブに掴みかかられていた。一瞬で頭に血が上る。


「あー、全くセルトちゃんも鬼畜だねー」


 ウェネーが呟く。


「ほんとほんと」


 その言葉にアリーネが頷いた。


「あそこまで行くと善意を通り越して、もはや悪意だよね」


 エリミスが言う。なぜならその瞬間、俺が一瞬でデブ達の前に移動し、セルトの前で全員切り殺したからだ。血が飛び散り、彼女に掛かる。セルトは呆然とした目で目の前の死体を眺めていた。


「お前のせいだ」


「え?」


「お前がこいつらを構わなければ死ぬ事はなかったのにな。本当に酷い奴だよ、お前は」


「……どうして兄さんはこんな事をするんですか?」


 意を決したようにセルトが尋ねてくる。


「さあ?」


 だが俺の行為に明確な理由なんざねぇ。強いて言えばセルトへの独占欲か。こいつを傷つけていいのは俺だけだ。


「さっさと回収して行くぞ」


 俺の言葉にセルトは頷くと、ノロノロとデブの死体に寄って行くと、その懐や背負い鞄など、デブ達の持ち物を漁り、宝石や金を集めて一まとめにし、自身が持っていたリュックに詰め込んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 それから1時間ほど歩いていると、向かい側から馬に乗った若ぇ男がジジイと美人ともう1人若ぇ男を引き連れて駆けてきた。歳は俺と同じくらいか。一目で強いと分かる。


「あんたら、この先の街から来たのか?」


「ん? ああ、そうだ」


 その言葉で、馬から男が降りて来る。


「悪いがどんな様子か教えてくれないか?」


 後ろで警戒する3人を無視して、俺は男に向かって知っている事を話す。


「……そうか。ありがとう。あんたら、最近物騒だから、気をつけろよ」


 俺はその言葉に頷いた。それから男は馬に飛び乗ると、お供を引き連れて、街へと向かって行った。


「あー、ああいう、いかにも善人そうですって奴、反吐が出るな」


 遠く去って行く背中を見ながら、俺は地面に唾を吐いた。

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