第177話救出
シオンは昨日の事もあって部屋に閉じ籠っていたのだが、強引にアレキウスに引っ張り出され、彼のお気に入りだというレストランに、もう1人の副団長であるスコットと共に連れてこられていた。だが料理を待つ間、いくら彼から話しかけられようと全て上の空だった。しかし次の瞬間バッと顔を上げた。
「なんだこの気配は?」
不気味な力の波動が森の方から感じられた。それを感知して、全身に悪寒が走る。
「……気のせいか」
しかし、それもごく僅かな時間だった。それにアレキウスもスコットも何も気づいていない様子だ。
「どうした?」
スコットが訝しげに尋ねてきたので、シオンは顔を横にふった。
「いえ、なんでもないです」
「……そうか」
スコットは怪しみながらも、それ以上追及しなかった。
「おっ、飯が来たみたいだな」
アレキウスの言う通り、給仕が料理を運んできたので、話は一先ず置いておき、彼らは食事に意識を傾ける事にした。
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食事を終えて、ふと窓の外を見ると懸命に森へと走る青年がいた。先ほど異常な行動をしていたと報告された青年と風貌が似通っていた。だが彼女にはその顔に見覚えがあった。
「あれは……もしかしてエルマー!?」
そんな彼が先ほど不気味な気配を感じた方へと走り去っていったのだ。シオンは思わずガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。その様子にアレキウスとスコットが目を丸くする。
「おいおい、いきなりどうした?」
シオンは真剣な顔をアレキウスとスコットに向ける。その顔を見てすぐに彼らは異常事態が発生したのだと気がついた。
「団長、僕と一緒に来てもらえますか? 副団長は団員達に通達して、すぐに動ける様にしておいてください」
「分かった」
「直ちに」
詳しい理由も聞かずに2人は頷いた。そうしてシオンとアレキウスはすぐさま店から出ると追跡を開始した。
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「それで、話も聞かずに来たが、そろそろ何が起こっているのか話してもらえるか?」
エルマーに気づかれない様に森の中を迂回しながら進んでいると、アレキウスが尋ねてきた。
「そうですね……っ!」
「おいおい、なんだこいつは」
話そうとした瞬間に、視界が開け、そこには『喰べ残し』が転がっていた。
「まだあまり時間は経ってねえな」
死体の様子を確認しつつ、周囲の様子を探る。残念ながら直前まで雨が降っていたため、多くの情報が失われていたが、僅かに草が折れ、足跡が残っていた。それも人間の。
「こいつを喰ったのが獣や魔獣じゃないなら、やっぱり今回の事件は魔人が原因か」
「そうみたいですね」
「まあ、程度によるが使徒が2人もいりゃあ、なんとかなるだろう」
「……ですかね?」
「なんだ、不安か? まあ、安心しろ。魔人は確かに強敵だが、やろうと思えば単独で討伐する事だって可能だ。特にこいつは恐らく成ったばっかりだ。喰い方が汚ねえし、隠しもしねえ。そんな奴にはよっぽどのことがない限り負けねえよ。本当にヤバい奴らは跡すらろくに残さねえからな」
魔人は人を喰えば喰うほど強くなっていくが、発覚した事件の数を考えれば、まだアレキウスには対処可能な範囲の強さであると彼は推測した。さらにシオンがいれば確実に勝てるだろうと、そう考えたのだ。確かに経験豊富なアレキウスの考えは正しい。だがシオンは不安を拭い去れなかった。
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「それで、なんで気がついたんだ?」
2人が跡を辿りながら進んでいると、アレキウスがまた尋ねてきた。
