第56話決着

「な…んだと…」


 ウィルは出血と疲労により、今にも意識を失いそうになりながら、なんとか『ノヴァ』に目を向ける。


【ふむ、まあ混乱するのも当然であろう。だがまあ、先ずはこの腕か】


 そう言った次の瞬間、『ノヴァ』の両腕が再生した。


「な…」


【む?これぐらい驚くことではなかろう?無神術が使える者にとって造作もないことじゃぞ?】


 ウィルはその言葉を聞いて愕然とする。相手の言葉を信じるならば、目の前にいるのはレヴィに融合した魂のみの存在のはずだ。だがそれがレヴィの体を媒介にして術を、しかも無神術を発動したのだ。それはつまりその力がフィリアの支配下にあるということを指している。そして同時に、その力の危険性を知っているフィリアがジンに注意を払わないということなどあり得ない。


「そんな…まさか…レヴィも…」


【ふむ、本当に何も知らないのじゃな。結論から言えば無理じゃ。術は魂に刻まれたもの。儂以外には扱うことはできぬよ。たとえ儂と融合していたとしても…な。それにしてもラグナは何もお主らに伝えておらぬのか…】


 語尾が徐々に小さくなっていき、ウィルからはノヴァが何を呟いているのかわからなかった。


「それじゃあ…それじゃあレヴィ…魔人になったの…は…」


 ずっと気になっていたことを、ウィルはノヴァに向かって叫ぶ。


【む?ああ、いいやそれは違う。レヴィも言っておったじゃろう。あやつは元からそうなる運命だっただけじゃ。まあ儂の宿主に選ばれたと考えれば、儂のせいなのかもしれぬがな。だがあやつの本質は何も変わっておらぬよ。あやつはただそうなるべくしてなっただけじゃ】


 その言葉にウィルの心は怒りに満ちる。そんなウィルのことを知ってか知らずか、『ノヴァ』はしばし考えたのちに言い放った。


【ふむ、しかしこのままではいささか不公平であることは否めんな…よし、それじゃあ儂からそこの小僧に一つだけ助言を与えてやろう。無神術はただ『重力』を操るものではない。その本質は『創造』と『破壊』じゃ。努々伝え忘れるなよ?】


「どう…いうことだ…」


【悪いがこれ以上語る権限を儂は持ち合わせておらん】


 その言葉にウィルは低く唸る。得られた情報はあまりにも少ない。発動条件は何か、どのようなことまでできるのか、どうすれば鍛えられるのか等、知りたいことが増えた。


【今、お前たちは殺さぬよ。だが覚えておけ。その小僧の力は呪いにも等しい。今後さらなる試練が待ち受けていると思え】


 『ノヴァ』の顔が邪悪に歪んだ。


【それじゃあ、儂らは行かせてもらおう。おぬしが生きながらえることができれば再び相見えることもあろう】


 そう言い放つと、『ノヴァ』はドラゴンの姿に変化した。そして一つ唸り声を上げると、大空へと舞い上がり人界のある北へと飛び去っていった。それを見届けたところでウィルは意識を手放した。遠くから誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「なんで俺の邪魔をしたんだ!」


 真っ暗な部屋の中で、光を当てられたレヴィが大声で叫ぶ。彼は今、自分とノヴァの魂を結ぶ空間に存在していた。普段二人はここで互いの意思を共有するのだ。目の前に光の柱が立ち上ると、ノヴァが煙のように現れた。黒い鱗に金色の瞳を持つ龍人がレヴィを見下ろした。


