第87話戦闘と合流

「させるかよ!」


 駆け寄りながらジンは4本の投げナイフを瞬時に創造する。イメージするのは追尾し爆発する武器だ。空中に浮かぶそれを左手で掴み取り即座に投擲する。ナイフは再生中の足全てに着弾し爆発する。そしてすぐさま駆け寄ってさらなる攻撃を仕掛けようとして、急停止する。


「—————————————————————!!!」


 治りかけていた足を吹き飛ばされたことで大蜘蛛は怒りをあらわにしたのだ。あたり一面に毒液を吐き出し、自分の周囲を守るように鋼鉄の糸と粘着性の糸を所構わず飛ばし、ギョロギョロと目玉を動かしてそこかしこへと熱線を放射する。


 ジンはそれを冷静に回避しながら相手が何を狙っているのかを考える。周囲に目を配り、そして気がついた。


「くそっ」


 ジンは急いでシオンの元へと走る。だがすでに彼女を覆う防壁は蜘蛛による攻撃で壊れかけていた。何も考えていないような、ランダムに見えた攻撃は最初からジンではなくシオンを狙っていたのだ。


 ジンは相手が元人間であることを理解はしていたが、どこまで知能が残っているかまでは把握していなかった。蜘蛛に似た容姿のせいで無意識のうちに相手が知性体ではないと認識してしまっていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 大蜘蛛は自分を執拗に攻撃してくる目の前の男の弱点を探す。意識を取り戻した途端にこんな状況だ。混乱する頭をなんとか切り替える。すでに8本ある自分の足は4本もあの少年に切り落とされた。このままいけば確実に自分は彼に殺されるだろう。それならば生き延びるための策を今すぐに練らなければならない。特にあの短剣は危険すぎる。ただでさえ少年の動きについていけていないのに、自分の硬い外皮をバターのように容易く切り裂いてくる。


【くっ何か…何かないのか!】


 周囲に何かこの状況を打破するために有用なものはないか、自分の足を治療しつつ必死になって全ての眼を動かして、情報を探す。


【あれはっ】


 眼に入ったのは光の膜に覆われて倒れている一人の少年…いや、少女だった。彼は確かにその少女を助けようとしていた。そして彼女が傷ついていることを知り、自分のことを憎しみを込めて睨んできたではないか。


【じゃああの少年と少女の関係は…】


 そこまで考えて大蜘蛛は方針を決める。彼女を囮に使うと。では自分が何をすればいいのかを考えている時に再生中の脚に何かが飛来し、爆発する。その痛みに顔をしかめながら、この状況を利用することを思いついた。


 相手はどうやら自分を警戒しているせいで、少女のことにまで気が行っていないようだ。少年は冷静に自分を観察しつつ攻撃してくることから、慎重なタイプなのだろう。ランダムで攻撃するふりをすれば相手も自分の意図を考えるだろう。やがてそれに気がつき、少女を守るために動いて隙ができるかもしれない。そうなれば絶好の好機だ。作戦としては相手が気がつくことを前提としているもので、あまりにもお粗末だがそれ以外に自分が生き残るすべはない。


【このまま時間をかければおそらく先生たちもここにきちゃうかもしれない。それに私はあの子に会わなくちゃ…喰べなくちゃいけないんだ!】


 頭の中に思い浮かぶ小さな少年…鈍色の髪をした、可愛らしい笑顔を浮かべる少年。自分のすぐ後ろをいつもくっついてきた小さな愛しい少年。最愛の弟。その姿を思い浮かべ、自分の願いを再確認する。


【…あれ、でもなんで私…を喰べたいんだっけ?】


 ふとそんな疑問が頭をよぎるが、目の前の少年が駆け寄ってくるのを確認し、急いで作戦を実行に移した。バレないように、慎重を期して光の膜に覆われた少女に向かって攻撃を開始した。


 大蜘蛛の作戦は少年にとって想像以上に効果的であったことがすぐに分かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「くそっ」


 ジンは必死になって駆ける。相手の行動は想定外だった。さっきまで目の前にいる自分にしか関心を持っていなかった。人質などという搦め手など考えてさえいなかったのだろう。そうでなければ最初からシオンを攻撃していたはずだ。つまり追い詰めたことで、急に人間の人格が意識の表層に浮かび上がったのだろう。自分の考えの至らなさに心の中で舌打ちをする。


 突然自分の背後から熱線が放たれた。先ほど切り落とした脚の一本からだ。それを瞬時に躱そうとするが右腕に僅かにかすり、短剣を放してしまう。その上それはそのままシオンを覆う光の膜を破壊した。その直後シオンに向かって粘着性の糸が飛ばされ体がその場に固定される。留めとばかりに蜘蛛が熱線を再度彼女に向かって撃ち放った。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ジンはギリギリのところで彼女との間に滑り込み、『防壁』を発動する。光の盾が目の前に現れ、その攻撃を防ぎきり消滅した。しかし彼が安心するのも束の間に追撃とばかりに毒液が飛ばされていた。おそらく熱線を放ったのとほぼ同じタイミングで吐き出したのだろう。


