第122話カーニヴァル2
背後から自分に向かってくる音に気がついたレヴィが振り向くと、ジンはもう目前まで迫っていた。その様子を見て食事を止めたレヴィは嗤う。パッ、と持っていた『それ』を手放すと、ジンに体を向けた。
「はああああああ!」
「あは!」
先ほどと同じように剣を摘もうとする。だがジンの手にあるのはレヴィの『腕』から作り上げた剣だ。つまり彼の肉体と同じ硬度を持ち、彼が身に纏う力に高い親和性を有しているはずだ。だからこそ彼の体に傷をつけることができる。
「なに!?」
レヴィの指が斬り飛ばされる。それを見て彼は咄嗟に距離をとった。だがそんな隙をジンは与えない。怒涛の連撃でレヴィの肉体を切り裂いていく。
「ちっ!はあああああ!」
一つ舌打ちをしてから、体内のエネルギーを放出する。猛風がレヴィから吹き出し、舞台上にいた者たちを吹き飛ばした。ジンは空中で体勢を整えると、器用にシオンを抱きとめて着地する。
『とりあえず目的の一つは達成か』
「ジン、あいつは……」
自分を不安そうに見つめてくる彼女をちらりと一瞥してから、すぐにレヴィへと視線を戻す。
「心配すんな。それよりも今は逃げろ」
「う、うん」
普段とは違う雰囲気にシオンは戸惑う。よく見ると彼の手には禍々しい一本の短剣が握られていた。脈動するドス黒い鱗模様のその剣は、一目見ただけで呪いの武器である事が分かる。
「その剣……」
「いいから、さっさと逃げろ!」
彼女に向かって怒鳴る。その声には焦りが過分に含まれている。
「で、でも!」
「くそっ!」
「きゃっ!?」
ジンはシオンを強引に持ち上げると、思いっきり投げ飛ばした。信じられないほどの力で観客席まで飛ばされたシオンは、そのまま体を客席にぶつける。なんとか体を強化したおかげでダメージは大してないが、それでもショックは大きい。下手したら死んでいた可能性もあったのだ。それがジンによるものだったのだから尚更だ。
だがジンとしては、シオンにいつまでも近くに居られると戦えないのだ。レヴィが彼女を人質にでもすると、動きが鈍るかもしれない。あるいは彼女を守りながら戦わなければならなくなる可能性だってある。ようは足手まといになりかねない。それだけは避けなければならない。
『なんてのは単なる理屈で、単に惚れた女を死なせたくないからだってんだからな。仇を前にしょうもねえ』
本当はシオンに協力してもらいつつ、レヴィと戦う事が一番理に適っている。むしろ彼女を囮にすれば勝率は一気に上がるだろう。そんなことはわかっている。わかっているのだ。だがそれでも彼にはそんな選択肢はない。たとえこの場で死ぬことになっても、今度こそ大事な人を守りたいのだ。
「お別れは済んだのかな?」
レヴィが動き出す。
「待ってくれるなんて随分優しいじゃねえか」
「何言ってるんだい?僕はいつでも優しいよ」
「はっ、笑えねえ冗談だな」
「あはは、そうかい?まあでも、君との決闘に部外者が居られるのは本意じゃないからね。殺す手間も省けたし良かったよ」
にっこりと嗤うレヴィに、背筋から冷や汗が一筋流れる。
「それにしてもその剣、もしかしてあの時の僕の『腕』から作ったのかな?」
「ご名答。『黒龍爪』っていうんだ」
「ふーん。でもそれって随分やばそうだけど、体は大丈夫なのかい?」
ちらりとレヴィは短剣に目を向ける。自分から生み出されたとは思えないほどの禍々しさだ。それがジンの体を蝕んでいるのは一目でわかる。愚かしいほどに哀れな姿だ。
「さあな」
ジンは不敵に笑う。こんな時ウィルならそうするはずだ。心の中であの時の彼のことを思い出す。絶対的な存在を前にそれでもあの男は笑ったのだ。ならば自分もそうするべきだとジンは思う。
「まあいいや、それじゃあかかってきなよ」
「言われなくても!」
ジンがレヴィに飛びかかる。しかしレヴィは動く気配を見せない。ジンの攻撃がレヴィの肩に直撃した。
「あは!」
レヴィの顔から悪意が零れ落ちた。無傷である。先ほどレヴィの指を切り飛ばせたのは単に彼が油断していたからに過ぎない。だがもうそんな隙を見せることはない。自分の肉体から作り出されたとはいえ、所詮は分離したもの。核のある本体ほどの強度は無い。