【今は殺してはならぬからじゃ。それはフィリア様の意思に反する】


「はぁ!?意味わかんねぇ!あんたは俺に協力してくれるんじゃなかったのかよ!」


【…レヴィよ、おぬしには最初に言ってあるじゃろう?儂は何よりもまずあの御方のために行動すると】


「それが意味わからねぇんだよ!なんであの糞野郎どもを殺すことがダメなんだよ!?」


【はぁ、おぬしが最後に受けたあの小僧の力は覚えておるか?】


「っ!ああ、糞が、あの餓鬼俺の腕を消しやがった!」


【うるさいのぉ、いい加減落ち着け】


 ノヴァがレヴィに鋭い眼光を向ける。それを受けてようやくレヴィも荒い呼吸を整え始める。しばらくして殺気立っていた彼の気配が消えた。


「…ごめん。ちょっと興奮しすぎちゃった」


【別に構わぬよ。おぬしの怒りもまあ想像できなくもないからな】


「…それで、あの餓鬼の力は一体なんなんだい?」


 その言葉にノヴァがしばし沈黙してから口を開いた。


【…おぬしにはかつて話したことがあるじゃろう、『無神術』という力を】


「ああ、ノヴァが使えるっていうやつでしょ?それじゃああれが?」


【その通り、儂の考えが正しければの。あの力こそが神さえも殺すという力じゃよ】


「それそれ、でも胡散臭すぎない?だいたい誰がそんなことを言ったの?ラグナってやつ?」


【そうじゃ、じゃが確かにあの力は神を殺すことができる。実際に儂はあの力を使って、かつてフィリア様のお身体を傷つけたことがあるからの】


「はぁ!?どういうことだよ、初耳だぞ!」


【まだ儂がラグナの元にいた時じゃ、儂はフィリア様に攻撃する機会を得た。そして実際にあの御方を…】


 その声には深い後悔の音色が含まれていた。それから頭を軽く振ると声の調子を元に戻した。


【まあ、つまりあの力はフィリア様にも届きうる危険なものだということじゃ】


「…それなら、なおさら今殺した方がいいんじゃないの?」


【ダメじゃ。さっきも言うた通り、それはフィリア様の願いに反する】


「どう言うこと?」


【おぬしも知っておるだろう?あの方は常に飢えている。自分が『物語』に参加したいと願っている。するとどうじゃ、『無神術』を使う『勇者』、いや『悪魔』があの御方の命を狙っているのじゃ。フィリア様が望む劇的な、しかも自分が主人公である『物語』が描かれるということじゃ。実際に儂があの御方に攻撃した時の喜びようときたら、今でも寒気が走るほどじゃ】


「…つまりあいつはフィリア様への供物ってことになるの?」


【そういうことじゃ】


「じゃあ、フィリア様に早速報告しなくちゃ!」


【それもやめておけ】


「なんで?」


【かつて儂も同じことをしたことがある。確かあれはエルサリオンとかいうエルフだったか…、その時あの方はひどくお怒りになられてのぉ。なんでもその情報を勝手にばらされたことをご不快に思われたそうじゃ】


「…でもフィリア様のためなら、どれだけお怒りになられるとしても、伝えた方がいいんじゃないかな?」


【…お主がフィリア様の御不興を買っても良いならば好きにせよ。ただしその時は命がないと思え】


 その言葉を聞いてレヴィは馬鹿にしたように笑う。


「あはは、あの御方が僕を殺すはずないだろう?」


【おぬしが思うているほどあのお方はお優しくはないぞ。実際に儂もそれで殺されたからのぉ。ただ儂は『無神術』が扱えたから魂だけとなった今でも存在することを許されているのじゃがな。おぬしの場合は…まあ、ただ死ぬだけじゃろうな】


 ノヴァの感情のない声にレヴィはゾッとする。確かに彼は自分以上にフィリアのことを知っている。そんなノヴァがはっきりと言い切っているのだ。自分が知らないだけで、フィリアにはそんな狂的な側面があるということだ。それを知っているノヴァのことを羨ましく感じると同時に嫉妬した。自分の大切な女神様を自分以上に理解しているということが許せなかったからだ。それでもその気持ちが悟られないようにレヴィは注意する。


 そんなレヴィの気配に気がつくも、ノヴァは無視して話を続ける。


【まあ、そんなわけであの御方に今回のことを伝えてはならぬ、決してな】


「…わかった。でもそれじゃあなんで父さんは殺しちゃダメだったの?別にあの人は関係ないでしょ?」


【あれはおそらくラグナがあの小僧を強くするために用意した人材じゃ。つまり、あの小僧を鍛えるのに最適な存在と言える】


「え〜、なんでだよ…別にそれを父さんがする必要ないんじゃない?どうせ殺してもラグナが別のやつを用意するでしょ?」


【くどい、フィリア様の御意思を尊重するならば従え。本来ならばおぬしの母親も殺してはならなかったんじゃがな。まあ時期が来れば殺させてやるから、それまでしばし辛抱せい】


「…チッ、仕方ないな。わかったよ」


レヴィは一つ舌打ちをすると不満そうな顔をノヴァに向ける。


「でもこれからどうするの?人界で暴れるの?それともこのままエデンで?」


【人界に戻るぞ。儂らが目覚め、あの力の使い手が現れた。これからおそらく他の三人も目覚めるじゃろう。あるいは既に目覚めておるかもしれぬな】


「他の三人って、お前以外に四魔人って呼ばれている奴らのこと?」


【そうじゃ、あやつらには今回のことを伝えておかなければならんからのぉ】 


「はぁ、それじゃあまたあの結界を越えなきゃいけないってことだね。あれ痛いんだよなぁ」


【まあそうは言うまいて。さっさと人界に戻るぞ】


「はいはい、わかったよ。それじゃあ僕に体の支配権を返してよ」


【よかろう。それでは儂はまたしばし眠りにつこう。何かあれば起こせ】


「ああ、おやすみノヴァ」


 レヴィのその言葉を聞きながらノヴァは現れた時と同じように煙のように消え去った。


「…クソ爺が、いつか完全に僕の中に取り込んでやる」


 真っ暗い部屋の中でレヴィはぼそりと呟き、意識を肉体へと結びつけた。


「さてと、行きますか」


 空中を翔けるレヴィは目を開けてそう呟くと、結界を目掛けて速度を上げた。  

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