【ダメだ間に合わねえ!】


 ジンは体を盾にするように、シオンに覆いかぶさる。その直後毒の塊が彼の背中に直撃し、周囲に飛び散った。


「ぐっ、がぁぁぁぁぁぁ!」


 背中の傷から体内へと毒が一気に駆け巡っていく。激しい痛みとともに体がどんどん痺れていく。だがどうやら彼女のことは守ることができたらしい。


 そんな彼をあざ笑うかのように蜘蛛が再度毒液をジンたちに向けて放射した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「お前たち何があった!」


 ルースたちが進んでいると、向こう側から3人の教師が駆け寄ってきた。武術教練担当でBクラスの担任のアルト・ティアリス、保健医のサール・イアート、そしてSクラスの担任のガバル・ローシだ。どうやらルースたちより前にあの化け物に襲われた隊の避難信号を確認して急いで来ていたらしい。


「先生!よかった、ジンくんとシオンくんを助けてください!」


 マルシェが泣きながら叫ぶように3人に言って、その場で崩折れた。その様子にアルトたちは混乱する。


「どういうことだ?一体何があった?」


 アルトの質問にルースたちが現状を手短に説明する。


「…それと、ジンがその化物のことを『合成獣だ』って言っていました」


「何ですと!?」


 いつもの落ち着いた印象と違い、驚愕の表情をガバルは浮かべた。


「何か知っているんですかガバル先生?」


 サールがその反応からガバルに質問する。


「い、いえすみません。ですが、えー、その話が本当なら非常にまずいですね。今すぐシオンくんたちを助けに行かなければなりません!えー、サール先生、この子たちを連れて増援をお願いします。えー、アルト先生、我々は直ちに現場へ行来ましょう!」


「ちょっと待ってください!『合成獣』とは何なんですか?」


「それは走りながらね、えー、説明しますよアルト先生、それではサール先生、えー、可能な限り早くお願いしますね!」


「わかりました。ではみんな行こう」


 サールは深刻そうに頷くとルースたちに声をかける。


「あ、あの!」


 そこでエルマーが手を挙げた。


「ぼ、僕も…僕も連れて行ってください!」


 意を決したようにキッと顔を上げてガバルを見つめる彼の目には普段のおどおどした感じはなく、覚悟のようなものが浮かんでいた。彼はずっと考えていたのだ。あの大蜘蛛の腕にあったヘアゴムのことを。あれは確かに自分が以前姉にプレゼントしたものに酷似している。なぜかわからないが、その真相を確かめないといけないという義務感のようなものが彼の心の中に生まれていた。


「ダメだ、危険すぎる。それに連れて行ったとしても、君は我々のスピードに付いていけないだろ?」


 だがそんな彼の思いを知らないアルトが彼の意見をバッサリと切り捨てる。


「お願いします…足手まといにならないように頑張りますからお願いします!」


 必死になって頭を下げるエルマーを見下ろしながら、アルトが再度拒絶の言葉を吐こうとした時、


「えー、アルト先生、連れて行きましょう。えー、どうせこの中の誰かを道案内に連れて行かなければならないでしょう、ね?それならばえー、彼にお願いをね、しましょうよ」


 ガバルの言葉はもっともだ。彼らにはジンたちがいる正確な位置がわからない。生徒のうちの誰かを連れていく必要がある。


「ガバル先生、ですが…」


「お願いします!」


 もう一度エルマーの真摯な顔を見て、しばらく逡巡したのちにため息をついた。


「はぁ、わかった。だが我々の命令は必ず守るんだぞ?」


「はい、ありがとうございます!」


 エルマーは何度も頭を下げて感謝する。


「それじゃあサール先生は生徒たちをお願いします。ガバル先生と…エルマーだったか?行くぞ!」


 アルトの言葉に二人は頷く。そして3人はジンたちを救出するために走り出した。


「それでは私たちも行こうか。っとその前に、ルース君、足を見せなさい」


「え?ああ、はい」


 サールの言葉にルースが怪我した足を向ける。


「ふむ、応急手当は終わっているが腱はまだ完全に治りきっていない、というところか。どれ『完治』」


 そう言うと彼の手から柔らかい放たれた光が患部を優しく包み込み、あっという間に回復させてしまった。


「嘘っ、今のって光法術の!」


 マルシェがサールの技に目を丸くすると、彼はそんな彼女に柔らかな笑みを浮かべた。


「もう大丈夫だ。足をついてみなさい」


 ルースは言われた通り地面に足を下ろす。全く痛みを感じない。


「す、すげえ」


「これでもう走れるだろう?それでは我々も急ぐとしよう」


「「「「「「はい!」」」」」」


 サール先導の元、他の教師陣に救援を要請するために、彼らはゴールへと全速力で向かった。

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