第17話 師匠の優しさ



 地下二階へと降りた二人と一体。ここも壁には至る所に光源が埋め込まれており、視界は確保されていた。

 所々崩れた壁や天井、部屋の扉はそのまま倒れて廊下に散乱している。不思議な事に、この扉は一枚の金属板で出来ている。それも繋目の無い完全な一枚として最初から作られていた。まるで丸ごと石材を切り出したような出来栄えだ。触ってみると、表面はツルツルしていて真珠のような滑らかさをしている。レーベには一体何の金属かも分からなかった。


「遺跡は大抵こんな物ばかりよ。どうやって作ったのか、どんな材質で出来ているのかさえ、今の人には分からないし、作り方も伝わっていない。大昔はもっと高度な文明があった事さえ今の人々は知らないのよ」


 厳密には過去の出来事や古代文明の存在はおとぎ話と語り継がれて本当の出来事とは思われていない。確かに今を生きる者に、大昔の人間は夜空に浮かぶ月にまで到達して国を作ったなどと言ってもまともに信じない。

 メルは扉が取り付けられていた部屋の中に入る。

 部屋は居住空間ような造りだ。テーブルや椅子、棚が床に固定してある。どれも人が使うような大きさに統一してあり、こちらも何の材質で出来ているのかさえ分からなかった。

 その棚の一つが唸り声を上げているのを不審に思ったレーベが手をかざすと、棚から冷気が流れ込んでいた。驚くレーベにメルも棚に手をかざして、納得したようにうなずく。


「文献で見た事あるわ。この棚は食材を冷やして長期保存する装置ね。今の世界にこんな魔法具を作れるか持ってる人がどれだけいると思う?」


 その問いにレーベは明確な答えを持たない。食べ物を冷やすのは基本的に氷室だが、その中に入れる氷は自然の洞穴などから氷を切り出して手に入れるか、魔導師が氷の魔法で作るしかない。しかし魔導師自体の数が少なく、そんな雑事に魔法を使うのを当人達は割と嫌がる。たまに貴族の家に雇われた魔導師が作ったりもするが、そう多くない。

 それこそ魔導師の手を借りずに冷やせる道具など、レーベは王城にあると聞いた事があるだけだ。ここが元は王族などが住む住居なら納得出来るが、それにしては部屋が狭い。隣の部屋も見てみたが、明らかに一人用のベッドが数台置かれているだけ。王族どころかこれでは平民の家と変わらない。信じがたい事だが大昔には平民が今の王侯貴族のような生活を満喫出来たのだろう。

 古代文明の残滓に驚きながら二人は探索を続け、同じような構造の部屋の中で一度ヘルハウンドの待ち伏せを受けた以外はゴブリンの死体ぐらいしか無かった。その待ち伏せも竜牙兵の片腕を破壊しただけで、早々にレーベに討ち取られた。竜牙兵はメルが魔力を使って修復した。核さえあれば魔導師の魔力で何度も復元できるのが竜牙兵の強みだ。


 扉の無い部屋を粗方探し終えた二人は、廊下の突き当りの螺旋階段の前で一度休息を入れて、水分を補給してから階段を降りた。

 降りた先の通路を進むと、そこは天井の広い大広間のような部屋だった。広さはざっと50メード四方はある。そしてそこには三名の武装した男達が虚ろな目をして佇んでいる。


「どれも見覚えのある顔、あれが素行不良の冒険者よ。あの様子だとこちらに友好的な挨拶はしてくれないわよ」


「えっ?でも――――」


 メルに反論しようとしたが、その前に男達が武器を手にゆっくりと近づいて来る。確かにこれから仲良くお話ししようという雰囲気ではない。

 槍を持った冒険者が一足飛びでレーベに襲い掛かる。繰り出される突きは鋭い。盾で防ぎつつ槍を持つ手をショートソードで切り裂いて、身体を蹴り飛ばした。


「ライトニングアロー」


 メルの雷魔法の矢が剣と斧を持つ二人の冒険者を撃ち据え、動きが止まった所を竜牙兵が素早く切り伏せる。

 三人とも死んではいないが、それなりに重傷だ。


「ふう、いったい何なんでしょうか。急にに襲い掛かって――――ってまだやる気か!?」


 蹴り飛ばした槍の男は手首から先の無い右腕から血を流しながら何事も無いように立ち上がる。まるで痛みを感じていないような振る舞いだ。それに他の二人も電撃を喰らい、肩や足を斬られたのにもかかわらず平然と立って竜牙兵に襲い掛かる。


「まるで死霊術で操った死人ね。坊や、あれはもう助からないと思った方が良いわ」


「くっ!」


 師の言う通り、あれは普通ではない。もしかしたら本当に死霊術で操っている死体の可能性だって十分にある。殺さなければこちらが殺される。しかしレーベは人を殺す事に躊躇いを覚える。相手が亜人やモンスターならまだしも、血を流す人間を殺す覚悟がまだ持てなかった。例えそれが既に死んでいるかも知れない相手でもだ。もしかしたら操られているだけで、まだ生きているかも知れないと思うと手に力が入らない。

 躊躇いが生まれると動きにもキレが無くなり、剣を握る力も弱まる。男の槍を盾で受けた時に力を逃がしきれずに体勢を崩し、そこに斧の男が襲い掛かった。男は斧を振りかぶり、盾ごとレーベを叩き切るつもりだった。


