第98話予選開始
掲示板には大々的に予選の対戦表が張り出された。それぞれ16ブロックあり、各16人がトーナメントで戦い、勝った者が次の試合に進むという方式だ。ジンたちはそれぞれ自分の名前を探す。
「お、あった!ジンお前の名前あったぜ」
ルースが指差す方を見ると確かにジンの名前がある。どうやら彼は12ブロックの第3試合目のようだ。対戦相手は誰かと確認すると案の定誰かわからなかった。
「ディアス・イル・キリアンって誰か知ってるか?」
「いーや全然」
「えっ、二人とも知らないの?この国の公爵家の三男だよ。確かAクラスだったはず」
「へぇ、お貴族様ってやつか」
「うん、でも気をつけてね。結構性格悪いって有名だから、試合でも何してくるかわからないよ」
「まあ成るように成るだろ」
どこかで聞いたような名前だが記憶に残っていないということは、別に覚える必要は無いと考えたからだろう。
「それよりもルースとアルはどうだ?」
「俺は5ブロックの第一試合でこいつは6ブロックの第7試合だ」
「じゃあ全員違うってことか」
「おう、まあお前とやるにはお互いに本戦まで残らないといけないってことだな」
「お前の一回戦の相手は誰なんだ?」
「あー、確かマールス・フラギリスとかいう2年だ。データにもねえよ」
「ふーん、じゃあアルは?」
「知らない。ちゃんと見てないから」
やる気のなさそうに欠伸までしている彼女にジンは呆れる。
「おいおい、そりゃあお前は無理やり選ばれたかもしれないけどよぉ、もう少しやる気出そうぜやる気。こいつの相手は中等科の3年でジェニ・ハーヴェってやつだ」
ルースが彼女に代わって説明する。
「そいつ強いのか?」
「ああ、こいつのは一応データがある。水、風、土の3属性の使い手で、武術においても結構いい成績を残しているってんで将来を有望視されているってやつだ」
「えぇ、そうなの?うわ、マジでやる気なくなってきた。もう棄権してもいいかな?」
ルースの情報により一層テンションを下げてしまったアルは実行委員会の詰所に向かって歩き始めた。それをルースが慌てて止めた。
「せ、せめて1試合ぐらい出ようぜ」
「はぁ、どうせ私の試合なんて誰も興味ないから別にいいって。それより本の続きが気になるからさっさと帰って読みたいんだよ」
イライラとしているのが有り有りとわかる。そんな彼女をルースとマルシェが必死になって説得をし、なんとか形式だけでも1試合だけは出ることとなった。
「じゃあ、俺たちはこっちだから。お互い頑張ろうぜ!」
「おう」
ルースが向けてきた拳に、自分の拳をぶつける。この大会では4つの会場でそれぞれ4ブロックずつ試合が行われる。そのためルースはアルとともに第2会場に、ジンは一人第3会場に向かうことになった。
「あれ?ジンも第3会場なの?」
控え室の床に座って入念なストレッチをしていると茶色い短髪の少年、カイウスが近寄ってきた。
「ああ、久しぶりだなカイウス」
ジンに会えたことが嬉しかったのかニコニコと笑っている。
「よかった、誰も知り合いがいないから少し緊張していたんだよね。ジンはどのブロック?ぼ、俺は第9ブロックなんだけど」
「安心しろ、俺は12だ」
「そうなんだ!よかった。友達と戦うなんて嫌だからね」
「まあそうだな」
「ウンウン、それじゃあお互いに頑張ろう。本戦で会えるといいね」
「おう」
カイウスはジンと少し話しただけで去って行った。その数分後今度は銀髪の少女が彼の元に近づいてきた。
「ジンもここの会場だったんだ」
シオンの声は弾んでいる。すでに試合が待ち遠しくて仕方がないという様子だ。
「なんだシオンもか。お前は第何ブロックだ?俺は12だけど」
「あぁ惜しい。僕は9だ」
「ってことは、仮に戦うことになったとしたら本戦ってことだな」
ジンは少し安堵する。最近稽古を試合形式で行なっているとはいえ、この武闘祭では木剣ではなく普通の武器を使うことができる。タリスマンのおかげで死ぬような怪我はしないとのことだが、どこまで信じられる物なのかわからない。そのため可能ならば戦いたくなかったのだ。
「ちぇっ、まあいいや。絶対本戦に出るんだぞ」
「だから善処するって。あ、そうだ。9ブロックって言ったよな」
「うん」
「カイウスってやつには気をつけろよ」
「へぇ、それはつまり僕が負けるかもしれない相手ってこと?」
シオンは目を細めてジンを見つめる。
「いや、分からねえ。分からねえが、ただ強いってことだけは分かる」
なんの情報にもなっていないが、ジンの目利きはある程度信頼はできるだろう。
「ふうん、よく分かんないけど一応気をつけるよ」
「ああ、そうしてくれ」
その後少しばかり話をして、シオンは『知り合いを見つけたからじゃあね』と言って歩き去った。