「なっ!?」
「行くよ」
驚愕の表情に覆われたジンの横腹に蹴りを放った。高速のその攻撃を、ジンは回避できない。
「ごはっ」
腹部を蹴られ、吹き飛ばされたジンは、しかし壁に叩きつけられはしなかった。
「それっ」
彼が吹き飛んで行くよりも早くレヴィが回り込み空中へと蹴り飛ばした。
「ほっ」
空中に高く浮かんでいる状態のジンを上から両拳を合わせて叩き落とした。すでに切り落とされたはずの指は新たに生えている。
「がはっ」
舞台がジンを中心にして割れる。だが追撃はまだ終わらない。とっさにジンは体を強化して、防御力を上げた。その瞬間、彼の体はまた強烈な一撃を浴びて吹き飛ばされる。頭が痛みを認識するよりも前に、何度も何度もそんな攻撃を食らい続けた。
繰り返される攻撃に意識を失いそうになりながら必死に耐える。一瞬でも気を抜けば確実に殺される。未だに意識を保っていられるのは、ジンがギリギリのところでなんとかガードをしているからだ。だがそれも時間の問題だろう。
観衆は息を飲んでその公開ショーを眺めていた。誰も近寄ることができない。圧倒的な強さと残虐さを併せ持った存在が目の前にいるのだ。ただただこの場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。だがそんな彼らの願いを聞き入れたかのように戦士たちが動き出した。
突如現れた水の虎がレヴィに突進し、噛みついた。
「はあああ!」
男の声が辺りに響く。そのまま虎はレヴィを場外まで吹き飛ばし、その隙にジンたちの様子を確認しようと何人かが近づいてきた。
「サール先生!ジンくんの容体は!?」
駆け寄ってきたのは教官の一人であるアルトだ。途切れそうになっているジンは頭の中でぼんやりと考えていた。
「ひどいですね……でも致命傷はないみたいです。これなら今すぐ治療すれば間に合います。ちょっと離れていてください!」
そう言うとサールはジンの治癒を開始した。暖かい光がジンの体を包み、活力が戻ってくるのをジンは感じる。
「そっちはえー、いいからね、アルト先生、えー、相手に集中してくださいね!」
ガバルの声にすいませんと答えるとアルトはジンからレヴィの方へと意識を向けた。倒れてはいるが、凶々しい気配は一向に消えず、邪悪な力の波動は弱まっている感じもない。おそらくはほぼ無傷だ。
「はあ、くそが。結構本気でやったってえのに無傷とか勘弁してくれよ」
ぼやき、片足を引きずりながら、のろのろとベインが舞台に登ってきた。ちらりとジンを見てから、レヴィの方へと目を向ける。
「ちっ、教師の安月給でこんなバケモン相手にするとか割りに合わねえよ」
「まあまあそんなこと言わずに、ベインさんだってなんだかんだでジンを守るために出てきたんでしょ?立派に先生やってるじゃないですか」
アスランがからかうような調子でベインに話しかける。騎士団の訓練に参加していた彼は、ベインとも面識があった。
「ちっ、うるせえな。俺のことより目の前のバケモンに集中しろ、馬鹿野郎」
煩わしげに悪態をつくベインを見てアスランは苦笑する。そんな彼を見てより一層うんざりとした顔をベインが浮かべた。
「おめえら、そのガキ連れて離れろ!そんで結界張れ!腰抜かしてねえでさっさと行動しろクソが!サール、ジンは?」
「大丈夫です。簡易的な治療は終わっています!」
「よし!そんじゃあさっさと動きやがれ!」
ベインの言葉に下に降りてきた20人の兵士たちが従う。少し前まで近衛騎士団の副団長をしていたのは伊達ではない。一線を退いたとはいえ、そのカリスマ性は損なわれてはいなかった。
兵士たちはなんとか動けるようになったジンに肩を貸して立たせると、この場から離そうと3人が誘導する。残りはその場でベインたちとともに戦う覚悟を決めていた。
「さてと、そんじゃあバケモン退治といくか!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
「あは!」
レヴィはゆらりと起き上がり、舞台上にいる数人の『ご馳走』を見て嗤った。
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