夢冒険

如方りり

第1話 冒険のはじまり

春休みに入って最初の土曜日。

小学校を卒業したばかりの僕は、お父さんの転勤で引越しをした。


今日から暮らす家は、前いたマンションの倍くらいある一戸建て。

自分専用の部屋もあるし、新しい生活に慣れたら犬を飼ってもいいと言われている。

…だけど僕の心の中は楽しみなことばかりじゃない。


4月から通う公立の中学校には知り合いがいない。

新しい学校で友達はできるのか、怖い先生はいないか、サッカーは続けられるのか…考えると不安なことの方が多かった。


まだカーテンのかかっていない部屋で日なたを探して横になり、ぐるりと見渡す。

荷ほどきを中断してしまったのは、いま僕の手の中にある鍵のせいだった。

引越しのダンボールの中に紛れ込んでいたのか、元々この家にあったのかはわからない。

そして、どこの鍵なのかもわからない。

家のドア、車、金庫やロッカーとも違うみたいだし、ピアノの鍵に似ているけど僕の家にピアノはない。


「お兄ちゃん、さぼってる」


弟のユウタだ。

「うるさいな、休憩中だよ。今からやる」


「ちょっとこっちへ来て。ぼくの部屋」


「片付けだったら手伝わないぞ」


考え事を邪魔された僕は、少し面倒臭くなって答えた。


「違うよ、押入れに隠しトビラがあるんだ!」


隠し扉…?

僕はむくりと起き上がった。

2歳下のユウタは真剣な顔つきで、言葉に嘘はなさそうだ。


「ここ、押入れの奥」


ユウタの部屋に案内されて見てみると、それはまさに隠し扉という表現がぴったりの小さな扉だった。


ドアノブのないつるりとした表面には、鍵穴があるだけだ。


「鍵がかかってるみたい」


鍵…。

僕の手の中で体温と同化しかけていた鍵を、導かれる様に差し込む。

軽くひねると、カチリと鈍い音が鳴った。


すぐ隣でユウタが息を呑む音が聞こえる。

そのまま鍵を引くと扉は手前に開き、色のついた空気が、すうっと僕らを歓迎しているような気がした。


中は暗くてよく見えない。物入れにしては不便すぎる。

非常口ってわけでもなさそうだし、位置的にどこの部屋にも通じていないみたいだ。


「開いた…」


顔を見合わせて思わずにやける。


お父さんとお母さんは、引越し屋さんに指示をしながらバタバタと家具の配置を決めている。まだトラックから降ろしていない荷物もある。

当分、忙しくて僕らには構っていられないと思われた。


「ユウタ、懐中電灯持ってこい。探検するぞ」



この扉は、人が出入りするために作られた扉じゃないのかも知れない。それくらい狭い。大人じゃきっと無理だ。

最初に僕が抜けて、ユウタが後に続く。

中に入ると、立てるくらいの高さがあった。懐中電灯で照らして見ると意外に広い。

どうやら通路になっているみたいだ。


僕らはどちらともなく歩き出し、先へ進むことにした。

後ろを振り返ると、今僕らが入ってきた小さな入り口が見える。


「見て、入口がもうあんなに遠くにあるよ」


何度か道なりに曲がり、階段を上り下りする。一本道なので迷うことはない。

やや空気がひんやりしているように感じるけど、今歩いている通路が地下なのか地上なのか想像もつかない。

次第に懐中電灯なしでも歩けるくらい目が慣れてきた。


「お兄ちゃん、蜘蛛!」


僕の腕にしがみ付きながら歩くユウタが弱気な声を出す。


「平気だよ、蜘蛛の方がびびってるよ」


「出口はあるのかな?どこに行くんだろう?」


「わからないから楽しいんじゃないか」


そうは言ったものの、実はこんなところに入り込んでしまったことを少し後悔していた。がらんとした薄暗い通路には何もない。

もっと楽しくて刺激的なことを期待していただけに、がっかりしてしまう。

引き返すのもシャクだしなぁ…。


そんな事を考えていると、通路の先に机が見えた。机の上には箱が乗っている。


「なんだこれ」


「開けてみる?」


びっくり箱とか、罠だったら嫌だな。もしかしたら爆弾や毒ガスかも知れない。

そんな僕の心配をよそに、ユウタがさっさと箱を開けてしまった。


「あっ、靴だ!」


それまで靴を履いて来なかった事なんて、すっかり忘れていた。

箱の中に入っている靴は新品で二足。サイズは不思議なことに僕とユウタにぴったりだ。


「ラッキー!」


「これ、もらっていいんだよね?」


思わぬプレゼント(?)に嬉しくなった僕らは、次は何が出てくるだろうとあれこれ言い合いながらどんどん先に進む。


ほどなくして明かりが見えてきた。

出口だ。

外に出られる。


そうか、なるほど。

外に出るための靴だったんだ。


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