第34話危険な力

「まあそう慌てんな、コツさえつかめばすぐにできるようになるって」


「そうそう、あたしたちだって、最初は神術を使えなくてすごく苦労したんだよ。それこそ何ヶ月も修行してようやくまともに扱えるようになったんだから。たかが二週間で使えたら、あたしたちの立つ瀬がないよ」


 ウィルとマリアの励ましの言葉が却ってジンを落ち込ませた。一向に進歩しない自分は本当に才能があるのだろうか。こんなことにつまずいていて本当にフィリアを打倒することは可能なのか、気持ちばかりが焦っていた。だがどんなに真剣にやっていても、羽ペンは全くと言っていいほどに動かなかった。


「なんでできないんだ!」


今日も朝の鍛錬が終わってから、ぶっ続けで修行をしていたジンはついにフラストレーションが限界までたまり、大声で叫んだ。


「うわっ、驚かせんなよ。どうしたんだ、一体?」


ジンの横で昼寝をしていたウィルが飛び起きた。


「だっていつまでたってもできないじゃないか!どうすればいいんだよ!意味がわかんないよ!」


ジンの目からポロポロと涙が溢れる。自分の不甲斐なさにイライラする。ウィルの前で泣いてしまう自分が情けない。何より悔しいのは、ナギとの約束が果たせられないかもしれないということだった。


「おいおい、たかだか二週間だぜ?マリアも時間がかかるかもしれないって言ってただろ?」


「でも!」


「お前には才能がある、強い意志もある、だからもっと自分を信じてやれ。そうすりゃきっと成功するからよ」


 ウィルの言葉はきっと的を射ているのだろう。才能も強い意志も自分にあるかはわからないが、ただ一つわかっているのは、自分に自信があまり持てていないことだった。なんどやっても一向に進捗しない修行のせいで、ジンの中にいつのまにか無神術に対して苦手意識が構築されていたのである。


 結果として、彼は自分の術の発動を無意識のうちに否定していた。こんなに難しい技術を、法術の素養すら持っていなかった自分が扱えるわけがないと。それが彼の中でブレーキとなり、力の発動を阻害していることにはなんとなくだが気がついていた。しかしだからと言って簡単に意識を変えることができるなら、ここまで困ってはいない。


「じゃあどうすればいいんだよ!」


大声で叫ぶジンをウィルは必死になだめすかした。


「まあ落ち着けって、そんなに焦ってもできるもんじゃねえよ。とにかく訓練するしかねぇ。継続は力なりってやつだ」


ウィルの言葉は正鵠を射ていたが、まだ幼いジンには容易に理解できるものではなかった。


 しばらくしてヒステリックに喚いていたジンもだんだん落ち着いてきた。その様子を見てウィルは特訓を切り上げることを提案してきた。


「わかった、これで最後にする」


そう言って、集中するために、一つ深呼吸すると頭に描いたイメージを現実に映し出そうとする。腕を前に出し、穴が《空く》ほど羽ペンを眺め続ける。しまいには鼻血まで出てきた。だがそれでも羽ペンを睨み続ける。


「ぐふっ…」


そんな彼の集中力を切ったのは羽ペンを挟んで向かい側にいたウィルの苦痛にまみれた声であった。


「…ウィル?」


ジンがそちらに目を見やると、腹部から夥しい量の血を流したウィルが倒れていた。


「ウィル!」


急いで彼に駆け寄ると、その横腹にはジンの拳ぐらいの太さの穴が空いていた。それが彼の内臓ごと抉り取っているように見えた。


「ウィル、どうしたの!?」


痛みで呻くウィルに声をかける。


「マ、マリアを…」


「わかった、待ってて。今呼んでくるから!」


ジンはそう言って家に駆け戻った。


「あら、そんなに慌ててどうしたんだい?」


「マ、マリア、ウィルが…ウィルが!」


「うん?ウィルがどうかしたのかい?って、ちょっと!」


ジンはマリアの腕を掴むと思いっきり引っ張って、外に連れ出した。


 ウィルを見たマリアは驚いた。ウィルの傷はどう考えても通常の攻撃ではありえなかったからだ。彼の腹を抉り取れるような敵がいたとしたら、そうなる前に彼は対応しているだろう。あるいは何かしらの術による攻撃を受けたか。それも可能性は低い。いくら集中していたとはいえ、ウィルの後ろに敵がいたとしたら、彼と向き合っていたジンが敵意のある存在を発見できるだろう。そしてそれを彼に報告するだろう。それすら見えなくなるほどに集中していたら話は別だが。


 ならば他に考えられる可能性は何か。あり得るのはジンがウィルに対して攻撃したということだ。実際に彼の傷を見てみると、ジンに向けていた体の前面から背面に向かって、僅かながらだが穴が小さくなっていることが確認できた。しかしジンの慌て様を見るに、それは彼が無意識的に行ったことだと断定できる。


「ウィル、今治すからね」


そう言って患部に両手を当てると彼女の体から淡い光が立ち上った。彼女は法術の三重属性保持者にして、稀有な光法術を操ることができた。聖なる光がみるみるとウィルの腹部を修復していく。