「そうですね……うまく言えないんですけど、勘っていうか、気配っていうか、とにかく嫌な感じがして。それにその方向にエルマー……見間違えかもしれないですけど、行方不明になった知り合いが駆けて行ったんです」
「勘か」
「はい。すいません。もしかしたら取り越し苦労だったかもしれないのに」
「いや、実際にお前のお陰で魔人の尻尾が掴めそうなんだ。それは別にいい。それよりも、どうやら着いたみたいだぜ」
追っていた足跡はそのまま目の前の洞窟まで伸びていた。さらに幾つかの足跡が合流していた。少なくとも中に6人は潜んでいる。洞窟の奥はヒカリゴケのおかげで、うっすらと明かりが灯っているものの、奥までは見えなかった。
「さてと、とりあえずスコットに連絡しておくか。ということで頼んだ」
「はい」
アレキウスは水法術を使えないため、代わりにシオンが連絡する。スコットによると、すでに待機していた団員達をまとめて、森の近くまで来ているとのことだった。シオンは位置を簡単に説明し、『水鏡』を消した。
「30分ぐらいでここまで来れるみたいです」
「分かった。そんじゃあまあ、気を抜くんじゃねえ……っ!」
シオンとアレキウスが中に入ろうとした瞬間、洞窟の奥から悲鳴が聞こえた。
「聞いたか?」
「ええ」
「急がねえとヤバそうだな。走るぞ!」
「はい!」
アレキウスとシオンは風を纏い走り出す。しかし、風に押され凄まじいスピードで駆け出した彼らは、すぐに立ち止まった。洞窟の奥から人が駆けてきたのだ。
「あんたら、何があった!?」
初老の男性に背負われて、肩から夥しい量の血を流し、意識の無い青年と、金色の髪の可愛らしい少女という奇妙な3人組である。
「ジン!?」
シオンが青年の顔を見て思わず叫んだ。つい昨日別れた青年が、今や虫の息だった。シオンが彼に近づこうと駆け寄るが、初老の男性が警戒して距離を取った。
「お主ら、何者だ?」
「俺は王国騎士団団長のアレキウス。こっちは副団長のシオンだ。それで、何があった?」
「王国騎士団のアレキウスにシオン……使徒か!」
驚いた顔を見せる初老の男性に頷いて見せると、金髪の少女がアレキウスに縋り付いた。
「中にまだゴウテンが残ってるの! 一緒に来て!」
「分かった、まかせろ。シオン、その老人と青年を安全な所まで連れて行って、治療しろ! それが終わり次第来い!」
アレキウスの言葉に頷くも、シオンの頭の中は真っ白だった。今にも死にそうな顔をしているジンを前に、混乱していた。
「姫様!」
初老の男性の言葉を無視して、少女がアレキウスと共に再び洞窟の中へと走って行った。
「くっ! お嬢さん、早くどこかに移動するぞ」
血が出るほどに唇を強く噛み締めて、初老の男性がシオンに声をかける。そこで漸くシオンはハッとした。
「う、うん」
急いで3人は洞窟から距離を取った。しかし、ジンの容態があまりにも悪く、すぐに立ち止まって、治療を開始する事にした。
「ジン!」
肩がかなり喰い千切られて、もはや皮一枚でなんとか体と繋がっている様な状態だった。必死になって、光法術による最上位治癒術である『光癒』を発動する。レヴィ戦以来、彼女は光法術を扱える様になっていた。恐らく、その時に使徒へと覚醒したのだろう。使徒になった事は彼女にとって、別に喜ばしいことではなかったが、今この時だけは、心から女神フィリアに感謝した。
淡い光に包まれて、どんどんジンの傷口が塞がっていき、やがて跡すら残さず完全に治った。しかし痛みと出血のためか、ジンは意識を失ったままだった。その彼の頬を優しく撫でる。離れ難い気持ちでいっぱいだったが、アレキウスの救援に行かなければならない。何よりも、ジンをこんな状態にした相手を許せなかった。
「おじいさん。あとは任せてもいいですか? 20分ぐらいしたら騎士団が到着すると思います。もし僕たちがそれまでに戻らなかったら、彼らに状況を報告してください」
「かたじけない。ジン様をお救いくださり、本当に感謝致す。どうか、どうか姫様をよろしくお願い致します」