「レーベェッ!!」


 メルの叫び声に応えるように竜牙兵がレーベを突き飛ばして、代わりに斧で叩き切られてしまった。しかしその期を逃さず、メルは懐から赤い球体を斧の男と槍の男の足元に投げつけた。


「盾で防ぎなさい!」


 声に反応して盾に身を隠す。瞬間、爆音が鳴り響き、肉片が宙を舞った。赤い球はフラム石を材料に作った魔法具『ブラスター』。魔力を込めれば火を伴う爆発で相手を殺傷する、クラッカー以上に破壊的な魔法具だ。

 血飛沫の中で立っていたのはメルだけだ。傍にいた二人の男は見当たらず、剣の男は離れた場所で起き上がろうとしている。

 レーベは我に返ってすぐさま起き上がり、ミスリルの剣を男に投擲。剣は男の胸に突き刺さったが、多少怯んだだけで構わず立ち上がる。が、時間は十分稼げた。


「ファイアグレイブ」


 魔法によって杖の先端から生まれた10メード(10メートル)の火の薙刀で全身を燃やされた男は倒れた。

 冒険者達を倒したのを確認したメルは無言でレーベに近づく。そして彼の前に来たメルは平手で頬を叩く。そして普段とはまるで別人のように感情的に怒りを露わにする。


「戦いの最中に力を抜くなんて何を考えているのっ!!あやうく死ぬところだったわよ!」


「ご、ごめんなさい。人を殺してしまうと思ったら……」


「それで貴方自身が死んでたら何が残るの?見ず知らずの生きてるのか死んでるのか分からない相手と自分の命、どっちを選ぶかで迷うのは止めなさい」


 諭されたレーベは自分がどれほど師に大切にされていたのか今更ながらに気付いて己の迷いを恥じた。

 しっかりと反省したレーベはメルに謝り、二度と戦いの中で迷わない事を誓った。

 二人は男を燃やす炎が収まるのを待ち、刺さったままの剣を取り戻してから大広間を探索する。広間はほぼ何も無い空間だったが、よく見ると広間から繋がる小部屋が幾つかある。その内の幾つかは扉が開いていた。

 二体目の竜牙兵を生成して二人は小部屋に入る。そこは見慣れない内装と、大きな筒状のガラス容器が幾つも並んでいる。ガラス容器は三つ割られていた。


「なんて言うか先生のアトリエみたいな雰囲気です」


「言われてみればそうね。ここは古代の研究施設だったのかもしれないわ」


 取り敢えず二人で、というか知識のあるメルが危険の無い範囲で調べてみたが、分かったのはこれらが生き物の生命維持や生体情報を調べる装置だという事だ。そして三つの容器は外側から破られている事。ここでメルは分かっている情報の中で仮説を立てる。


「壊れた容器が三つ。あのヘルハウンドも三頭。つまりあの犬はずっと昔に、ここに研究材料として捕らえられて、つい先日逃げ出した」


 これで少し状況が見えてきた。なぜこの遺跡に結界が張られ、なぜ四百年も前の大戦で使役されていた魔人の眷族が元気に動き回っていたのか。だが、あの三人の冒険者達があんな死人と化していたのかは分からない。

 一旦調べるのを止めて、他の部屋も調べる事にした。

 二人は幾つか部屋を調べてみたが、空いている部屋は倉庫や食堂のような重要性の低い物ばかりだった。そして最後の部屋に一抹の希望を抱いて中に入る。

 そこは部屋全体が本棚で埋め尽くされた図書館、あるいは資料室のように見えた。ここなら何か分かるかも知れない。

 メルが手近な本棚から本を手に取っている間、レーベが部屋を見て回っていると、一番奥の椅子にもたれ掛かる骸骨を見つけた。だが、レーベは骨よりもその側に立てかけられていた黒い鞘に入った剣の方に目が行く。触ってみたい気もするが、故人の持ち物を勝手に漁るのは気が引ける。せめて当人の了承を得てから触れておきたかったが、死人に許可も何もない。

 しかしここには常識の通じない人が一人居た事を思い出して、一応話してみる事にした。


「で、この骸骨に許可を貰いたいって?」


「はい。先生なら死者と話が出来ますから、念のため」


「ここは何百年も前に放棄されてるのよ。そんな昔の死者の魂なんて残ってるわけ―――――残ってるわよ。ちょっと信じられないわ」


 弟子の言い分に呆れながら骨を触ったメルは、絶対の自信を持つ自分の感覚でさえ信じられず、我が身を疑う。

 それでも動揺しながら超一流の死霊術の魔導師は魔法を行使して、死者の魂の声を聴いた。


『死人と話そうとする者は誰だ、魔人か?いや、違うか。そこのお嬢ちゃんか?』


「お嬢ちゃんって歳でもないわよ。聞きたい事があるんだけど」


『ふーむ。変わった芸を持ってるお嬢ちゃんだのう。まあ、魔人でないなら答えてやるが』


「私達ここの施設を調べに来た者だけど、ここは魔人やその眷族を研究する施設なのは分かっているわ。今知りたいのは犬以外にも研究対象として捕らえているナニかが有るかどうかよ」


『結論から言おう。ここの下の階に生きた魔人がおるぞ』


 『ブラスター』を超える破壊力を持った骸骨の発言に二人は言葉を失った。


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