第154話理由
モガルが不敵に笑いながらハンゾーのそばに近寄ってくる。その間にも何十もの法術が敵に襲いかかっていた。
「随分早いお着きだな」
呼吸を落ち着けながら言ったハンゾーの言葉にモガルがニヤリと笑う。
「何、ただお前らの話を聞いていつでも出られるように準備をしていただけだ」
出発前、ハンゾー達は保険としていくつかの決め事をモガルとしていた。イレギュラーがあり、もし魔人を倒せる可能性がある場合は合図を出すということにしていたのだ。クロウが派手に宙へと放った二発の炎弾がそれである。初めは難色を示していたモガルも、それならばということで、基本的には明日動く予定ではあったが賛同してくれた。それでモガルは冒険者達を相手が気づくギリギリのラインを見分けて待機していた。そして合図を確認した時点で全速力で駆けてきたのだ。ハンゾーはモガルに状況を掻い摘んで説明する。
「それにしても、なんで2体いるんだ?」
「わからん。どうやら分裂したらしい」
「はあ?なんでわざわざ融合体の特性を自分から捨てるんだよ?」
「さあな。しかし、今がチャンスだということに変わりはないだろう」
「まあな。そんじゃあ、お前らは少し休んで傷を癒してもらってくれ」
「ああ、任せた」
モガルにその場を任せて、ハンゾーはすぐに冒険者達の後方で治療を受けているはずのジンの元へと急ぐ。そこにはすでにクロウも来ており、ミコトとその手伝いをしている他の冒険者の治癒法術士を不安そうな目で眺めていた。
「姫様、ジン様のご容態は?」
「応急処置は済ませてあるわ。今やってるのは神経の治療」
ミコトによるとジンの背中の怪我はギリギリ切断には至らなかったものの神経がかなり傷ついているとのことだ。このまま何もしなければ歩けなくなる可能性もある。
「でももうすぐ終わるわ」
「大丈夫なのですか?」
「あたしを誰だと思っているの?」
堂々とした言葉にハンゾーは頭を下げる。
「失言でしたな。申し訳ありません」
「あいつらはどうなっている?」
顔を痛みで歪めながらジンがハンゾーに尋ねる。
「ジン様!お目覚めになられたのですか!わしのことがわかりますか!?」
「耳元で騒ぐなハンゾー。今の状況は?」
「今はモガル達が戦っております。それよりもジン様はご自身のことを」
大量に出血をしていたためか、ジンは未だに青白く、今にも意識を失いそうな顔をしている。
「終わった!ジン様、体の調子はどう?足の感覚とか、手の感覚とかちゃんとある?動かしたり、握ったりできる?試してみて」
ミコトの言葉にジンが頷き、体を動かしてみる。手を握ったり開いたり、足をその場で動かしてみたりする。
「大丈夫そうだ。っとと」
しかし立ち上がろうとした瞬間にふらりとバランスを崩し倒れそうになった。
「ジン様!」
クロウが慌ててジンに手を伸ばし支えた。
「済まない。ただの立ちくらみだ」
「あんまり心配させんでください」
「悪い悪い。それよりも何か食うものないか?血が足りねえ」
その言葉を聞いてミコトがおもむろに近くに落ちていた彼女のバッグをゴソゴソと探り始めた。
「それなら……えっと、あ、あった。はい、これ飲んで」
彼女が差し出したのは赤黒い色の小さな丸薬だった。
「これは?」
訝しげにそれを受け取ったジンは、その見た目の不気味さから思わずミコトに尋ねる。
「増血剤+精力剤+栄養剤+毒消し+麻痺消し他諸々の効能を持ったお得なお薬だよ。あたしたちの国では万能薬って言われてるやつ」
「姫様、それは!?」
「ジン様飲んではダ…」
「へぇ、じゃあありがたく頂くとするよ」
ハンゾーとクロウが何やら慌てた様子であったが、ジンはそれを無視して口の中に丸薬を放り込み、一息で飲み込んだ。
「「あああああ!」」
「な、なんだよ?」
彼らの声に思わずジンが驚いたよこで、ミコトが彼に告げた。
「あ、ただ副作用で数分間めっちゃ体痛くなるから気をつけてね」
「「それを先に言ってください!!」」
