第24話 聖女の条件ってそういうこと?

「それは、今日参加された聖職者の方から聞いたのよね?」

「はっきりと明言はしなかったけど、そういうことだというのは少し教えてくれた。普通は未決定のうちに外部には漏らさないものなんだけどね。旧知だからこそっていうのもあるけれど。状況から僕がどうせ推測して真実を言い当てるだろうと思われたみたいだね。

 彼女のことは、どうしてもパーティーに顔を出したいから、同行させてほしいと懇願されたから連れて来たらしい」


 セリアンが色々とお見通しな人なのは、ローウェルド司祭達も承知しているからこそ、ある程度のことを話してくれたようだ。

 にしても、懇願するほど婚約パーティーに行きたいって、一体なぜなのか。


「肝心の聖女についてのことだけど、少し前からそういう話があったらしい。今はまだ認定される可能性がある、という状況のようだけど」


 可能性があるだけでも十分に驚きだ。


「そもそも聖女認定の条件ってどういうものなの? 私、教会に何か貢献したとか、教義を他国に広めたとか、ものすごい寄付をしてどこかの地域を救ったとか、そういうものだと思っていたけど」


 シャーロットがそうしたという話は、ついぞ聞いたことがない。

 普通の令嬢のように、お茶会やパーティーに出席している話しか聞かない。それもけっこう、不思議な話なのだけど。


 あちこちで微妙に顰蹙を買っているわりには、シャーロットは招かれないということが少ないらしいので。フィアンナのパーティーの時のように、誰かの同伴者としてぐいぐい参加しているのもあるんだろう。


「それが、建前だけの場合もある」


 セリアンは答えた。


「表ざたにはされないが、教会内部の人間……司祭以上なら知っていることだけど、功績を作って本当の理由を隠す場合があるんだ。そういった聖女の場合は『祝福』を持っている」

「祝福……」


 思わず、自分の祝福のことを思い出して、苦笑いしそうになる。このことはセリアンにも秘密にしているんだもの。

 でもたしかに、人のためになる祝福を持っている人なら、教会が聖女として認定することもあるのだろう。


 ……私みたいにおかしな祝福だと、人に言うこともできないけど。


「シャーロット嬢の祝福が何なのかって、教えてもらえたの?」


 セリアンは首を横に振った。


「さすがにそこまでは。極秘らしくてね。彼女の場合、このまま祝福のことは公表せずに、別な理由を作って聖女として認定するんじゃないのかな。その準備のためもあって、聖女に認定する時間がかかっているんだと思う。

 そうでもなければ、一貴族令嬢が懇願したところで、聖職者がわざわざパーティーに同伴なんてことはしないだろうから」

「…………」


 気になる。

 セリアンへの執着も、その辺りが原因のような気がするし。

 かといって、私にも実家の子爵家にも、シャーロットについて詳しく調査できるほどの力はない。むしろ正攻法で調べる部分は、セリアンに頼むべきだ。


 でも普通の方法では、シャーロットの執着の原因はわからないだろう。

 フェリクスのように彼女にほだされてしまう男性は今までにも多かったし、そういった人達を利用しているところからしても、彼女は不作法さに比例するような考えなしで行動している人ではない、と思うから。


 そもそも秘めた思いなんてものは、口には出さない。

 すると使えるのは、自分のこっぱずかしい祝福の力だ。

 とりあえずはセリアンに、シャーロットについての調査をお願いする。


「今日わざわざ顔だけ見せに来たところからしても、シャーロット嬢がこのままで済ませてくれるとは思えないの。なにせ私の婚約を潰して悪評を立てただけでは飽き足らずに、マルグレット伯爵が私に興味を示すように仕向けたりもしたのだもの。何かこう、徹底的に私を不幸にしたいとしか思えないもの」


「君の心配はわかるよ。僕も今日の行動からは不穏な感じを受けたから。一体何が原因なのか、調べられるだけ調べてみよう……伝手も使って」

「ありがとう。あなたが婚約者で良かったわ」


 セリアンのようにこちらの不安を理解してくれて、しかも調べる伝手もある人が側にいてくれてよかった。そう思って握手するべく彼に手を差し出したのだけど。


 手を握り返してくれたセリアンが、私の手を握って引き寄せる。

 ふいを突かれた私は、いともかんたんに隣にいた彼に寄りかかってしまう。


「あのセリアン? 一体何?」


 しかも離れようとしても、もう一方の手で背中を抑えられて、セリアンにくっついた状態のまま動けない。

 じわじわと焦りと、恥ずかしさに頭の中が「わわわわわ」という言葉で埋め尽くされそうになった。

 そんな私に、セリアンが説明してくれた。


「もしシャーロット嬢が君を不幸にさせたいがために、僕と君の仲をもし裂こうとしていて、先日君を誘惑しようとした男をけしかけたような手で次も来る可能性もある。でもそう考えるのは、今の状態の僕たちは誰かが割って入れば壊れる程度のつながりしかない、っていう風に見えるせいだと思うんだ」

「うん。その、理解はできる」


 私はうなずいた。

 なにせ友情と利害の一致で婚約を決めたのだから、私とセリアンの間に分かちがたい感情――例えば恋とか――なんて他の人には感じ取れないだろう。


 普通の結婚ならそれでもいいのかもしれないけれど、シャーロットにとってはそれが付け入る隙のように見えている可能性はある。

 でも今、誰も見ていないところで仲が良さそうにする必要はないと思うんだけど!?


「もしシャーロット嬢のことが解決したとしても、結婚するまでしばらく時間がかかるだろう? その間に、うちに恨みがあったり陥れたいと思った家の人間が、君や僕に何か仕掛けてくる可能性はある」

「なるほど。でも、それでこれなの?」


「あちこちで君が誘惑されるというのも、君が振り返らなかったとしても少々外聞が悪いだろう? まるで男を引き付ける悪女みたいだ。そんな風に、君を悪役に仕立て上げようとする人間がいるかもしれない。それを阻止するのに一番いい方法は、間違いなく君と僕が想い合っているように見せることだ」


 だけど、とセリアンは続ける。


「君は嘘をつくのが下手だから。少しずつ慣れていくべきだと思うんだ」

「ご慧眼でございます……。でも、その」


 事前に説明したうえでしてくれないかしら?

 そう思ったけれど、セリアンが私を抱えるようにしたまま指先に口づけた瞬間、抗議の言葉が喉の奥で泡のように消えて、なにも言えなくなったのだった。

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