第194話発見

 毎朝、ルースは日の出とともに起床して、剣を振るう。かつてジンに教えてもらった鍛錬の仕方を真似たり、教員達に教わった事をやったりしているうちに、あっという間に学校に行く時間になる。授業が終わると、彼はいつも教員達に教えを乞いながら、自分の不足しているところを改善しようと努力する。その姿はある種の求道者のようにも見えた。実際に教員達の覚えもよく、実力も彼の年代にしてはであるが、強いと評価されていた。ただ所詮は他の生徒と比べてよく出来る程度であり、彼が望む高みは遥先にある。


 それを毎日実感しながら、日々訓練に励む。その日もいつものように剣を振るって鍛錬をしていると、突然彼の目の前に水鏡が作り出された。


『ルース!』


「なんだ、マル……」


 随分と焦った様子の彼女を疑問に思う。彼女がこちらの言葉に被せることなどよくある事だが、ここまで焦っているのを見るのはあまりない。


『ジン君が、ジン君が戻ってきた!』


 その言葉に思わず握っていた剣を彼は取り落とす。


「な……んだと?」


 呆然とした表情を浮かべる彼を見て、焦ったそうにしながらもマルシェは器用に小さく叫んだ。


『早く来て!』


「お、おう!」


 ルースは訓練着から着替えるのも忘れて走り出した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ふぅ、これで来るはず。アルるん、どんな感じ?」


 ルースに状況を伝えていたマルシェは一息つくとアルトワールに目を向けた。

「なんか……普通にデートしているみたい」


 アルトワールが観察している間、ジンもシオンも幸せそうにウィンドウショッピングを楽しんでいた。しばらく見なかった、シオンの幸福そうな顔に、正直アルトワールは面食らっていた。


「でもシオンは一体どこでジンを見つけたんだろう? あれだけ色んなところを探しても見つからなかったのに」


 シオンがこの2年近くの間、近衛騎士団ではなく、アレキウスの王国騎士団に所属していた理由の一つが、様々な場所に行く事が出来るからだった。しかしどれだけ探しても、彼の痕跡はほとんど見つける事が出来なかったのだ。そんな彼を偶然見つけたというのが、アルトワールには不思議に思えた。この広い世界で、たった一人の行方不明者を見つけるなど、無謀に近い。それも自らの意思で消えた人間をだ。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。


「そんな事、別にいいじゃん。シオン君が幸せならさ。それより、なんかさ、あの時を思い出さない?」


 彼女が言っている事がなんなのか、アルトワールはすぐに思い当たる。以前自分と彼女とテレサとでシオン達のデートのようなものを追いかけた事があったのだ。だがその時と明確に違うのはジンとシオンの距離感だった。


「まあ、そうだけどさ。それにしても、なんか悪い事している気になってきたわ」


 あの時以上に出歯亀もいい所だ。幸せそうな二人を遠くから眺めている自分達に少々抵抗感を覚える。しかし、マルシェはそんな事を気にしていない様子だった。溜息を吐きつつ、なんだかんだでアルトワールも付き合う事にしたのは、結局の所、彼女も2人の様子が気になったからだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜


「はあ、はあ、はあ、そ、それで、あいつは?」


 しばらくして、ルースが荒い息を吐きながら、マルシェ達と合流した。


「今シオン君と一緒にご飯食べている所」


 マルシェはそう言うと、テラス席で楽しそうに食事を摂っている2人を指差した。その指先を追って視線を動かしたルースはすぐにジンを見つけた。2年前より背は伸び、体もしっかりとしている様子が座っているだけで想像できる。あれから自分だけではなく、彼も大きく成長してきたのだという事が分かり、嬉しさが込み上げてきた。ただそれを感じると同時に、なぜ自分達に何も言わずに去ったのかという、2年間も溜め続けてきた怒りが沸々と込み上げてきた。


「ちょっと行ってくる」


「「はあ!?」」


 彼の発言に素っ頓狂な声をマルシェとアルトワールは上げる。


「いやいやいやいや、今あの2人の間に割り込むとかありえないから!」


「あんたも少しはシオンの気持ちになって考えろ!」


「で、でもよ……」


「「絶対にダメ!」」


 2人の女子から批判されて、流行る気持ちを渋々と抑えて、ルースは席に着いた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ここまででいいよ。今日はありがとう」


 シオンはそのまま実家に向かうらしく、貴族街の近くまで2人は来ていた。流石に今のジンの格好では貴族街を歩くには、少々見窄らしくて目立ち過ぎるため、仕方なくギリギリの所まで一緒に歩く事になったのだ。