「ぎゃあああああああああ!!」
2人の声を聞きつつ、ジンは突如体の内から湧き出てきた激しい痛みに、叫びながらその場で倒れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「てめえら、相手に攻撃の隙を与えるな!法術で遠距離から攻撃し続けて相手の体力を削るんだ!魔人とはいえ、相手も生き物だ。無限に体力があるわけじゃねえ!」
モガルの指揮のもと、多くの法術がアイザック達に襲い掛かる。しかし、その攻撃はアイラが張ったバリアーによって全て防がれていた。
「ちっ、鬱陶しいな」
アイザックはそんなアイラの後ろで苛立ちを募らせていた。理性を取り戻した彼が真っ先に行いたかったのは、ジンを殺して喰らうことである。魔人になりたての彼にとって、自分の存在意義を証明するためには目的が必要であった。もちろんアイラも彼にとって大切な、守るべき存在である。だからこそ、自分が弱体化することを理解しつつも体から分離したのだ。あの地獄の中でわずかな時間であっても彼に救いをもたらしてくれた彼女に、アイザックはただもう一度会いたかった。会って話がしたかった。
魔人は人間を喰らう化け物である。だがそれでも彼らはかつて人間だったのだ。
もはや自分が人間でないことをアイザックは理解している。いかに人間の容姿をしていたとしても、その中身は全く別物である。目の前で自分たちを攻撃してくる存在が単なる餌にしか見えない。そのことに気づき、自嘲する。こんなことならば、意識など取り戻さなければよかった。プライドの高い彼にとって、自分が化け物であるということを認めるのは耐えられなかった。しかしそれはもはや変えようのない事実である。なればこそ、かつての自分という存在を消したいと願った。
ジンを殺したいという気持ちはただの逆恨みである。それと同時にアイザックにとって、その行いはかつての自分との決別を意味していた。かつての彼のことを知っている存在を殺す。そうすることで初めて彼は今の自分を受け入れることができるのだ。
「大丈夫だよ。私が手伝うから」
アイザックが苛立っていることを察したのか、右手を前に突き出してバリアーを張ったまま、アイラが振り返ってそっとアイザックの右頬に触れる。その暖かさに心が激しく揺さぶられた。そして彼はその手をそっと包んだ。
「ありがとう」
今までこんな素直に感謝を示したことなどない。だがアイラの前でだけはアイザックは自分をさらけ出すことができた。アイラもきっと自分と同じ感情を抱いているはずだ。魔物になっても優しい心を残していた彼女はアイザック以上に自分自身に嫌悪感を抱いているかもしれない。それでも、そんな彼女がアイザックのことを慮って、自分の心すらも殺そうとしている。それを理解しているからこそ、アイザックにとってアイラが最も尊く、大切なものであった。例え2人に分裂したことで、相手に負けることになったとしても、彼にとってはアイラと再び、会い、話すことに比べれば瑣末な問題であった。もちろん負ける気などさらさら無いが。
過去との決別のために、今目と鼻の先にいるジンを早く殺して喰いたかった。アイラは優しいために人を殺せない。それは魔物になっていた時も同じだった。もし殺せたら、ジンの背中を切りつけるのではなく、もっと致命的な攻撃を繰り出していただろう。つまりジンが生きているのは確実である。
「それじゃあ、一緒に戦おう」
「うん!」
無邪気な笑顔を浮かべるアイラに優しく微笑み返してから、前方にいる無数の肉塊を眺める。そして彼は彼女と手を繋ぎながら、水法術『大水流』を放った。周囲の瓦礫が地面から湧き上がってきた大量の水に飲み込まれ、冒険者たちの方へと激しい川の流れのように襲い掛かる。多くの悲鳴とともに、一瞬にして数十人の冒険者が命を落とした。
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