深々と頭を下げる老人に頷き、もう一度ジンの頬を撫で、その唇に微かに触れる。そして立ち上がると、シオンは全速力で駆け出した。
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「ゴウテン!」
ミコトは咄嗟に『結界』を張り、ゴウテンを包み込む。直後、凄まじい音と衝撃が周囲に伝わった。
「間一髪って所だな」
アレキウスが腰に下げていた長剣を抜いて構える。目の前にいる魔人の気配に背筋が凍った。
「どうやら、とんでもねえ化け物の様だ」
対峙しただけで、ただの魔人ではない事を瞬時に理解する。彼我の戦力差も同時に判断する。長年戦いの中で培ってきたその勘が、アレキウスに警鐘を鳴らす。
【新しいオモチャが来たか】
見た目は妙齢の女性だが、背中には白い翼がある。人間との違いはその程度でしかない。しかし、寧ろ人間に近い魔人ほど危険な存在はない。魔物の姿に寄らないという事は、それだけ魔人としての格が高いのだ。
「ハッ、使徒である俺はオモチャとはな」
【ほう、使徒か。少しは楽しませてくれよ?】
その言葉と同時に、アレキウスは後方に下がる。即座に彼の前を豪風が吹き荒れた。
「おいおい、いきなり随分なご挨拶をしてくれるじゃねえか」
【ふむ、今のを躱すか。それならばこれはどうだ?】
またしても風の槌が飛んでくる。しかしアレキウスはそれを容易く回避した。さらに、その回避した先にタイミングを合わせて風槌が追ってくるが、アレキウスには掠りもしなかった。彼はそのままミコトの前に着地し、彼女を背後に隠した。
【ほう、これも躱すか。面白い、人間、名前を聞いてやろう】
「はっ、名前を聞くなら、まず自分から名乗るのが礼儀じゃねえのか?」
挑発する様に言うが、相手は素直に頷いた。
【ふむ、確かにお前の言う通りだ。いいだろう。我が名はレト、法魔の名を冠する四魔の1人だ】
アレキウスはその名乗りを聞いて目を一瞬丸くし、頭をガシガシと無造作に掻いた。
「あー、法魔か、法魔ね。くそっ、ついてねえな。まさか1人の時に遭っちまうとは」
法術師団長のウィリアムが法魔が関わっている可能性があると言っていた事は頭に入れてはいたが、先入観から今回の事件はウェラス消失とは別件で、若い魔人の仕業だと考えていた。確かに若い魔人である事は確実だった。しかし、それが成り立ての法魔であるという事は想定していなかった。
【それで、人間。お前の名は?】
「おっと、こいつは失礼。俺はアレキウス・ビルスト。王国騎士団の団長を務めさせてもらっている」
【ふむ、それではアレキウスよ。我を失望させるなよ】
「はっ、精一杯頑張らせてもらうぜ。……嬢ちゃん、隙を見てあの小僧を助け出せ。そんで全力でここから逃げろ」
アレキウスは小声でミコトに話しかける。ミコトはブンブンと頭を縦に振った。
【なんだ。この小僧を助けたいのか? ならば助ければいい。我は全力のお主と遊びたいのだ】
「へえ、随分とお優しいんだな」
【かかっ! 単なる気まぐれよ。さあ助けるならさっさと助けよ。いつまでも待ちはせぬぞ】
「……嬢ちゃんはそこに居ろ」
そう言うとアレキウスは恐る恐るレトに近づく。しかし彼女は言葉通り、手を出すつもりは無いのか、ただアレキウスの行動を観察していた。
それから、アレキウスがゴウテンを抱き上げ、ミコトの前に戻り、彼女に渡した。
「さあ、行け」
「あ、ありがとう、本当にありがとう!」
ヨロヨロとしながらも、ゴウテンを抱きしめている彼女に笑いかける。そして、彼女がゴウテンを連れて去っていくのを見送った。
「随分待ってくれるんだな」
【なに、あの小僧どもに気を取られて十全に遊べないのが嫌なだけよ。それでは、そろそろ始めるか】
「ああ、いつでもいいぜ」
【よかろう。お前はすぐに潰れてくれるなよ?】
レトは酷薄な笑みを浮かべた。
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