第68話暗躍

 薄暗いジメジメとした室内に多くの実験器具が置かれていた。部屋の大きさは一教室分ほどもあり、部屋の壁一面には奇形の動物や人型の形をしたもの、臓器などが液体につけられて瓶詰めされている。さらに目を引くのは部屋の最奥に置かれた多くの魔核を陳列した棚である。その量はざっと見ただけで数百はくだらないだろう。


 蝋燭で照らされた部屋の中央には診察台が置かれ、その上には脳が剥き出しになった少女が横たわっていた。その前には男が立っており、医療用に使う刃物を用いてグチュグチュと生肉を弄る音を立てながら、その少女の体内を調べていた。ふと彼はその手を止めて彼女を観察する。少女は意識を失っているのか目を閉じて荒い呼吸を繰り返している。


「ふむ」


 男は一つ頷くと部屋の最奥の棚のところに向かい、その中から魔核を二つ取り出した。


「この実験もついに百を超えるか…。今だに実験結果が安定しないのにはどんな理由があるのか…素材の問題か、それとも他に何かの要素が必要になってくるのか。あるいはあの子だけが特別だったのか…」


 ブツブツと呟きながら、少女の元に戻る。


「さて、今回はどうなるかな?」


 男は持ってきた魔核を脳と、開胸して晒しておいた心臓に押し付ける。すると魔核は溶けるようにそれぞれの部位に吸収されていった。次の瞬間、切り裂かれ、剥き出しにされていた部位がみるみるうちに回復を始め、あっという間に元通りに治ってしまった。それから少女はビクッビクッと跳ねるように動き、ゆっくりと目を開けた。


「調子はどうかな?えっとなんて名前だったか…そうだ、サラ君だったね」


 男はにっこりと少女に微笑みかける。その顔は直前まで猟奇的な行動をしていた人物とは思えないほどに穏やかで優しげだった。男に対して少女はゆっくりと顔を向ける。ぼうっとした顔からは何の感情も伺うことはできない。


「あ…う…」


「どうだい、自分のことはわかるかな?どんな気分で、体の調子にどこかおかしいところはないかい?」


 気遣うような質問を少女に浴びせかける男であったが、それに対して少女は無反応であった。ただ小さく唸っているだけである。


「…サラ君、サラ君、僕の言葉がわかるなら右目を一回だけ瞬きしてくれないかい?…君はファレス騎士養成学校3年のBクラス所属で間違いないかい?」


 その質問に対しても彼女は何も反応しない。というよりも瞬きすらしない。


「君の家族は父、母、弟二人、そのうちの一人はここの一年生だよね?」


 彼女の右まぶたはピクリとも動かない。


「君がこの学校に入ったのは使徒サリカに憧れたからだね?」


 少女は口からよだれを垂らしながらその目を宙空へと向けている。


 男は根気強く少女に質問を投げるが、結局何問聞いても少女はただ小さく唸るだけだった。唐突に彼女の右足が化け物のそれへと変化し始めた。それを見て男は深い溜息を吐く。


「はぁ、また失敗か。この子も処理しないといけないな…さてどうしようか?」


 男は顎に手を当ててしばし考える。そして閃いた。


「ああ、そういえばそろそろ新1年生のあれの時期か。それじゃあ計測と実験用に彼らに処分してもらうとするか。そうすれば死んだことにして何人かは回収して実験台にできるしね」


 そう言って男は少女に薬を打つ。すると彼女の体に起こっていた変異が止まった。


「はぁ、毎度のことながらこれを持ち運ぶのは面倒臭いなぁ。誰か助手でも雇えればいいんだけど…」


 男はぼやきながら、慣れた手つきで少女を人一人は入る大きめのカバンに詰め込んだ。


「よいしょっと」


 それを背負い男は歩き始めた。目指すは騎士学校が普段訓練に使う、街の東側に広がる森だ。


「『光折』」


 男が呟くと周囲から彼と彼の背負い袋の存在が消失した。


「やれやれ…」


 人一人が入った袋を軽々と持ち運びながら、男は森の奥へと入って行った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 東の森に打ち捨てられた少女の体は時が動き出したかのように再び変化し始める。それは徐々に大きく膨らんでいき、体から新たに四本の手足が伸び、鋭い爪へと変化した。口部は虫が持つ禍々しい顎門へと変容し、眼球に幾重もの線が走り、複眼のような形態へとなる。さらに全身が黒く染まり、身体中から人間の目が開いた。すでに少女の面影は跡形もなく消え去り、そこには身の丈おおよそ10メートルにはなる、百の目を持つ巨大な蜘蛛が横たわっていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 暗い部屋に戻った男は研究机の前にある肘掛け椅子にドサリと腰を下ろした。


「さてと、次の素材には誰を選ぼうか…次こそ魔人化実験が成功すればいいなぁ」


 男は机の上に置かれた複数枚のカルテを取り上げて目を通し、ほくそ笑んだ。

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