それからさらに数分後、今度は小太りの少年をつき従えてブロンドの少年が近寄ってきた。性格の悪さが顔に出ているがなかなかにハンサムな少年だ。
「こいつですよ、ディアス様」
「ほう、お前が俺の一回戦の相手か。うん?貴様どこかで…」
小太りの少年がジンを指差し、金髪の少年が見下したような視線を向けてくる。ジンも相手の顔を見てどこかで会ったことがある顔だと気がついた。向こうもそれに気がついたらしく、怪訝そうな顔を浮かべている。
「あっ、こいつ入試の時の失礼なやつじゃないですか?」
「「入試?」」
そこでようやく二人とも思い当たった。そういえばジンは入試の日に校門の前に立っていた時に突然因縁をつけられたのだ。
「ああ、あの時のゴミか」
その言葉にムッとするがジンは聞き流して、ストレッチを続ける。その様子にプライドを傷つけられたらしく、ディアスは顔をしかめた。
「無視か、全くどこまでも人を不快にさせる虫だな」
それでも反応しないジンに小太りの少年が怒りをあらわにした。
「おい、お前あんまり調子にのってると…」
「まあ待てコルテ」
コルテを諌めると彼は馬鹿にしたようなを浮かべた。
「それにしてもお前、あのシオンに気に入られているんだな。同情するよ」
「あ?」
突然シオンの名前が出てきたことに驚き、思わず反応してしまった。どうやら先ほどの彼女との一幕を見ていたらしい。ジンの反応を見て一層ディアスは嘲笑する。
「だってそうだろう?あいつは先月の事件で一人見捨てて、一人廃人にしたんだぜ?その上今まで何人病院送りにしたかわかったもんじゃない。あんな頭のいかれた性悪女に好かれるとはな。心から哀れに思うよ。なあコルテ」
「全くもってディアス様の言う通り!」
ディアスとその言葉に賛同するコルテに鋭い視線を向けるが二人ともジンを嘲笑っている。自分のことならまだしもシオンのことを言われては腹が立つ。彼女があの事件の後、一体どれほど苦しんでいたのかも知らないくせに。自分でも驚くほどに、彼女を侮辱されて腹を立てている自分がいた。
「安い挑発だな。まあいいぜ、買ってやるよ」
ジンは立ち上がると真正面からディアスと睨み合う。
「ふっ、血祭りにしてやるよゴミが。行くぞコルテ」
「あ、待ってくださいディアス様!」
言うだけ言ってその場から去って行ったディアスの後ろ姿をジンは睨み続けた。それからさらに十数分後、会場スタッフが控え室に訪れて、選手を試合会場へと誘導した。
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予選会場となる訓練場には簡素なリングが四つ置かれている。そこで試合をして勝てば2回戦進出ということだ。9ブロックと12ブロックのリングは隣り合っているため試合を見ることもできる。
隣のブロックの試合に意識を向けつつ待っていると早速ジンの試合になった。第1、第2試合は前評判通り2年と3年が1年相手に勝ち上がった。やはり2、3年に進級するほどの実力者であるため、下のクラスであっても強いようだ。実際に1年側が両方Bクラスだったのに対し2、3年はCクラスの生徒たちだった。
「第3試合、ジン・アカツキ、ディアス・イル・キリアン前へ!」
名前を呼ばれた両者がリングの中央に立つ。
「ルールはなんでもありで、時間は20分だ。それでも決着がつかない場合、よりダメージが受けていた方が敗北となる。両者タリスマンは所持しているな?」
二人は首にぶら下げていたタリスマンを審判に見せる。
「よし、それでは第3試合、開」
審判がいい終わる前にディアスがすぐさま抜刀してジンに斬りかかった。マルシェが言った通りなかなかにいい性格をしている。
「はあああ!」
だがそれはただ剣を振り下ろしただけの斬撃だ。そんなものがジンに当たるはずがない。勝負は一瞬だった。容易く攻撃を躱したジンはカウンターに蹴りを相手の顎に向けて放つ。綺麗に入ったその蹴りはディアスの意識を一瞬で刈り取った。試合開始3秒、武器すら抜かずに勝負はついた。
ジンは相手の様子を確認することなく背中を向けてリングから降りる。背後でドサリとディアスが倒れた音がした。12ブロックの試合を見ていた観客や選手に静寂が流れた。
「しょ、勝者、ジン・アカツキ!おい担架急げ!」
一年とはいえEクラスの生徒がAクラスの生徒を一撃で倒したという目の前の状況に審判ですら信じられずに呆けていたが、思い出したかのようにジンの勝利を宣言した。コルテがディアスの名を呼びながら慌てて駆け寄って行ったのが視界に入った。
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