「ウィル大丈夫⁉︎」


傷口が完全にふさがったのを見てジンが声をかける。


「ああ平気だ。ちっと、ばっかし驚いたけどな」


「はぁ、まったくあんたは…。それで今回の原因はなんだい?随分と物騒な怪我だったけど」


「おお、それがな…」


ウィルがことのあらましをマリアに伝えると、彼女は目を丸くした。


「すると、この怪我はジンがやったってのかい?」


「うん…ごめんなさい…下手したらウィルが死んでた」


 ジンは先ほどの場面を思い出して、か細い声で謝罪する。下手したらウィルは死んでいたのだ。もし自分の視線がウィルの腹ではなく、顔にでも向いていたなら今頃彼の頭は抉れていただろう。そうすると途端に自分の力が悍しいものの様に感じられた。自分が家族を殺しかけていたということがたまらなく恐ろしかった。もうナギの時の様に大切な人を失いたくはなかった。


「まあ今回は俺たちがお前の力に対して理解が不十分だったっていうのも原因なんだがな」


ウィルは済まなそうに頭をボリボリ掻きながら真剣な顔をする。


「まあそうだな、これでお前の力がどんなにやばいのかよくわかったよ。だからお前に一つ制約を課す。この力は俺たちのどちらかが見ている前以外で、決して使うな。どうしてもって時以外じゃ絶対に頼っちゃならねえ。もちろん訓練の時以外ならいいけどよ」


「…うん、約束するよ。ウィル達の前以外で使わないようにする」


「よし!男と男の約束だぜ。そんじゃあ飯食おうぜジン。先に行って準備しておいてくれよ。俺はマリアとちょっと話があるんでな」


「わかった…」


そう行ってジンは家に走って行った。


 それを確認したウィルは地面に倒れこみそうになる。それをマリアが素早く支える。


「ちょっと、大丈夫かいあんた?」


ジンに聞こえないように小声で囁く。


「ちっとやべえな、怪我したところがクソ痛え」


脂汗を流しながらウィルは言った。マリアのおかげで一命はとりとめたが、肉体にかかっていた負荷は消えてはいなかった。


「本当にジンがやったのかい?とてもじゃないけど信じられないよ」


「ああ、俺もだ。だが確かにあいつがやったんだよ。奴の視線の先に突然黒い球体が現れてな、俺の脇腹を抉って行きやがった。ありゃあ空間そのものを引き裂いてるって感じだった」


「…そん時のジンの様子はどうだったんだい?」


「やべえぐらいに集中していた、鼻血出るくらいにな。俺の声も何もかも聞こえてないって感じだった」


ウィルはその時のジンの様子を思い出す。


「あれは集中っていうより何かに取り憑かれているって感じだったぜ」


「…それであんたはどう思ってるんだい?」


「あの力はやばすぎる。今のジンじゃコントロールもできねぇから、このまま何も対策しなかったら、あいつは確実に死ぬぜ。正直言って無神術ってのをなめてたよ」


「そうだね、あたしもそうさ。似たような結果は他の術でもできるけど、まさか空間そのものに干渉するなんて、常軌を逸しているよ」


「それに心配なのはジンがあの力に依存するかもしれないってことだ」


「どういうことだい?」


「強すぎる力ってのは、いかんせん頼りたくなっちまうだろ?あいつはまだガキだぜ、力に溺れやすくなるかもしれないと俺は思う。そんだけの力だからな」


「なるほどね、しかもあの子の目標には力があるに越したことはないからね」


「そうだ、だから明日からは力の発動と制御を重点的に訓練しなくちゃならねえ。つうことで明日からジンの修行を見てくれるか?術のコントロールなら俺よりお前の方が適任だろ?座学の方は俺がやるからよ。ちょっとしばらくはまともに動けなさそうだ」


「わかったよ、あんたがそこまでいうなんてねぇ。でもあんたに座学なんて教えられるのかい?」


「馬鹿にすんな。座学といっても戦術についてとかだから大丈夫だ」


「はあ、了解了解。それじゃあそろそろ家に行きますか。ジンも心配してるだろうしね。1人で歩けそうかい?」


「ああ、少し楽になったぜ」


 そう言って顔を歪めつつウィルは1人で歩き始め、マリアはその後ろに従った。家に帰るとジンが不安そうな顔でドアの前に立って、2人を待っていた。


       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 夜寝る前にジンはベッドの中で1人考えていた。自分のうちに秘められている力の危険性について、いくらまだ子供だとはいえ今日の一件は彼の心に深い影を落としていた。


「本当に危なかった…」


ぼそりと呟く。彼は無意識ではあるがウィルを殺そうとしたのだ。そんな自分の力がひどく恐ろしい。昨日まではあんなに恋い焦がれた力だったが、今では正直二度と扱いたいとは思えなかった。


「なんでラグナはこんな力を俺なんかに渡したんだろう」


疑問はあるが答えは見えなかった。なるほど、この力ならジンの目的に役立つかもしれない。だがそれがもたらす影響は彼には計り知れない。まるで無神術は甘美な呪いのようであった。

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