「……次、いつ会える?」


 若干ぶっきらぼうに成りつつも、ジンが尋ねる。彼から尋ねてくるのがかなり新鮮なようにシオンは感じ、思わず笑みが溢れた。


「そうだなぁ。取り敢えず、王宮にはもう報告は終えてあるし、要請が掛かるまで、しばらくは空いていると思う」


「じゃあ、明日、また明日会えるか?」


 ジンの質問にシオンは嬉しそうに頷いた。そして2人はもう一度顔を見合わせると、どちらからともなく顔を近づけていった。


「シ、シオン?」


 しかし、突如、2人の横を通り過ぎようとした馬車が止まり、中から男性が声を掛けてきた。信じられないものを見ているかのように呆然とした声に、シオンとジンはバッと距離を取る。そしてシオンがその声の主の方にギギギという音が聞こえてきそうな程ゆっくりと振り返ると、そこにはシオンとどことなく似ている雰囲気を携えた壮年の男が馬車から出てきていた。


「お、お父様……」


 そう呟くシオンの言葉を聞いて、ジンの体は姉のナギと対峙した時とは全く別の意味で硬直した。


〜〜〜〜〜〜〜〜


「それで、君は一体誰なのかな?」


 落ち着いた言葉で、無理矢理笑顔を作りながらジンに尋ねてくる。3人は今、シオンの家の応接室にいた。テーブルを挟んで向かい側にシオンとその父親であるグルード・フィル・ルグレがソファに座っており、ジンは1人掛けの椅子に座らせられていた。


「おれ……私はシオンさんとお付き合いをさせていただいている、ジン・アカツキと申します」


「ジン・アカツキ?」


 その名前にグルードは反応する。その名を忘れるわけがない。以前大切な一人娘のシオンに手を出そうとしていた男だからだ。ただでさえそれが気に入らなかったのに、その上、彼女を傷つけ、キリアン公爵の馬鹿息子との縁談をシオンが受け入れるきっかけを作ってしまったのだ。


 グルードとしては本来あの縁談を受け入れるつもりはなかった。しかし、龍魔王がオリジンに現れた事を防げなかったとして、馬鹿な貴族派が騒ぎ出した。そこで、中立派を掲げていたキリアン公爵とその一派を自陣営に引き込むために、あの縁談が立ち上ったのだ。


 非常に不愉快ではあったが、国政に携わる身として、愚かな貴族派を牽制するのには良い手である事は否定出来なかった。どうせ断るだろうと思いながらも、一応シオンと公爵の馬鹿息子を見合いさせた結果、信じられない事に彼女が受け入れてしまった。その時のグルードの心境は計り知れない。だが、シオンがまともな精神状態でなかった事だけは、彼は理解していた。それも目の前の男のせいで。


「なるほど。それで、そのジン・アカツキ君が、娘とどんな関係なのか、もう一度私に教えてくれるかね?」


 怒りを抑えつつ、もう一度尋ねるグルードの威圧感に軽く怯みながらも、ジンは再度覚悟を決める。


「シオン……娘さんとお付き合いをさせていただい……」


「よく聞こえなかった。もう一度」


「娘さんとお付き……」


「よく聞こえなかった。もう一度」


「む、娘さんと……」


 ジンに向かって引きつった笑みを浮かべていたグルードがカッと目を見開くと、立ち上がって大声で怒鳴った。


「ふざけるなあああああ!!」


 その声に、シオンもジンも驚く。


「どこの馬の骨とも知らない若造が、言うに事欠いて私の大切な、大切な娘と付き合っているだと!? 馬鹿も休み休み言え!!」


「お、お父様!」


 シオンが父を宥めようと慌ててその手を掴み、落ち着かせようとする。


「お前は黙っていなさい! 今は私とこのクソ野郎が話しているんだ!」


 狂ったように怒りを露にするグルードに怯みつつも、ジンは毅然と立ち向かおうとする。


「お、お父様!」


「誰がお前のお父様だ!!」


「も、申し訳ありません、グルード侯爵! しかし、どうかお嬢さんとのお付き合いを認めていただけ……」


「それ以上、一言でも言ってみろ。お前をあらゆる手を用いてこの世から消してやる!!」


 その言葉には本気の意志が伴っていた。


「それでも、どうかシオンさんとのお付き合いを認めてください!」


 ジンの言葉で彼の怒りは頂点に達したらしく、テーブルを飛び越えてジンに掴みかかろうとした。


「お父様、ごめんなさい!」


 しかし、シオンがそれを制するために、素早く動き、首に手刀を落とす。その結果、グルード侯爵が伸ばした手ははジンに辿り着く事はなく、彼はそのまま気絶した。

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